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第1話「出来のいい妹」













 出来の良い妹を持つと、姉は大変なんだよ。


「聞いたか?一ノ瀬姉妹の妹、剣道で全国1位だってよ」

「やば。成績だって学年1位じゃなかったか?」

「妹すげー」

「それに比べて、姉の方は……」


 後ろ指をさされて笑われるのは、いつだって私なんだから。


 分かってる?――神楽かぐら


「勉強教えるから、部屋来てよ」

「いいよ。お姉ちゃん、ひとりでもできるから」

「っ……ば、バカなんだから、素直に来て。わたしの気が変わる前に」

「はぁ。…わかったよ」


 でも、お姉ちゃんはね。


 何があっても、嫌いにはならないよ。


「だから。そこ違うってば。なんで教えたのに分かんないの?ほんとバカ。祈里姉いのりねえ、耳ついてる?」

「ついてるよ」

「分かるまで教えてあげるから、今日は朝までここにいていいよ」

「えー……お姉ちゃん寝たいよ」

「い、一緒に寝ればいいじゃん」

「いいの?」

「別に。さすがに徹夜は可哀想ってだけだから」


 いつからか始まった反抗期。いつまで経っても憎まれ口は変わらずで、生意気盛りなあなたのことが、可愛くて仕方がないから。……本音を言えば昔の方が、素直で可愛かったかも。


 だとしても、どれだけ年を重ねても神楽は神楽で、私の中では赤ちゃんから成長していない。小柄な体格も相まって、子供の頃のまま。


 二歳しか違わないけど、これでも私はお姉ちゃんだから。


 あなたの幼い頃を、よく覚えている。


『おねえちゃん!あのね!』


 場所は病院。


 外に出る機会が少なく、退屈を持て余していた私の元へ駆け寄ってくれて、その日の体験を舌足らずな口調で共有してくれたこと。


『……半分こしたいな』

『んー?なにを』

『痛いのも、つらいのも、楽しいのも、ぜんぶ。おねえちゃんと半分こしたい』


 少し大きくなった頃、泣きながら抱きついてきたこと。


 記憶に残る思い出の全てに救われていて、だからこそ反抗的で尊大な口ぶりをする今が悲しくもあり、成長を感じられて嬉しくもある。


 高校生になってから、神楽はさらに悪態をつく回数が増えた。


 でも、根っこは変わらないって、お姉ちゃん分かってるよ。


「神楽は頭いいんだから、もっといい高校に入ればよかったのに」

「……近いから。通学楽かなってだけ」

「そっかぁ。お姉ちゃんのためかと思っちゃってた」

「んなわけないじゃん。自意識過剰きもすぎ」

「だよねぇ…」


 私のためにわざわざ、レベルを下げてまで同じ高校に進学してくれたことも、言ってくれないけど知ってる。


 たった一年しか被らないのに、それだけのために。


 お母さんから聞いちゃった。私が元気で高校生活を送れてるか、心配してたって。だから、自分の目で確かめたかったって。どうして、私には教えてくれないの?って、ちょっと寂しかったな。


「何かあったら、言ってよ」

「いいよ〜。大丈夫だよ。お姉ちゃん、自分で解決できるよ」

「うっさい!いいから、言って」

「わかった。神楽もね?」

「は?祈里姉を頼ることなんてないから。ありえない」 

「お姉ちゃん、そんなに頼りないかなぁ」


 最近は私ばかり頼りきりで、申し訳なくも思ってる。


 高校に入ってからは、一年生の神楽に勉強を教えてもらう始末で、妹の優秀さが誇らしいのに情けない。


 三年生の勉強をしてるのは今教わっているところが簡単すぎてつまらないからとか言ってたけど、本当は私のためだって、なんとなく察してるよ。お姉ちゃん、勉強苦手だからいつも助かってる。


 大人ぶって、家庭教師の真似事で偉そうな態度をとるのは好ましくはないけれど、


「一緒に寝たらさー……ふつう、抱きしめない?」

「神楽もう子供じゃないって、前に言ってたよ?」

「そうだけどさー……そうなんだけどさ」


 結局、一日の終わりには子供に戻っちゃうんだから、ほんとにかわいい。


 ふてくされて尖った唇の先を、指でツンって触りたくなっちゃう。怒るから、やらないけどね。


「大人でもさ、ハグ……するでしょ」

「恋人とかなら、するのかもね」

「……ふぅん。恋人、ね」

「神楽にはまだ早いかな?」

「は?早くないし。男子からめっちゃ告白とかされるし」

「あら。じゃあ、彼氏ができるのも時間の問題ね」


 いつの日か、本当の意味で大人になって旅立っていくんだろうな。腕の中から、すり抜けていっちゃうんだろうな。


 離れ離れになる未来を想像すると、胸が苦しくてつらいよ。でも、幸せになってほしい願いの方が強いから、良い人を見つけてほしいな。


「ま、まぁ。わたし、モテるから」

「そうなんだ」

「おねえちゃ……祈里姉は?」

「ん?」

「彼氏、とか」

「やだなぁ。作れないよ〜。告白とかも、されないし。お姉ちゃん、神楽と違ってモテないから」

「ふ……ふぅん。ま、祈里姉みたいな鈍くさいやつ好きになる物好きなんていないか」

「うんうん。だから、結婚は無理かなぁ」


 引っ込み思案で人見知りな私が、誰かと恋愛する姿なんて想像もできない。


 明るくて活発で人気者の神楽の彼氏は、考えなくても思い浮かぶくらい簡単なのに。世の中って、世知辛い。


 ひとり静かに落ち込んでいたら、もぞもぞと動いた小さな体が上に乗っかって、おもむろに覆い被さるようにして抱きしめてくれた。


「貰い手見つからなかったら、面倒見てあげるよ」

「えー?ほんと?」

「うん。……わたし、将来バリバリ働く予定だし。祈里姉ひとりくらい養うなんて余裕だし」

「でも、それだと神楽が結婚できないよ?」

「わたしに釣り合う相手が、そうそう見つかると思う?」


 わあ、自信満々だ。


 でも困ったことに、納得できちゃう。


 かわいくて、かっこよくもあって、お勉強もできて運動も得意で、ちょっぴり言葉遣いは悪くて意地っ張りですぐ拗ねちゃうお子様な一面もあるけれど、差し引いても充分なくらい魅力的で自慢の妹だから。


「だから、ま……一生、わたしといればいんじゃん」

「うれしいなぁ」


 嬉しいよ。


 だけど……だけどね、神楽。


 お姉ちゃん、あなたの足枷にはなりたくないの。


 だから、ごめんね。


 一生は、むりかな?


 



 




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