第18話「大人になった記念」
生理が完全に終わるタイミングで、姉はちょうど二十歳を迎えた。
お酒も飲んで、ほろ酔いで、最近は謎に積極的だから、
『神楽ちゃん……すき』
なーんて。
そんな状態で触れたら、どんなに可愛いんだろうって、妄想も期待も膨らむのに。
「今日は、泊まって?」
「なんで?」
「万が一のことがあったら、嫌じゃん?」
「ですよねー…」
恋人の祀莉が、そう容易く許してくれるはずもなく。
まぁ、代わりに朝まで満足いくまで触らせてくれるんだろうし、仮にも付き合ってる人なんだから表面上だけでも大切にしないとね。
どうせお姉ちゃんは、思わせぶりなことをするだけして、最後には我慢させてくるんだからさ。
……この間は、心臓に悪いくらいだったけど。
それも所詮は気まぐれのうちのひとつ。きっとたいして深い意味はない。悲しいことに。
あんなことがあっても、前ほど期待できなくなってしまった。…喜ばしい成長だ。
「たまにはさ、あたしにも触らせてよ」
「えー……やだよ」
「なんでよ」
「恥ずかしいじゃんか。それに、触られるのは性に合わないっていうか…」
他人に入り込まれるのは、苦手だ。
常に抑圧して、曝け出さずに隠し通すことが当たり前な人生だったせいか、肌も心も露出させることに抵抗がある。
ただでさえ、こう見えて極度の恥ずかしがりやでもあるから、心を開いてもない相手になんか、余計に。
見せられるわけもない。
見せたくもない。
けど。
「あたしからキスするくらいなら平気?」
「まぁ…」
「じゃ、目閉じて」
お姉ちゃんと同じで、変なところ聞き分けのいい子に育っちゃったから、バカを見たのかもしれない。
素直に目を閉じたら、遠慮なく抱きついてきた相手に手首を持たれて、背中側に回される。この時点で、何をしようとしてるか気付いてしまった。
しゅるり、と制服のリボンか何かが両手首をラッピングする。
まぁ、いいや。
好きにさせよう。
今断っても、いずれは許す日が来るんだから、と。
諦め半分に明け渡して、拘束された状態でありとあらゆるところに跡を残された。
よっぽど、嫌なんだろうな。
帰ってから、姉妹同士……仲良くするのが。
だからわざわざ、何があっても見られないようにと、腕にまで噛み跡をつける。……そんなことしなくても、姉の前で脱ぐ機会ないのに。
それに、服を着ていてもやれちゃうのは、君が一番分かってるはずでしょ。祀莉。
バカだなぁ。
今ひとつ賢くなくて愚かなところは、姉に似てかわいいかもしれない。
「……満足した?」
「だいぶ」
「そろそろ……これ解いてくれる?」
「ん〜。このまま閉じ込めちゃうのもあり?」
「一生養ってくれるなら、いいよ」
「いいんだ」
体の表面だけで満たされたらしい祀莉は、驚いた後でわたしの発言にさらに満足そうな笑みを浮かべた。
以前までの自分なら、姉を養っていこうと躍起になっていた。そのために選んだ大学も申し分ないくらいで、国公立だからお金もそこまでかからないと親が喜んでいたっけ。
でも、本来は甘やかすより甘えたいタイプ。
こうして人生かけて、約束された将来を与えてくれる相手がいるなら、話は別だ。
姉が手に入るのなら、はなからこんな選択もしてないが。
「やっぱ……帰っていいよ」
「え?」
「気分がいいから、帰らせてあげる」
生涯を共にすることを半ば誓ったようなものだからか、祀莉は拘束を解いて解放してくれた。
時間はまだ、夜の十時。
晩酌しているならきっと遅くまで起きていて、良い子ちゃんな時間にはウトウトしちゃうお子さまな姉でも、さすがに眠くはなっても寝てないはず。
急いで自転車に乗り込んで、家まで突っ走る。
リビングに行く前に、部屋に置いてある誕生日プレゼントを先に取ってこようと、着いてすぐただいまも言わず階段を駆け上がった。
荒れた息を整えることもせず扉を開けて、
「っは……はぁ。あ、れ?」
ベッドの上で丸まっている存在に気が付いて、渇ききった喉を動かした。
なんで、わたしの部屋にいんの?
おそるおそる歩み寄る。
ベッド脇に膝をついて覗き込んでみれば、勉強机の上に置いておいたはずのプレゼントの小箱を抱いて、すやすや眠る寝顔が見れた。
人が不在の時に、勝手に入って、勝手に貰って、勝手に寝て。
自分勝手すぎると怒りたくなる感情すら湧かず、代わりに湧いてくるのは涙が出そうなほどの愛おしさで。
「愛してるよ」
髪をつまんで、口元へ運ぶ。
「誕生日おめでとう。…祈里」
二年ぶりの唇に向かって、顔を落として。
「神楽〜?開けるわよー」
ノックの音とドア越しの母の声が聞こえたから、触れる前に止めた。
視界に映る前にベッドを降りて、何気ない仕草でちょうど棚から本を取ろうとしていましたよ、というフリをする。
「あんた、帰ってきたんなら言いなさいよ。もう」
「あー……ごめん。勉強に必要な資料取りに戻っただけだからさ」
「え?じゃあなに。すぐまた友達のとこ行っちゃうの?」
「うん、まぁ」
「ちょっともう。今日は祈里の誕生日なのよ?あの子、神楽が帰ってくるの本当に楽しみに……ほら。だからあんたの部屋でなんか寝ちゃって」
姉の存在に気が付いた母はズケズケと入ってきて、腰の辺りまで毛布を掛けてあげていた。
「彼氏ができたかなんだか知らないけど、誕生日くらい……家にいてあげてよ」
「……そうだね」
家に残る口実も貰えたことだし、と頷く。
「お母さん達は下にいるから。ケーキあるから、食べたかったら降りておいで」
「はーい」
出て行った母の後ろ姿を見送って、顎に指を置く。
……あの様子だと、もう上がってくることはなさそう。
って、ことは?
チラリ、と眠る姉を見て、ゴクリと喉を鳴らした。
せっかくの、二十歳。
大人になった記念だし、ね。
少しくらい、良くない?散々、いつも我慢してんだからさ。
「ねぇ……祈里」
シーツに広がる髪を踏まないよう、手をついた。
ほんのり赤らんだ頬を、指先でさする。
わたしにとっては絶世の美女が、今は眠り姫に変貌を遂げている。またとないチャンスに、自制心を持つ方が失礼だと思わない?
据え膳は、食べないと。
なんて、自分を正当化させる。
やっと触れられる。
二年、ぶりの。
気分はさながら、餌を前にした百獣の王だ。




