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ハツコイ  作者:
6/7

祭りのあと

「家まで送るよ」

「うん……ありがとう」

拓哉くんは、わたしの手を引いて、

ゆっくり歩く。


家の前まで着くと、その手をそっと離した。

少し汗ばんだ手に、生暖かな風が触れる。


「じゃあ、俺は行くから」

「うん……本当にありがとう…」


「……………………」

「……………………」


俯いたまま。

次の言葉も、

次の一歩も、出ないまま。


何かを期待してるから?

何か、ほんとは言いたい事が

あるから…?


それは、お互いに、きっと。




思い切って顔を上げた。

”このままじゃ嫌だ”って、

何かが強く思ってる。


「―――っ、…………」



でも…。


もうそこには、誰も居なかった。

誰もいない。

彼は、消えてしまった…。



「また、会いたい――、」









はっと目が覚めて、一瞬きょろきょろと

辺りを見回す。

目に映るのは、いつもの天井と、四角い部屋。


深い深いため息と、重い脱力感。

両手で思わず、顔を覆った。


もう何回目よ。

いい加減にして。こんな夢。

わたしの脳みそは、一体何を思ってこんなもの

見せるのだろう…。


のっそり起き上がって、机の上の卓上カレンダーを見た。


お祭りからは、今日でもう、三週間もたった。

早いな…。

今日から新学期。










「おはよう!夕貴」


チャリで駅まで向かうと、咲波と雪斗くんが立っていた。

二学期からは、朝の登校に新入りが入った。


「おはよう。いやー、二人とも真っ黒ですな!」

「ゆう、それ二日前にも聞いたよ」

咲波がくすくす笑った。

「夕貴は焼けなさすぎじゃねーの?」

雪斗くんもはにかんだ。

「いいのー。わたしは美白美人になるの!」

わたしの言葉に、今度は二人して笑った。


咲波と雪斗くんは、一緒に海の家でバイトをしていた。

雪斗くんの親戚がやっているお店らしい。

二日前、わたしも友達と一緒に食べに行ったのだ。

真っ黒に日焼けした二人はお似合いで、

そんな二人を見ているだけで、気持ちが暖かくなる。


まさか、こんな形で三人して歩く日が来るなんてね。

夏休み前には、本気で有り得ない事だった。

変なの。



そんな事考えると、頭を掠める。


今朝も見た夢こと……。







学校に着いたけど、

わたしは始業式に出る気分には

なれなかった。


屋上の日陰でぼーっとしていた。


空は真っ青な快晴で、

雲ひとつない。

目を閉じても、開いていても、

眩しかった。





「夕貴ー?いる?」


声のする方に顔を向けると、

入り口からそっと、咲波が覗いていた。


「さな!いるよ」

「あっ!こらー、サボったらいかんでしょ」

「人の事言える?」

”あはは”と笑って、咲波が入ってきた。

わたしのとなりに、腰を下ろした。


「どうしたー?夕貴」

「なに?――いたたっ」

いきなり両頬をぎゅうっとつねられ、目を見開いた。

「!!?」

「何年友達やってると思ってんだ!トボけてもダメ!!」

パッと開放された頬を、思わずさする。

「心配してくれたんだ、ありがと……」


咲波に話した。

お祭りの日のこと。

”拓哉くん”という、男の子の事。

……夢のこと。



「そっかぁ…そんな事があったのか」

「うん………」

「ごめんね夕貴。もっと早く、気付いてあげれば良かったね」

「さなが謝んないで。別にあたしは平気だよ」

「嘘!平気なもんか、そんな顔して」

そっと頭を撫でてくれる咲波の手が、

とても温かくて、ほっとする。



目が、じわぁっと熱くなる……


ぽろっとこぼれた涙に、

自分自身ではっとした。



「や、やだな…なにこれ」

「夕貴……」

「やだやだ、もうどうでもいいのに」

「夕貴」

「あの時、いっときの人だったの…だから…」

目を擦れば擦るだけ、

どんどん溢れてくる。

わたし、こんなに思いつめていたの?



「夕貴、近所に住んでるんでしょ?また会えるよ。

 諦めないで期待しよう、ね?」

「無謀だよ。近所なんて、あまりにも漠然としすぎてる」

「そうかなぁ…地元の高校を虱潰しに探せば、

 どっかでヒットするんじゃない??」

「ちょっと……それ、ストーカーだよ?」


こんな事ばっかり言う咲波が傍にいることで、

私は本当に救われるの……。






昼過ぎ。

駅で二人と別れて、わたしは自転車をこいだ。

九月に入ったのに、暑さはほんとに容赦ない。

あまりの暑さに、アイスが食べたくなった。

近くのコンビ二に寄った。



レジでお金を払ってる時、

ふと思い出した。

このすぐ近くに、気持ちの良い木陰のある、

素敵な公園がある事を。


「………………」



アイスと一緒に、サンドイッチとお茶も買って、

コンビニを出た。

自転車はコンビニに置いたまま、公園まで歩く事にした。



木の葉二丁目公園。


その公園には、

大きな木がたくさん立っていて、

一番大きな木の下に、ぽつん…と、

一つだけ緑のベンチが置いてある。

わたしはその場所が、子どもの頃から大好きだった。


少しだけ、今の憂鬱が晴れるかもしれない…。

そう思うと、

久々に行く公園に、ちょっとわくわくした。




公園までの一本道をぐんぐん進む。

入り口が見えてくる。

お腹も空いたし、暑いし、早く座りたいし。




公園に一歩踏み込んだ時。


わたしは全身が、ガクン、と硬直した。

持っていた袋を落とした。




「……………………」




緑のベンチ……。


どうして…。



涙が頬を伝った。










紛れもなく。

彼が、

そこにいた。

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