9 ライオンとリス
獣人は人間よりも身体能力が高く、種族によって様々な能力を持っている為、人身売買ではよく商品として買われた後、奴隷として扱われる事が多い。
今回のオークションにも数人の獣人が居た。
「今回は、多種多様だったわね」
「そうだね。まさか、あの子まで居るとは……」
「ただの人間には分からなかったんでしょうね。ま、何か起こる前に踏み込めて良かったわ」
今回の摘発には、人間と獣人と竜人が手を組んで動いたお陰でスムーズに行動に移す事ができた。主催者側の者達は拘束済み。売買に参加していた者達も別室で待機させ、売り物として捕らえられていた者達の安全確保を優先に動いていると「きゃあー」と言う悲鳴が響いた。
「バジリスク……」
幻獣レベルの魔獣を集めているとは聞いていたが、バジリスクとはまた厄介な魔獣を捕らえていたものだと感心する。コレを、人間が扱える訳がない。
『ここは、我々に任せてもらおう』
バサッ──と空から舞い降りて来たのは2体の竜と2羽の鳥─竜騎士だった。2体の竜の威圧は流石なモノで、獣人の私ですらピリピリと肌が刺激される。2羽の鳥からも、それなりの強さが伝わって来るのだから、相当のモノだろう事が予測できた。
「それでは、お言葉に甘えてお願いします」
そう言うと、竜騎士達はバジリスクへと意識を向けた。
「コカトリスだ!」
まさかの二体目の幻獣レベルの魔獣の出現に、その場は混乱状態に陥った。しかも、そのコカトリスは森の外へと飛び出した。
「このままでは、街への被害が出る!逃がすな!」
と私は声を上げた後、ライオンの姿してコカトリスの後を追った。
その先で出くわしたのは、オールステニア王国では珍しい黒色の髪と瞳をした人間の女の子だった。
『──っ!?』
ただの人間の女の子。魔力も殆ど感じないから、魔法や魔術は使えないだろう。か弱い人間だ。それなのに、獣人として最強の部類に入るライオンが、その女の子から視線を外す事ができず、言葉を掛ける事ができずに居る。しかも、不快ではない。
ー何故?ー
と、そこで、ようやく、その女の子の後ろからコカトリスが飛んで来る事に気が付いた。
ーこの女の子を狙っている?ー
『リオナ!』
『っ!』
ルパートに名を呼ばれてハッとすると、目の前に居た女の子は意識を失うようにして倒れた。
『グルルルル───ッ』
と、コカトリスに意識を集中させて構える。
ーチャンスは一度だけ。急降下して来た瞬間に喉元に噛み付いて……ー
と考えていると、コカトリスの後ろから1羽の鷲が飛んで来た──と思えばスッと人の姿になり、振り上げられた漆黒の剣が月光で光輝き、そのままコカトリスの首に振り下ろされた。
そのたった一撃だった。
「その女の子は頼みます」
『あ!分かりました!』
兎に角、もう動く事のないコカトリスは竜騎士に任せ、私は女の子の方へと駆け寄った。
『『…………』』
黒色の髪の毛は切られたのか、長さがまちまちで、 目の下には夜だと言うのに隈があるのがハッキリと分かる。服はボロボロで靴も履いていない。
「俺が抱いて運ぼう」
『お願いするわ』
獣化から人の姿に戻ったルパートが、その女の子を抱き上げた。
「軽過ぎるな……それに、幼く見えるけど成人してるかもしれない」
それは有り得る話だ。人間は獣人や竜人よりも短命で若く見える。
『兎に角、この子を安全な所まで連れて行きましょう』
私とルパートは、オークションが行われていた城とは反対側へと歩いて行った。
そうして、その女の子を連れてやって来たのは、今回保護された者達を保護する為に整えられていた、オールステニア王家所有の1つの邸だ。
ベッドに下ろしても目を覚ます事はなく、寝たままの状態で医師に診察してもらった。
「裸足だったので、脚の裏は傷だらけですが、その他は……捕らえられている間に殴られた痕が少しある以外は特に大きな怪我はありません」
“殴られていた”事も大きな問題だけど、後は、見た目から分かるように、栄養不足に軽い脱水症状。起きて様子をみないと分からないけど、精神的にも何かしらの問題があるかもしれない─と言う事だった。
今は意識がないからか、出くわした時にこの子から感じたモノが無い。何とも形容し難い感情。
ーこの子の目を見れば、何か分かるかしら?ー
それでもやっぱりその子が気になってしまい、私はライオンの姿のままその子の横に寝転んだ。
******
『離れないわね……』
「同性だから良いんじゃないか?」
あれから私も寝てしまったようで、次に目を覚ますと、女の子がライオン姿の私にしがみついて寝ていた。
「それに、なんだか安心して寝てるように見えるしね」
『…………』
確かに、ほんの少しだけ、口元が笑っているように見える。それに、何故か私も安心する様な感覚があるから不思議だ。“癒やしの力”でも持っているのだろうか?とさえ思う。ジッとその子を見ていると、寝ているのにポロポロと涙が流れ出した。色々、大変だったんだろう。
『戻っておいで………大丈夫……』
私がそう呟くと、その子の目蓋がゆっくりと持ち上がった。