「愛してる」はさよならの言葉
「クローディア」
瞼に降りそそぐ朝の日差しを感じるけど、目が開かない。旦那様、こんな朝から私の寝室にいらっしゃるなんて、なんの御用かしら。
「クローディア……」
旦那様の手が私の頬を撫でる。
旦那様に触れられるなんて何年ぶりかしら。
幸せで、目を覚ましたくないわ。
「愛してる」
頭の奥にキリを刺されたような痛みを感じる。
旦那様……お別れですのね。
私たちは、好きでも嫌いでもなく親の決めた結婚をした夫婦。元々口数の少ない旦那様とは、甘い雰囲気などまるでありません。
すぐに子供も授かり、ますます夫婦の役目を果たすために日々に追われる状況。
それでも、夫婦としてお互いに誠実に向き合って来たと言えます。
だけど、やはり甘い言葉の一つくらい欲しいもの。ある日私は旦那様にお願いをしました。
「私と別れる時は、最後に『愛している』と言ってお別れしてください。その一度だけでいいですから」
最初で最後なら、無愛想な旦那様にも「愛してる」が言えるでしょう。
そんな日が来るか来ないか分からないけど。
……そう、思っていたのに、お別れなのですね。
「愛してる」
「愛してる」
「愛してる」
何度おっしゃるの。一度で十分ですわ。
細い腕を動かして、私の頬に添えた旦那様の手に力の無い私の指を絡めます。
「クローディア……」
ありがとう旦那様。
結婚して五十年。相応の苦労もしましたけど、それ以上に幸せでした。
随分昔にした、私の最期のお別れにかける言葉の約束をちゃんと覚えていてくれたのですね。
あなたを残して逝くのは心苦しいのですが、私は『愛してる』の言葉を抱いて召されましょう。
どうか、ゆっくり後からいらして。
NHKのドキュメンタリー番組「エマージェンシーコール」が好きです。119の通報の指令室にカメラを置いて、緊急通報を受けるオペレーターと通報者の会話だけの番組。(プライバシー配慮で、編集・吹き替えをしてあります)
先日放映された「札幌編」で、末期がんの旦那様が発作を起こしたと奥様が通報してきたのですが、電話しながらひたすら旦那様に「愛してる! 愛してる! 愛してる! 愛してる!」と何度も何度も言っていて、不謹慎ながら「最期に聞く言葉が『愛してる』って、幸せだよなぁ……」と思ってしまいまして。




