54 竜化
『イーデンの子は、リシャールだけよ!』
「「「「「マシロ!!」」」」」
「──っ!?」
その後は、スローモーションのようだった。
ベレニスさんが振り上げた尻尾を、私を目掛けて振り下ろす。
ーあの尻尾が直撃したら、死ぬかもー
それなのに、頭の中はやけに冷静だった。至近距離で、避ける事はできない。ギュッと目を閉じて衝撃に備える。
ー本当に、竜化できていたらー
ドン─────ッ
「──っ!?」
大きな音と共に、私の体が────後ろへと倒された。尻もちをついてお尻が痛いだけで、他に痛い所が無い。
ー何で?ー
そろそろと目を開けると──
「……え?………な……で………?」
目の前に、血溜まりの中に倒れているカイルスさんが居た。
『また邪魔をしたわね!本当に、つくづく嫌な男ね!』
ベレニスさんは叫びながら、また更に尻尾を大きく振り上げた。
「カイルスさん…」
『カイルスがそうなったのは、お前のせいよ!お前が存在する限り、お前を護る者達はこうなるのよ!』
「私が……存在する限り?」
「茉白、ベレニスの言う事は聞かなくていいわ!茉白は何も悪くないわ!キース、茉白を護りなさい!」
「承知です!」
「ユマ様、僕とレナルドが竜を押さえるので、カイルスさんを頼みます!」
『私の邪魔をすると言うなら──赦さない!』
“狂い竜”
我を失った竜は凶暴さを増すだけではなく、痛覚が鈍くなり、魔法の攻撃を受けても武器で刺されても止まる事無く動き続け、出血多量で気を失う迄暴れ続けて死に至る。いくら魔族の王子とレナルドさんでも敵わない。
お母さんが必死にカイルスさんに治癒の魔法を掛けているけど、カイルスさんの目は閉じたままピクリとも動かない。私なんかを庇ったばかりに。
「マシロ、しっかりしなさい!」
『マシロ、お前が存在する限り、私はお前を追い詰めるわ』
その言葉で、プツリと何かが切れた。
「………私達が……何をしたの?」
番だから何をしても良いの?番と巡り会う前の事も、番ではない私達が悪者になるの?親権を求める事もお金を求める事もしていない。認知すら求めるつもりは無いし、寧ろ放っておいて欲しいぐらいなのに。なのに、何故、カイルスさんまでも奪おうとするの?
「カイルスさん!しっかりして!駄目よ!流石の私でも……が止まってしまったら────」
ーカイルスさんが………居なくなる?ー
目の前で、レナルドさんとプラータ王子がベレニスさんと対峙しているのに、意識はカイルスさんに向いている。お母さんが放つ金色の光に包まれているのに、カイルスさんは未だに動かない。
ー私は、何て無力なんだろう?ー
竜人でも意味が無い。黒竜かも?なんて浮かれた時もあった自分が恥ずかしい。
カイルスさんには何度も助けてもらったし、優しさもたくさん貰ったのに、私は何もお返しができないどころか、命を奪おうとしている。
ー私に力があったら、救えただろうか?ー
「カイルスさん!お願い!」
ー私に力があれば、これ以上奪われずに済む?ー
トクン──と、静かにだけど心臓が大きく波打ち、体に流れる竜力が温かな熱を帯びて流れ出した。
『あ………あぁ!』
突然、声を出しながら私の側に居るキースさんが真っ白な光に包まれて隼の姿へと変化した後、バザッと上空へと羽ばたいた。
『我、“西の側衛”キースが、我の唯一である“西の主”白竜マシロ様を、謹んでお迎え申し上げます』
キースさんは、透き通る様な声で高らかに宣言した。
その直後、私の体から真っ白な光が溢れ出した。
「まさか────」と呟いたのは誰だったか。
眩しい光に一度目を瞑る。体中が温かい竜力で満たされた事を確認してから目を開けると───
私は竜化していた。
黒竜ではなく白竜だった。
しかも────
1mにも満たない小さな竜だった。
*イーデン=ウィンストン視点*
ここ数日のベレニスの様子がおかしい事は気になっていたが、綻びの調査の勅命を受けていた為、家の者に様子を見ておくように指示していた。
『奥様が、オールステニア王国に降りました』
と報告を受けた。何かあったのか?と思いつつも調査を続けていると、微かに私の竜力をオールステニア王国の方から感じ取った。
ーベレニスだけではなく、リシャールもオールステニアに降りたのか?ー
否。リシャールは今日は学校へ行っている。リシャールではないのに、オールステニアに私の竜力を纏う者が居て、ベレニスもオールステニアに降りている。
ー偶然である筈がないー
『イーデン』
その声は、ベレニスだったのか、それとも───
兎に角、何故私と同じ竜力を纏う者が居るのか、確かめる必要がある。ベレニス──番が取り返しのつかない事になる前に、迎えに行かなくては。
******
そうして、竜王陛下に願い出て許可を貰ったのは良いが、あの条件は一体どう言う意味なのか?
番を優先するのは当たり前の事だ。
ベレニスの竜力を辿ってやって来ると、私の竜力も同じ所から感じられた。
「やはり、偶然ではなかっ───」
『我、“西の側衛”キースが、我の唯一である“西の主”白竜マシロ様を、謹んでお迎え申し上げます』
ベレニスを視界に捉えた時、その透き通った声が響いた。
「まさか────」
拘束されたベレニスの側に、小さな白竜が居た。




