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なまいきさかり  作者: 小坂あと
第二章

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第21話「神楽は私のもの」








 起きてる時にするキスは、二回目?とかで。


 寝てる時は散々、好き勝手に弄ぶのに。


「い、一回、たんま…」


 たった一瞬、軽く触れ合っただけなのに、神楽は自分の口元を押さえて顔を真っ赤にしていた。


 汗もダラダラかいてて、とても普段、余裕綽々で生意気なことばっかり言う妹には見えない。程遠い初々しさが、心をくすぐる。


 私も私で慣れてないからグイグイいけず、せっかく晴れて両想いになれたというのに、その夜は同じベッドで手を繋いで寝ただけ。


 期待してた、えっちなことはされなかった。


「ふぁ〜……よく寝た。おはよ、お姉ちゃん」

「……」

「いたい。いたいよ。なに?朝から…」


 呑気に爆睡して、呑気に起きてあくびをした憎らしい妹には、頬の皮膚を指でつまんでねじる些細な攻撃を仕掛けた。


「そろそろまじで痛いんだけど」


 そこまで強くやってないはずなのに、冷めた目で言った相手に手首を持たれて、そのまま後ろに押し倒される。


「ん。ふふ……やだ。変なとこ触ってる」

「……気のせい。わたし怒ってるんだから」


 怒ってる人は、そんな照れたにやけ顔しないと思うけど。


 小さな喧嘩を口実に体へ触れようとしてきてるんだと悟って、されるがまま脇腹へのくすぐりにもならない触れ合いを受け入れた。


 緊張で固くなった手は脇へと上がって、親指の先をさり気なく胸の膨らみに当ててくる。


 一歩間違えば痴漢みたいなやり方にも、文句は言わない。


 だって私達はまだ結ばれたばかりで、正しい距離感を掴みかねているから。


 どこまでが許されて、どこからがだめなのか。手探りに、慎重に進めている段階で、付き合う前よりも理性的かもしれない。


 はぁはぁ息は乱れるのに、キスひとつしないで服の上から柔らかさを堪能されるだけ。


 情けなく眉を垂らした神楽は、するつもりあるのかな?そう疑ってしまうほどにはヘタレで、早くもこの先が心配になる。


 告白してから怖気づくのは、二年前と何も変わってない。


 でも少しずつ、前進はしてるの、かな。


「はぁ……ごめん。ちょっとだけ、したい」

「ちょっと、って……ど、どこまで」

「分かんない、けど。触りたい」

「ぅ、ま……まぁ。ちょっと、なら…」


 本当は、どこまででもしてほしい。


 けど。


「神楽〜?あんた、いつまで寝てるの」


 いつ来るか分からない家族の来訪に、肝が冷える思いでふたりして飛び起きた。


 ノックの後で扉が開くことを見越した神楽がベッドを下りて、クローゼットの前まで走る。扉を開けて制服を取り出すまで、それはもう目にも止まらぬ早さだった。


「もう。起きてるじゃない」

「お、起きてるよ。てか、起こしに来なくていいから」

「だっていつもより遅いから……って。祈里も一緒に寝てたの?」

「お……おはよ、お母さん」

「相変わらず仲良しね。祈里は大学、今日は午後からだっけ?」

「や、三限から…」

「じゃあ、一緒に準備なさい。お母さんパート休みだから、買い物ついでに送ったげる」

「ありがとう…」


 家族の会話を終えて、それぞれが自分のタイミングでリビングへ向かう。


 朝食を済ませた後、私はまだ時間に余裕があったからゆったり準備して、神楽は気だるげに鞄を持って家を出た。


「ねぇ、祈里」

「ん……なーに?」

「昨日、神楽と喧嘩した?」

「なんで?」

「あの子、ほっぺ腫れてたから。なんかまた怒らせて叩かれちゃったのかな?って」

「あ……はは。ごめんなさい」

「手を出すのはやめときなさいね」

「はーい…」


 複雑な事情を話せるわけもないから自分を悪者にして、謝っておく。


 “手を出さないように”、ね。


 違う意味ならもう手遅れです、なんて。


 言ったら家族が崩壊しちゃうから、お口チャック。


 余計なことは語らない方針を胸の内で固めて、大学へ送ってもらう。着いちゃえば、あとは講義を受けるだけ。会えば挨拶する知り合いはいるけど、仲良くしてる友達はいないならひとりで気楽。


 そして、大学終わり。 


「……一ノ瀬、祈里さんですよね?」


 待ち伏せていたんだろう。


「あたし、祀莉っていいます」


 不穏な自己紹介をしてきた女の子が、ひとり。


 なんだろう?と首を傾げていたら、「ついてきてください」と言われたから、流れに身を任せてカフェまでやってきてしまった。


 新手の誘拐じゃないことを願って、注文したカフェオレを飲む。

 

「単刀直入に言います」


 祀莉ちゃんとやらは、真剣な表情の中に怒りを滲ませていた。


「神楽のこと、諦めてくれませんか」


 聞けば、妹の――神楽の、恋人だという。


 別れたんじゃ……なかったの?


 予想だにしない出来事に混乱して呼吸もうまくできない私に、祀莉ちゃんは構わず言葉を連ねた。


「諦めさせてください、神楽にも」


 神楽が、話したのかな。


 私達の事情を知る口ぶりから、信頼と関係の深さを感じて胸が痛く締めつけられる。……話せるくらい、この子のこと。


 よく見れば、大きく開いた胸元には赤い点が散りばめられていて、見せつけているんだとすぐに察した。


 無言の牽制をされてもなお、受け入れられない。


 神楽は男の子にも女の子にもモテるから、相手のひとりやふたりいるだろうと思ってた。だから別に、そこに関してはなんとも思わない……わけはないけど。でも、傷つきすぎることはない。


 誰と交わっても私が一番だという、根拠のない自信があるおかげで。


「付き合って……どのくらい、なの?」

「それ、関係あります?」

「気になっちゃって…」

「二年です。…ちゃんと付き合ったのは、最近ですけど。体の関係は、そのくらい前からありました」


 やっぱり。


 通りでこの二年、なにもなかったわけだよ。……神楽め。違う女の子で発散させてたなんて。だとしたら、キスマークの相手もこの子かな?


 原因が判明してスッキリしたところで、決着をつけようと口を開く。


「ごめんね。わざわざ来てもらって申し訳ないんだけど」

「はい」

「神楽は、私のものだから」


 まさかここまではっきり告げられるとは、彼女の想像の範囲外だったんだろう。びっくりした顔を向けてきた。


「私も、神楽のものだから」


 親の前では外してた、左手の薬指をテーブルの上に出して、触る。


 キラリと光る銀色に気が付いた女の子の目はつり上がって、激情を宿した眼差しで睨みつけられた。


「っ……ほんと、姉妹揃ってキモすぎ!」


 バン、とテーブルが揺れる。


「ありえないから!ふたりして……頭どうなってんの!?」

「……周りの迷惑になるから。座って」

「っ余裕ぶってんなよ!」


 ドラマとかで、見たことがある。


 コップの水をかけるやつ。自分が浴びるとは思ってもみなかったな。


「自分が選ばれたからって調子のんな!ってか、そもそも」


 祀莉ちゃんは泣いていた。


「あんたが神楽を選ばなかったから、こうなってんじゃん」


 痛いところを、突かれる。


 そう、全ては自分の身勝手な行いのせい。


 心の準備が間に合ってなくて、向き合うことから逃げて、責任も不幸も何もかも神楽に押し付けた結果、彼女は他の女に逃げた。


 だから、祀莉ちゃんは悪くない。むしろ、被害者ですらある。


「ごめんなさい」


 深々と、頭を下げた。


 濡れた髪からはポタポタと水が垂れる。涙だけは混ぜないように、熱くなる目頭に負けず必死で堪えた。


「もう、いい」


 許しを貰えたのは、呆れか。


「いいよ。どうせあんたらに、未来はないんだから」


 同情か。


 捨て台詞を吐いて去っていった背中を見届けて、ポケットの中に忍ばせていたハンカチでテーブルを拭きあげてから立ち上がる。


 お店を出ようとしたら、お会計はもう済んでいた。……借りも作りたくない、って意味だと捉えておく。


 帰って、服も体も濡れてたら神楽が心配するから、帰宅後すぐに脱衣所へこもった。


『未来はないんだから』


 傷を負うまで、時差があって。


「……ほんと。だよね」


 熱いシャワーを全身に浴びながら、流れる涙をごまかした。


  



 





 


 

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