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ハツコイ  作者:
5/7

失恋

わたしは巾着の紐を解いて、

ケータイを取り出した。


咲波からの着信と、……雪斗くんからの着信。

凄い数。

二人の名前を見て、思わず息が止まる。

不安がってる咲波の横には、

きっと今も、雪斗くんが付き添ってる……。

ううん。

振り切るように頭を振った。

考えても仕方が無いから。


震える指で、ボタンを押した。


泣くかも知れない。

うまく話せないかも知れない。

辛くて、痛いかも知れない。

でも。

となりには、拓哉くんがいるから、出来る気がする。

この気持ちを信じたい。


番号を発信した。

耳にそっと当てると、呼び出しの音が聞こえる。

心臓が物凄い音を立てる。

息が上がる。

まだかかってもいないのに、

すでに苦しくて苦しくて、

思わず今にも、逃げ出してしまいたくなる。


出ないで、なんて、願ってしまう……。






「…も、もしもし………ゆうき?」


「さ、さなみ……」



声が震えた。

まずい、涙が溢れそう。

泣いたら駄目。

今泣いたら、咲波が余計に不安になる。

でも……やばい。

声が震える……。


涙をこらえる為に、無性に身体が強張る。

無意識のうちにわたしは、

棒が折れてしまうんじゃないかってぐらい、

チョコバナナの棒を強く強く握りしめていたらしい。

それに気が付いた拓哉くんが、

わたしから、そっとそれを取った。

そして、

今度は空いたその手を、

まるでわたしを励ますように、

ゆっくりと、握ってくれた。

あったかい……

大きくて、骨ばったしっかりした手。


その手は本当に、本当に

暖かくて、力強くて、

わたしの息が、自然と整っていくのを感じる。

今なら、落ち着いて話せる気がする。


不思議…。





「咲波、今ひとり…?」

「………………」

「もう、いいんだよ。嘘つくの、やめよう」

「夕貴……ごめんね……」

咲波は電話の向こうで泣いている。

その声が苦しかった。

涙を流す彼女は、一体どれだけ苦しかった事だろう。

「ごめんね、さな」

「……どうして夕貴が謝るの?悪いのはわたしだよ」

「違うよ。さなは悪くないよ」

「だって……わたしは…」

「ずるいのは、わたしだから。

 本当はさなの気持ち分かってて……

 ずっとずっと苦しめてて、ごめんね……」

自然と、頬を涙が伝う。

「ゆうき…本当に、本当にごめんね……」

「いいの……もういいんだよ」

「ごめんね……わたし、ちゃんと…全部話すから…」


わたしはその言葉に、

目を閉じた。



雪斗くんの事、ほんとに好きだった。


雪斗くんは本当に素敵で、

わたしにたくさん、教えてくれたの。


どきどきする気持ち。

きゅんってする想い。

あったかくなる心。

胸がいっぱいになる気持ち。

きつい胸の痛み。

苦しい日々。

寂しい気持ち。

ハラハラさせられたり、

そわそわさせられたり。

嬉しかったり、励ましてくれたり…。


苦しくて、痛くて、切なくて、もどかしかったけれど……


どんな時も、幸せだったの。

初めて人を想った。

全部。初めて味わった気持ちだった。



ほんとはね、知りたいよ。

咲波の事、雪斗くんの事。


わたしは弱いし、決して良い子ではない。

人間だから、

嫉妬だって、憎しみだって、妬みだって、

たくさん持っているよ。

問い詰めてやりたい。

追い詰めてしまいたい。

洗いざらい聞いて、

とことん謝ってもらいたい。


でも。

そんなの意味無いんだよ。

誰も幸せになれない。

ただ、こうゆう結果だっただけ。

わたしの好きだった人が選んだのが、

たまたまわたしの大切な親友だっただけ…。


もうそれで、いいんだよね。


わたしの手から伝わってくる優しい温度が、

わたしの心にそう問いかけてくれている。

そんな気がする…。




「咲波……もう、いいよ」

「…………え?」

「もうね、雪斗くんとの事…わたしは聞かなくても

 大丈夫だよ」

「……夕貴?……駄目だよ。

 とてもじゃないけど、そんな訳にはいかないよ。

 わたし、ほんとに最低な事してるのに」

「ううん。だって、わたしは咲波がそれ以上泣くの…耐えらんないよ。

 それに、せっかく好きな人と両想いなんだよ?普通は幸せであるべきでしょ?」

「夕貴……」

「だからもう、泣き止んで。ね?

 わたしなら大丈夫。ほんとに平気だよ。

 ……今も、一人じゃないから」


わたしはそっと拓哉くんを見た。

拓哉くんはただ黙って、

ゆらゆら泳ぐ金魚を見つめて、じっとしていた。


「一人じゃないって…夕貴、誰といるの?学校の人?」

「それは内緒」

「どうして??気になるよ!」

「ひみつひみつ!今度絶対に話すからさ」

「えーっなに?凄い気になるじゃん」

「わたしの事はいいから、咲波。

 今夜は雪斗くんと、お祭り楽しんで」

「夕貴……本当に…本当にごめんね」

「もう謝るのなしだよー。まったくもう。

 今度謝ったら、チョコバナナおごりね!」

咲波がくすくすと笑う声が聞こえた。

良かった。

咲波が笑ってくれると、わたしは安心する。

これで良かったんだよ。

わたしの気持ちは穏やかだし、

咲波も雪斗くんも幸せなんだし。

良かったんだよね!


「ありがとう、夕貴。わたし約束するよ」

「なに?」

「ゆきちゃんへのこの気持ちと、この関係を、絶対に無駄にはしないから」

「うん…わかった。その約束、覚えておくから…。

 さぁ、これから頑張るんだよ!ハツカレと!」

「夕貴。本当に本当に……ありがとう」





電話を切った。


終わった。全部終わった。


お祭りでの一騒動も。

涙も。悩む心も。迷う心も。

痛くて、苦しい胸も。

着信の嵐も。

わたしの想いも…。

中二からの、想いも……。


わたしの恋は、終わってしまった……。




パタ……パタパタ……。


「あ、あれ……」


わたしの目から涙が流れていた。

あれ…なんで…。

悲しくも、辛くもないのに。

無意識に、ただあふれる。あふれた涙が、

次々とわたしの手をにぎる拓哉くんの手の甲に落ちる。


「ご、ごめんね!やだな…なんでこんな泣いてんだろう」

焦って目を擦った。

だけど、その手を、拓哉くんが掴んで静止した。


「いいじゃん、泣けば」


わたしを見る彼の目は、驚くほど、真っ直ぐ…。


「俺はどこにも行かないさ。夕貴の気が済むまでここにいるよ。

 だから泣きなよ。……ずっと、好きだったんだろ?」


バタバタと落ちてく、涙の音を聞いた。


「……………う……ん…」

声は震えた。

視界はゆがみっぱなし。

「本気で想ってんなら、涙が流せない方が、よっぽど失礼なんだ」


もう我慢できなかった。

ずっと頑なに閉じていた何かが、

ゆっくり解けてしまっていくかんじ……

わたしは顔をゆがめて、

力いっぱい歯を喰いしばって、

それでもそれでももれる声を、

我慢することはもう出来なくて。

ぼろぼろと流れ出す涙を、全部受け入れた。


無駄にしないように、

必死で、色々な想いや気持ちを込めて泣いた。

一滴たりとも、無駄にはしない。


全部流れてしまってほしい。

もう泣かないで済むように。

わたしが人を好きだった気持ちを、

誇れるように。

次の恋が無事に受け入れられる様に、

心に場所を空けてもらう為に。



暖かくて、大きな手が、

わたしには余計に切なくて、

いつの間にかわたしは、

ワンワン声を張り上げて泣いていた。


周りの人がジロジロと見た。

金魚屋のおじさんが迷惑そうに睨んだ。

それでも泣いた。

拓哉くんはそばにいてくれたから。


泣いているわたしを恥ずかしいとも、うるさいとも言わず、

ただずっと付き添ってくれる彼の大きさに、

わたしは甘えずには居られなかった。



泣いてる胸の中は、

いつの間にか

「ありがとう」で、

いっぱいだったんだよ……。









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