74 西の離宮
本来であれば、守護竜が入宮する時は竜化して王城から自身の領地迄飛んで行くのだけど、私がまだ飛び慣れていないのと子竜だと言う事で、竜王バージルさんの背中に乗って行く事になった。
黒竜に背負われる子竜
『いっその事、“お父さん”って呼んで良いですか?』
『ユマに浄化されるから止めてくれ』
西の離宮迄飛んでいる間、地上から手を振ってくれる人達で溢れていた。颯爽と飛ぶバージルさんは、黒色の鱗がキラキラ輝いていてとても綺麗だった。乗り心地も良かった。何なら、少し寝てしまっていた。
『俺の背中で寝たのは、お前が初めてだ』
『すみません……』
素直に謝れば、バージルさんに笑われた。
そして、あっと言う間に着いた西の離宮は、真っ白な大理石でできた神殿のような建物だった──のは、西の離宮の門だった。
「おはようございます!マシロ様、お待ちしてました!」
「おはよう、キース」
その門で私を出迎えてくれたのは、側衛のキース。キースは1日早くここに来て、私を迎える準備をしていたのだ。
「それでは、まずこの門の中へ入っていただいて、そこで儀式をしてから入宮となります。北の守護竜バージル様、見届け、宜しくお願いします」
「承知した」
守護竜が入宮する際にする儀式を、他の守護竜の誰かに見届けてもらわないといけないようで、今日はバージルさんがこのまま見届けてくれる事になっている。
門の中は、大きな柱がズラリと真っ直ぐに並んでいる。屋根があって太陽の光が入って来ないから、中は薄暗くてひんやりとしている。でも、その空気は心地良い。
門に入ってから数歩進んでから立ち止まり、宣言する。
「我は西の守護竜茉白。主である我を受け入れよ」
言い終わるのと同時に、薄暗かった門内が明るくなり、天井を見上げると、青空が広がっていた。
「え!?て……天井が無くなってる!?」
「もともと天井は無いんだ。離宮の門には結界が張られてあって、天井があるように見えていただけなんだ」
主の居ない離宮は、その結界によって外部とは一切遮断される事になる。
招かれざる客が、この門内に足を踏み入れると光は失われて、歩いても歩いても、この門内から出る事ができないんだそうだ。
「だから、この離宮に入宮する時に主である守護竜が宣言する事で、主を受け入れる為に結界が解除されるんだ。言い換えれば、この結界を解除する事で、“この離宮の主だと認められた”と言う事になる」
なるほど。だから、入宮には見届け人が必要なんだ。側衛が主を間違える事は無いし、不正をする人も居ないんだろうけど。
「マシロ、今日の離宮は西の守護竜とその周りの者しか入宮できないから、俺はこのまま王城に戻る。ではまたな」
「バージルさん、ありがとうございました」
そして、バージルさんはまた竜化して飛び立って行った。
「やっぱり、巨体の竜は迫力が違うよね。様になるよね」
「マシロ様の可愛らしさの方が勝っているから大丈夫です」
ー本当に、キースはぶれないなぁー
「さぁ、中でイネス達が待っているので行きましょう」
「私が宣言するよりも先に入れたんだね」
「離宮に新たな主を迎える為の準備をする為で、側衛の俺と、他の守護竜の許しを得た者だけが入る事ができるんです」
「便利なセキュリティだね」
本当にファンタジー要素満載な離宮。今日からここが、私の家になる。
離宮に入ると、イネスが出迎えてくれた。今日は、この3人だけで、他の使用人達は明日以降、この離宮にやって来るそうだ。だから、今日は3人で離宮内を歩き回り、食事も3人で食べた。
「マシロ様、気に入らない所などは無かったですか?」
「無いどころか、私好みで驚いたぐらいです!自室は落ち着く感じだったし…ありがとう」
家具だけではなく、カーテンや普段着など、用意されていた物全てが私の好みの物だった。お母さんの部屋も、きっと気に入るだろうと思う。
私も、イネスやキースに信頼してもらえるような守護竜になりたい。
「少し時間は早いですが、お風呂の準備をしますか?」
「うーん…明日はバタバタするだろうし、早目に寝た方が良いと思うから、お願いしようかな」
「分かりました。今から準備をして来ます」
そう言って、イネスはお風呂の準備をしに行ってくれた。
「明日、お母さん達はいつ頃来るの?」
「朝の早い時間に半分の使用人達が来ます。ユマ様は、お昼をここで一緒に食べる予定なので、お昼前に来る予定です。リシャールも一緒の予定です」
リシャール──
ベレニスさんとイーデンさんの息子。
2人のやらかしで、伯爵の身分は奪爵されたから家名は無く、ただのリシャールとなった。リシャールを引き取る者は誰も居らず、修道院行きの予定だった。
ー異母姉弟なんだよねー
リシャールに対しての印象は悪く無いどころか、良い印象だった。それに、罪を犯したのはイーデンさんとベレニスさんであって、リシャールはなんの関係も無い。“救国の聖女と西の守護竜に手を出した夫婦の子”ともなれば、普通の生活を送るのも難しくなるだろう。そう思うと、どうしても無視して放っておく事ができなかった。だから、気が付けば『私の管理の元に引き取ります』と言っていた。勿論、他の守護竜3人には反対されたけど、側衛の4人とお母さんは賛成してくれた。
『側衛4人ともが賛成するならば──』
と、最終的には認めてもらえて、明日、お母さんと一緒にここに来る予定だ。
ー恨まれたりしてなかったら……良いけどー