マシェト
「いやー、えらい目にあった……」
幽界を歩きながら、彼は大きく伸びをした。
「しばらくここら辺で時間つぶすか」
相変わらず、現世よりも気配が薄い場所だ。
死んだ連中や、行き場を失った存在が、あちこちをうろついている。
前方から、紫がかった黒髪の青年が歩いてきた。
「奇遇ですね」
「だな。マサトだっけ」
「マシェトですよ」
「そんなことより聞いてくれよ」
彼は歩きながら、愚痴を吐き出す。
「尖兵の奴が別人に化けててさ。逃げた先にも、また別の奴がいやがって」
「まだ何もしてないのにだぜ?」
「ずいぶん愛されてますね」
「まったくだ」
彼は苦々しい顔をした。
「そういや、ランちゃんいる?」
「いますよー」
どこからともなく、メイド服を着た少女が飛び出してくる。
「相変わらず仲よさそうだな」
「おかげさまで」
「あなたへのご恩は、魔王様共々忘れたことはございませんよー」
「なんかやったっけ俺?」
「えー、忘れちゃったんですか?」
「僕のことは割と覚えてたのに?」
「いや、ちょっと待て。思い出すから」
彼は頭をかいた。
「……だいぶ前だな。確か、どっかの城に暇つぶしで来たとき――」
その部屋は、やけに豪華だった。
白を基調とした広々としたダイニング。
磨き上げられた机やランプ。
奥には、整えられたベッドルームまで見える。
ただし――
すべてが、外から丸見えだった。
表側には柵があり、まるで牢のようだ。
中には二人の人間がいた。
「この城に、悪魔以外が出歩くとは珍しいね」
紫がかった黒髪の青年が話しかけてくる。
「君は何者だい?」
「通りすがり」
「人間ではないよね? 姿形は似てるけど」
「さあな」
「実はここに閉じ込められていてね」
「見れば分かる」
隣にいた、黄色がかった金髪の少女が、泣きそうな声を出した。
「王子様を助けてください! 私のせいなのです!
人間は家畜なのに……私などに構いすぎて、魔王様のお怒りに触れて……」
「まったく、頭が堅いよね」
「なるほど。ペットみたいなもんか?」
「違うね」
青年は即座に否定した。
「ランと僕は運命共同体だよ。死ぬときも、生きるときも一緒さ」
「いけません、マシェト様!
私はもうすぐ二十になります。賞味期限が切れる前に――」
「嫌だよ。死んだら話せなくなるじゃないか」
「死霊術で屍人として――」
「やだよ。僕は今の君がいいんだ」
「……なんか変わってんな」
「とにかく、こういうわけなんだ。僕たちを助けてくれないか」
「構わないよ」
彼は、あっさりと牢を消した。
「これは素晴らしい!
ついでに、しばらく護衛もしてくれないか?」
「けっこう厚かましいなあんた……まあいいけど」
三人で城を逃げ出し、しばらくは逃避行が続いた。
だが、追手は日に日に増えた。
ある日、流れ弾がランに当たった。
それだけで、世界は終わった。
激昂したマシェトは城に乗り込み、
制止する父や兄たちを無視して、すべてを壊した。
城も、街も、その先も。
「あーあ」
瓦礫の中から、彼は現れた。
「城に殴り込むのはまだしも、その後はないわ。
せっかく蘇生したのによ」
背後から、ランが走り寄る。
「マシェト様!」
「ラン!」
「君がいれば、僕は他に何もいらない! 行こう!」
二人は転移魔法で、どこかへ消えた。
「君もありがとう!」
「ありがとうございました!」
「最初からそれ使えよ!」
「いやー、懐かしいな」
「ですねえ」
「てかさ」
彼は二人を見て、顔をしかめた。
「今、お前らの魂を見てみたんだけどさ。
とんでもない絡まり方してて」
「もうどうにもできねえぞ、これ」
「僕とランの、愛の形だよ」
「はい!」
二人は見つめ合い、恍惚とした表情を浮かべた。
「あー、そうですか」
彼は、それ以上、何も言わなかった。




