表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

8/12

8. 確信

 翌日――昼休み。

「昨日、急に帰りましたよね?」

 

 柏木先生が腰に手を当てて(いぶか)しげな表情をしている。彼女には申し訳ないことをした。凛々子さんのためとはいえ、良いコミュニケーションの機会だったのに。


「すみません。柏木先生」

「……まぁいいですけど。それで何かあったのですか? うちの生徒が関係しているとか」


「いえ、個人的なことです」

「そうですか。松永先生ってモテそうですものね」


 お茶を吹き出しそうになる。

 そんなにモテた経験なんてないのだが。


「イメチェンされてから好評ですよ。まぁ私はその前から尊敬していますが」

「それはどうも」


 柏木先生、俺のどこがいいんだ。

 若手教師の見本になることなんて、そこまでしていないと思うが。


 

「松永先生ー!」

 生徒の声だ。課題を提出しに来たので取りに行く。席に戻ると机に置いたままだったスマートフォンが光っていた。


『弦くん、昨日はありがとう。徐々に体調回復中です♪ 弦くんのおかげ。また会ってほしいな』

 

 凛々子さん……良かった。

 ゆっくり休めたようだ。

 俺も貴女に会いたい。


「彼女さんですか?」


 柏木先生の鋭い一言にドキリとする。


「え……あ……それは」

「すみません、少し通知が見えちゃいました」

「……」


「はぁ……ちょっと悔しいな。でも仕方ないです。松永先生のことはこれからも尊敬していますので……ちょっと席外しますね」


 彼女はそう言って、席を立ってどこかに行ってしまった。

 悔しいということは……まさか、いやまさかな。そんなことはない。歳も離れているし。


 スマートフォンをタップして凛々子さんに返事を打つ。


『回復したとのこと、良かったです。凛々子さんが元気になったらまた会いましょう』


 するとすぐに返信があった。

『嬉しい。楽しみにしてるね』


 心臓の音が響く。

 たったこれだけの文章なのに愛おしい。

 ずっと見てしまう。


 すると柏木先生が席に戻って来た。

 明らかに泣いたような跡がある。

 彼女のどこか寂しそうな横顔を見つつ、俺は凛々子さんにメールを打つ。


『俺も楽しみにしています。無理しないでください。早く元気になりますように』



 ※※※



 それからおよそ2週間後、水曜日の昼休みに凛々子さんとランチをすることになった。前と同じ店で待ち合わせる。もうすぐ6月であり、日中はじりじりと気温が上がってきた。


 店の前にいた凛々子さんは、俺に気づくと笑顔で手を振ってくれた。半袖の涼しげなシャツを着た彼女は、いつもよりも数倍ぐらい綺麗に見える。


「弦くん! お疲れ様」

「凛々子さん、良かった。元気そうで」

「うん、もう大丈夫だから」


 店内に入ると前回のボックス席に案内される。

 そして前と同じ場所に凛々子さんがいる――嬉しい。


「あれから徐々に仕事復帰できて、もう本調子に戻ったよ」

「戻ったからと言って、無理は禁物ですよ。凛々子さん」

「はーい♪ ありがとう、弦くん」


 すると、誰かの足音がしたと思ったら「あっ」という声が聞こえてきた。


「あら? 弦くんの知り合い?」

「え……?」


 そこには――柏木先生が立っていた。


「柏木先生……」

「す、すみません松永先生……どうしても気になって後をつけて来ちゃいました。離れた席に案内されるかと思ったのですが……こんなに近いとお邪魔ですよね」


 ついて来られるとは思わなかった。

 どうしてそこまで俺のことを。


「それなら一緒に食べる?」


 凛々子さんが言う。

 どういう状況なんだこれは。


 そして彼女は優しい。明るくて気遣いのできる人――そういうところにも惹かれる。


「え……いいんですか」

「いいわよね? 弦くん」

「は、はい」


 こうして、3人でランチをすることになった。

 俺の隣だとやや狭いので、凛々子さんの隣に柏木先生が座る。


「へぇ……担任の先生なんだ。1年生って初々しいよね」

「はい、徐々に慣れていってくれると思うのですが」

「娘も1年の時は夜中にうなされてたな……」

「それは大変でしたね」


 案外女性2人の方が盛り上がっているではないか。

 さすが凛々子さんだ。どんな人とでも話せる。


「それで……おふたりは付き合っているのですか?」


 柏木先生の確信を持った言い方に、一気に緊張が走る。

 どう答えたら良いのか。氷の溶ける音と、アイスコーヒーの香りがやけに鮮明に感じられる。


 凛々子さんとはあの時以来、今後どうするかといった話が出来ていない。今日話せたらと思っていたのだが。


「それは……」


 言葉が続かない。柏木先生、そして凛々子さんにもじっと見られて手汗が出てきそうだ。


「今日……話そうと思ってたところかな」


 そう言ってくれたのは凛々子さんだった。

 彼女は穏やかに微笑んで柏木先生の方を見る。


「まだこれからのことはわからないんだけど……私は前向きに考えているの。弦くんの気持ちに応えたい。でも娘が一番であることは変わらない」


 凛々子さんからの“前向き”という言葉は俺に震えるぐらいの喜びと安堵を与えてくれた。


 柏木先生は「そうなんですね」と頷き、フォークを置いて俺の方を向く。


「松永先生は時々鈍感なところがあるから、ちゃんと気をつけてくださいね。では私は5時間目があるのでお先に失礼します」


 すっきりした表情だが、どこか辛そうにも見える柏木先生。彼女はスッと席を立ち、お金を置いて去って行った。

 残された俺たちは顔を見合わせる。が、凛々子さんがすぐに笑って話す。


「弦くん、けっこうモテるんだね」

「え? どういうことですか」

「あ、鈍感かも……」


 彼女はアイスコーヒーのストローを口にする。

 柏木先生のことは少し気になるが、それよりも……。


「凛々子さん、先ほど言ってくれたことは……本当ですか」


「本当に決まってるじゃない。だけど弦くんは……いいの? 私みたいなので。さっきの先生のような若い人だっているのに」


 だから――いいに決まってるだろうが。


「俺はどんな凛々子さんでもいい。娘さんを一番に考えている凛々子さんだって好きなんです」


 彼女はまた涙が溢れそうになっている。


「ありがとう……弦くん」


 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ