第13話「今でも、私のこと」
お互い反抗期でぶつかり合ったあの喧嘩から、二年。
妹は高校三年、私は大学二年の冬を迎えた。
この冬、晴れて二十歳になる私は、両親と乾杯を交わせる日が来るんだと心待ちにしていて、両親もまた今から飲むお酒を用意するほどには楽しみにしてくれていた。
妹の神楽は、というと。
「……飲みすぎないようにね」
冷静沈着な声で心配しただけで、同じ温度で喜びはしなかった。
高校一年から三年の間のたった二年でグングン成長し、低かった身長は私を超え、まだどこか幼く高かった声は大人の落ち着きを感じさせる低さになってしまった彼女は、面影だけを残した別人へと変わってしまった。
生意気なのは相変わらずで、なんでも知った顔で飄々と、人の努力の上を才能で歩く。本人は平然とした態度で、足元にいる人間なんか気にも留めず。
今では、様々な大会などで得たトロフィーや賞状がリビングにズラリと並んでいる。…私のは、ひとつもない。
ただ、変わらないこともあって。
「大学の勉強は?どうなの」
「た、単位は落とさず済んでる」
「……そっか」
未だに、わざわざ専攻してない大学の勉強までも付き合ってくれる。それどころか、分からないところを伝えたら翌日には予習して教えてくれる。
「ほんと、神楽は頭がいいねぇ」
「当たり前でしょ」
「天才」
私の隣で長い足を組んで参考書を捲る姿は子供じゃなくなっちゃったけど、頭をポンポン触った時の照れ隠しの顔は、子供の時のままで。
かわいいなって、胸がきゅんとする。
俯いて前髪で顔を隠そうとするけど、隠しきれてない嬉しさが口の端に出ちゃってる感じとか。愛らしくて仕方ない。
「いいから、早く勉強しなよ」
「うん」
「……分かんないとこあったら、聞いて」
「ここ。もう分かんない」
「はぁ……バカだなぁ」
とか言いつつ、しっかりと指さしたところを覗き込んでくれる。やさしい。
長いまつ毛をそばで見ていると、家族ならではの距離感を実感できて安心する。他の人は、こんな近くで見られないんだろうなっていう優越感も、すこし。
二年前、彼女は一線を越えようとしてきた。
忘れたわけじゃない。未だに、あの時の光景は胸に濃く刻まれている。
拒絶したのは、私。
そのおかげか、家族の安寧は保たれて、無事に姉妹という安全基地から追い出されることを阻止できた。
でも。
「ん…?」
たまに、後悔する。
「なに見てんの」
コツンと額に拳を当てられ、痛くないのに痛がって押さえながら見つめ返す。
「ほら。集中して」
随分と大人びてしまった口調の彼女は、昔のような熱を呼び覚まさない。当たり前だ、私がそうさせてしまったんだから。
あの“深夜の来訪”も無くなってしまった。
夢じゃなければ、神楽は私を――
「はい」
パン、という破裂音に肩が跳ねる。
「今日はもう終わり。疲れてんなら、早く寝なよ」
「えっ…?」
「おやすみ。《《お姉ちゃん》》」
私の大好きな呼び方をするくせに、心のこもってない言い方をしてさっさとリビングを出て行った神楽の跡を追って、廊下へ向かう。
勉強も、教えるのは必ずリビング。とある用事以外での神楽の部屋は立ち入り禁止状態で、私の部屋にももちろん来てくれない。
「か、神楽…!」
「……はぁ。なに」
引き止める材料は、ひとつだけ。
「あ……頭、痛いの」
「だから?」
「おまじない……してほしい」
絶対に断らないことが確定している儀式を口に出せば、どんなに冷たくなってもそれだけは律儀にこなしてくれる神楽は、ため息混じりに頷いた。
「いいよ。…おいで」
そして、部屋に招かれる。
ふたりきり、鍵もかけられた密室で執り行われるのは、神聖でも何でもない、効果だってあるのかも不明な、ふたりだけの秘密の行為。
ベッドの上で、向き合う形で座って、神楽の手が私の膝に置かれる。
近づいてきた顔は、痛いと伝えた箇所――今回は頭だから、額に向かって唇を当てられた。
耳の後ろから後頭部にかけて、支えるように手のひらが撫でる。癖みたいな動きが、慣れを感じさせて好きだったりする。
「……どう?良くなった?」
「まだ、痛い……かも」
「はぁ。薬ないの」
「飲みたくない…」
駄々っ子の私にため息をつきつつも、神楽はまた額にキスを落とした。
こうして、おまじないは続いている。
仲が良くなったようで遠くなってしまった距離を、どうしてか取り返したくなる自分がいる。だって、こんな風になっちゃうなんて思ってなかった。
ねぇ、神楽。
今でも、お姉ちゃんのこと好き?
お姉ちゃんは、あなたのこと――。




