第7話「姉の反抗期」
妹と距離を取ろうと思ったのは、
「祈里姉…」
いつだかのおまじないの時、私を呼んだ時の表情が、悲痛に歪んでいたから。
本人は無意識なのかな。まるで子供が泣く前に出す声色と、切なく眉尻を下げる大人びた感情が混ざり合った複雑さを全面に出していたのに、言うことは変わらず憎まれ口ばかり。
そんな顔をさせちゃうくらい無理をさせているなら、離れた方が神楽のためなのかな?お姉ちゃん、迷惑じゃないかな?
と、私なりに考えた結果。
「祈里、最近どうしたの?」
「え?」
「元気ないじゃない」
神楽は先に寝てしまった夜、母親が心配そうに顔を覗き込んできた。
「また、どっか悪いのかしら。大丈夫?」
「大丈夫だよ、ごめんね」
「しんどくなったら、すぐに言うのよ。祈里は昔から、体が弱いんだから」
「うん。ありがとう」
まだまだ妹離れできない心が、寂しすぎて不調を呼び寄せたかな。
確かに、頭がガンガンと痛む。
そういえば、生理もう終わりかけのはずなのに血が全然止まらない。そのせい、かな。お腹も痛む気がする。
元より不順気味ではあったものの、ここまでひどいのは久しぶりかも。
神楽という心の支えがいなくなったことが影響してるのか、はたまた冗談半分くらいに受け止めていたあの“おまじない”が意外にもしっかりとした効果を発揮していたのか。
原因は定かではないけど、元気がないのは自分でも薄々思ってた。
「一ノ瀬、お前だけだぞ。自主課題出してないの」
「あ……ごめんなさい。忘れてた…」
「早く出せよ。放課後までに頼んだぞ」
学校でも登校して早々に怒られるし、幸先悪い。
落ち込みながらも鞄を確認したら、家に忘れてきたみたいでさらに気分は下がる。どうして私はこんなにも、要領が悪いかな。
先生には謝って許してもらえたからよかった。でも、授業中も頭が回らなくてぼーっとしちゃって、一回だけ注意を受けてしまった。…はぁ。いやだなぁ。
「怪我しないように準備運動よくしとけよー」
「せんせー、一ノ瀬さんがその準備運動で怪我しましたー」
「まったく……なにやってんだ、あいつは」
部活でも、始まる前に怪我をして、ヒリヒリ痛む足を引きずりながら泣く泣く帰宅。
「あら、なに。怪我しちゃったの?」
「うんー……もう、なんか、今日ふんだりけったり」
「手当てはした?ちょっと神楽、お姉ちゃんが」
「っい、いい!大丈夫。自分でできるから」
過保護な母が呼ぼうとした相手と今は会いたくなくて、慌てて止める。
……というか、先に帰ってきてたんだ。
いつもなら放課後、神楽の部活が無い時には迎えに来てくれて、帰りにこっそりコンビニスイーツを食べさせてくれるのに、今日は連絡すらなかった。
自分から離れる選択肢をしておいて、いざ相手も離れていくとそれはそれでちょっと不満。私って、けっこうわがままだったんだ。
神楽は今、なにしてるのかな。
気になって一階から階段を覗いてみる。
彼女の部屋は見える位置にないけど、降りてきたりするかもしれないし、すれ違いざまに様子を見るくらいなら許されるかな。
「……なにしてんの」
「っひゃ、う」
突然、予期しない背後から声が聞こえて、肩を跳ねさせた。
振り向けば、お風呂上がりでタオルを首にかけた神楽が立っていて、小首を傾げて私を見上げている。
「二階行くなら行って?邪魔」
久しぶり(と言っても昨日の夜ぶりだけど)の会話だっていうのに、相変わらず素っ気ない態度に傷付いて、唇がムッと前に出る。
些細な動きが気になったのか、人の口元に視線を落とした神楽は、ため息混じりに目を閉じて何かを振り払うみたいに首を横に振った。
その時に濡れた髪からポタポタ水が垂れていて、つい。
「濡れたままだと、お熱出ちゃうよ?お姉ちゃん拭いてあげ」
「さわんないで」
伸ばした手は、呆気なくパチンと弾かれた。
ズキズキ痛む頭と心が、視界を狭める。
「お姉ちゃんのこと……きらい?」
「は?」
「なんで、そんなひどいことするの」
珍しく怒りの感情を見せたからか、一瞬だけ目を見開いた神楽は、すぐ呆れの吐息を溢した。
「距離置きたいって言ったの、そっちじゃん」
「っそ……そう、だけど、でも」
「優しくされたいなら、撤回してよ」
「え…」
「なんでもひとりでやるとか言わないで、わたしにやってくださいってお願いして?」
「な……に、それ」
前までは、どこかまだ赤ちゃんみたいで、かわいい生意気さだったから許せただけで、
「どうせ、お姉ちゃんはわたしがいないとだめなんだからさ」
見下されすぎると人は、耐えられなくなると。
至極当然な心理が働いて、ムキになった口で、
「っ別に!神楽がいなくても、平気だもん!」
どっちが子供が分からない意地を叫んだ。
「……ふぅん。そっか」
変に大人びて、落ち着いてしまった妹は表情ひとつ変えず、体だけは小さいままで。
「がんばれ」
もう興味も失せたような光のない瞳で、こちらを見ようともせず階段を上がっていった。




