祓いの矢
「シドウタツヤ君、よね?」
声をかけられ、辰也は顔を上げた。
教室の入口。
白銀の髪をなびかせた女生徒が立っている。
容姿端麗、成績優秀、そして生徒会長。
学内にファンも多い――柊会長だった。
どうやら辰也のクラスまで直接来たらしい。
「柊会長じゃないですか。わざわざこんなところまでどうしたんですか?」
「手伝ってほしい作業があってね」
会長は微笑む。
「備品室の整理なんだけど、人手が足りなくて。
先生から“学級委員長のシドウ君なら信頼できる”って言われたの」
「ああ、なるほど」
「急で悪いけど、今日の放課後。
生徒会室の隣の備品室まで来てくれるかしら?」
「もちろんいいですよ。僕でよければ」
「そう。よかったわ。忘れないでね」
用は済んだとばかりに、会長は背を向けて教室を出ていった。
「何やったんだよ、委員長?」
「なんもやってないって」
「たまにこうやって呼び出されるやついるらしいけど、
次の日からしばらく口も聞けないほどこき使われるらしいぞ」
「へーえ」
「何したんだよ? コクって振られたとか?」
「するわけねえだろ。大体振られたなら呼びに来ねえよ」
「お! てことは成功か? 個別指導ってやつ?」
「んなわけねえだろ! お前はいつまで中学生やってんだ」
『女には不自由してないもんね?』
頭の奥で、青年の声が響いた。
「……黙れよ」
思わず低い声が出た。
自分でも驚くほど、冷えた声色だった。
「え?」
空気がわずかに張り詰める。
「……あ、ごめんごめん。言い過ぎたわ」
「お、おう?」
放課後。
辰也は生徒会室の隣、備品室へ向かった。
「ごめんね、急に呼び出しちゃって」
中から会長の声がする。
「いえいえ、お待たせし――」
扉を開けた瞬間。
辰也の動きが止まった。
備品室の奥。
そこに立っていたのは――
半透明の、水色の弓矢を構えた生徒会長だった。
周囲の空気が、わずかに歪んでいる。
床には薄く光る紋様のようなものも浮かんでいた。
とてつもなく悪い予感がする。
反射的に後ろの引き戸を開けようとした。
だが――動かない。
見えない糸で縛られたように固定されていた。
「な、なんですか……その弓は?」
「あれ、おかしいわね?」
会長は首をかしげる。
「普通の人には見えないはずなんだけど」
その瞬間。
弓が引き絞られた。
「――っ!」
放たれる矢。
辰也の身体が、勝手に動いた。
考えるより先に、床を滑るように回避していた。
「あぶねっ!」
自分の動きに、自分で驚く。
人間離れしている。
まるで誰かに操られたような回避だった。
「人体には何の影響もないから心配ないわ」
会長は冷静に言う。
「痛みもないし、危険もない。ただ――」
再び弓を構える。
「憑いているものを祓うだけ」
二射目が放たれる。
狭い備品室。
回避の余地は少ない。
辰也は棚を蹴り、無理やり身体をねじって避けた。
だが逃げ場はすでにない。
「やっぱり憑いてるわね」
会長の目が細まる。
「前から違和感はあったの。
君の意識がなんか二重にぶれてるのよね。
昨日からは特にひどくなったような?」
確信の声だった。
「今、楽にしてあげるから!」
三射目が放たれる。
「うわあっ!」
矢は、辰也の胸に深く突き刺さった。
だが――
痛みはない。
『ごめん、ちょっと昇天してくる』
頭の奥で、青年の軽い声が響いた。
「お、おい!」
呼び止める間もなく。
視界が、白く染まった。




