3. 変化
ゴールデンウィーク明けの月曜日――
「おはようございます」
俺が出勤してくるなり職員室全員の視線が集中する。
柏木先生が真っ先に話しかけてきた。
「まっ……松永先生。どうされたのですか? 何だかその……変わりましたよね?」
伸びっぱなしだった髪は毛先を揃えてもらった。髭も剃って服装を変えただけだが、そこまで驚くほどの変化だろうか。
「……ゴールデンウィークもあって時間ができたので」
「とてもよく似合っています。今の方が私は好きです」
彼女は真剣な顔つきで俺に近づく。
ここまで注目されたことがないので、思わず緊張が走る。
「それはどうも」
「あ、もうクラスに行かないと!」
柏木先生は慌てて1年の教室棟に向かって行った。
俺も1時間目の準備をして教室へ向かう。
――ドアを開けた途端、生徒たちが次々とこちらを向き、後ろの方で喋っている者たちもしんと静まり返った。
「では社会Bを始めます」
俺がそう言っただけでヒソヒソと話し声がしてくる。
やはり外見の話か? 何でもいいが授業をきちんと聞いて欲しいものだ。
いつも通りの50分が終わると女子生徒が集まって来た。
「先生! メソポタミア文明で質問が……」
「え、私が先だってー」
「かっこいい……」
10分しか休み時間がない中で、どうにか応えて次の教室へ向かう。するとそのクラスでも同じようなことがあった。
「先生! くさび形文字で聞きたいことが……」
「まってよ私だって先生に……」
「雰囲気変わりましたよね」
何故だ。
俺の中身は変わってないのに。
見た目の変化でここまで女子生徒はリアクションを起こすのか。
いや――中身も変わったかもしれない。
先輩のことをもっと考えるようになってしまったのだから。
※※※
それは夜中の出来事だった。
「松永くん……」
先輩の顔が目の前にある。
「どうして……先輩」
「会いたくなっちゃった……ごめん、もう我慢できなくて」
俺だって会いたかった。
そう思いながら先輩の腰に手を回す。
「きゃっ……」
「何驚いてるんですか、そっちから来たんでしょう?」
「やだ……もうちょっと優しくして」
「優しくなんて、できませんよ」
彼女は細い肩を震わせて俺の胸に指を滑らせる。
あっという間に心に炎がつき、身体まで熱くさせる。
やめられなくて、止まらない……貴女のせいだ。
「あっ……松永くんっ……」
※※※
――朝。
夢か。
俺は何を考えて……。
けれど、まだ鼓動がおさまらない。
ずっと彼女のことを思っていたい。
待て。
今日は水曜日――彼女とのランチだ。
どうすればいいんだ、いや何も考えずに昼食を取ればいいだけだ。
でもそんなの――もう出来ない。
早く会いたい、先輩に。
そして学校にて。
授業にいつも以上に集中し、昼休みの時間となった。
水曜日だけは5時間目の授業が入っていないので余裕がある。
待ち合わせ場所のレストランまで急いで向かう。
初夏の匂い、爽やかな風の音……全てが新鮮でこれまでとは違って見えた。
ようやく彼女が見えてくる。
店内で待ってくれても構わないのに外にいてくれるなんて。
「あ! 松永くん! お疲れ様」
「先輩……すみません少し遅れてしまって」
「大丈夫だよ。松永くんこのあと授業だよね?」
「いえ……今日は5時間目は入ってません」
「そうなんだ、けど先生だから早く戻らないとね。行こ!」
今日も彼女の笑顔が眩しい。
一緒に店に入り、奥のボックス席に座った。
「というか……松永くん、オシャレになったね」
「あ……ゴールデンウィーク中に時間できたので」
先輩にそう言われると照れくさい。
少しでも彼女に相応しい人になりたいと思っただけなんだ。
「娘さんは、高校生活順調ですか?」
「うん、何とか頑張ってる。急に髪伸ばすとか言い出して、服も欲しそうにしているし……高校デビューかな」
元気そうなら良かった。
先輩の表情を見ていたら分かる。
娘のことを一番に考えているだろうから……今のところは悩んでいなさそうだ。
「それなら良かったです」
「あの子、彼氏でもできたのかしら」
思わず水を吹き出しそうになる。
先輩は知らないのだろうか。
娘は中学校時代に、明らかに1人の男子生徒に好かれていたように見えたが。
まぁ……高校に入ったらどうなるかわからないからな。
「あ……松永くん怪しい♪ 何か知ってる? 娘のこと」
「いえ……特には」
「ふぅん」
先輩は鋭いから、そのうち娘とも話すだろう。
これまでも娘と仲良くやってきたのだから。
――じゃあ、これからは?
俺は何を期待しているのだろう。
彼女が一番大事なのは……娘なのだから。
でも……。
「それにしても松永くん、本当に似合ってる。女子生徒が寄って来たんじゃない?」
「え……まぁ」
先輩に褒められるのが一番嬉しい。
正直センスには自信がなかったが。
「私はいいと思うよ、そういうの」
「本当ですか、その……先輩」
「ん?」
聞くべきじゃないかもしれない。
けれど――どうしても知りたかった。
「……どのような男性が好みですか?」
「え?」
驚いたように瞬きをする先輩。
その一瞬の沈黙が、やけに長く感じられた。
でも――貴女のことをもっと教えてほしい。




