47 愛おしい存在
*竜王バージル視点*
『レナルド様の結界のお陰で辿り着く前に片付けてますけど、何者かがユマ様かマシロを狙っているようです』
と、キースから報告があったのは、オールステニアに穢れと竜王国に綻びが現れる少し前の事だった。
「偶然ではないだろうな」
ユマの浄化は完璧だった。100年以上は保たれるだろうと思われる程に。
少し前に、ウィンストン伯爵家ではなく、トリオール公爵家が動いていると言う報告があった。これも、偶然ではないだろう。おそらく、イーデンは何も気付いていないだろう。毎日いつも通り登城しているが、偶に上の空になる事はあっても、何かを企んでいる様子は全く無かった。
「ベレニスが気付いたか?」
「かもしれませんね。“女の勘”は侮れませんから」
竜人が魔獣や魔物を操る事はできない。ましてや、穢れを溢れ出させる事も綻びを作るのも無理だ。なら、ベレニスに手を貸している魔族が居ると言う事だ。竜王国を手に入れたい者にとって、聖女ユマは邪魔者でしかないから、ベレニスを利用してユマを消すつもりなんだろう。
「マシロは、竜化できたのか?」
「まだのようです。そう簡単には無理ですよ。寧ろ、竜力の流れを掴んで上手く流せるようになった上、他の竜人の竜力の違いが判る方が凄過ぎるんです」
「分かっている。ただ、確認しただけだ」
せめて、マシロが竜化できれば、ユマも少しは安心できるかもしれないし、ベレニスも簡単に手を出す事を諦めるかもと思っただけだ。
「それで、カイルスがオールステニアに行っているのか?」
「はい。レナルド殿が不在になるとの事で、カイルスが行きました」
「ならひとまずは安心だな。それじゃあ、アルマンは西の確認を頼む」
「承知致しました」
竜王国で綻びが現れたのは、守護竜不在の西。魔族が手を出すとすれば西からだろう。
ー本当に、舐められたもんだなー
たった一つの綻びで、我ら竜人を支配できると思っているから、魔族の王にもなれないと言う事が分からないのだ。勿論、実力で言っても今の魔王が一番だろうけど。
王弟ダミアン
先の人身売買での幻獣に関わっていた魔族が、現魔王の実弟のダミアンだった。今回の穢れや綻びの急激な悪化も、そのダミアンが関わっている可能性が高いと、実兄である魔王ダグラスから親書が届いた。これで、あのオークションにあの子が居た事も納得だ。
今回は、魔王も動いてくれると言う事で、魔族に関しては魔王に任せれば良い。こちら側の問題としては、“綻び”と“ベレニス”だけだ。
「イーデンをどうするか──だな」
イーデンがユマに対して、どんな対応に出るかの判断が難しい。番のベレニスを優先するなら、迷わずユマとマシロに手を出すだろう。それだけは阻止したい。
「番とは、憧れと同時に厄介なものだな……」
*カイルス視点*
「マシロは大丈夫ですか?」
「今さっき、薬を飲んで寝たところなの」
レナルド殿の家にやって来ると、マシロが風邪をひいて寝込んでいた。
「茉白が風邪をひくなんて、久し振り過ぎで驚いたわ」
ふふっと苦笑するユマ様だが、心配なんだろう。いつもの様な明るさは無いし、疲れているようにも見える。
「ユマ様も、少し休んではどうですか?俺がマシロを看ておきますから」
「そう?カイルスさんなら安心だから、お言葉に甘えて、少し休ませてもらおうかな」
「そうして下さい。これでユマ様まで倒れたら、それこそマシロが心配するだろうから」
「ありがとう。お願いします」
そう言うと、ユマ様は部屋から出て行った。
マシロは──と、ベッドで寝ているマシロを覗き見ると、少し息苦しそうな顔で寝ていた。風邪だと言っていたが、これ迄の疲れや、いきなりの体質の変化によるものもあるのかもしれない。
「本当に、マシロは小さいな……」
初めて会った時よりは健康的になったとは言え、年齢からしても平均的な女性よりは小柄な事には変わりない。竜人は比較的しっかりした体付きをしているが、マシロはユマ様に似て、見た目だけで言うと人間の女性よりも小柄だ。それ故に、マシロが気になって仕方無い。風や雨からも護らなければ─と思ってしまう。竜人だから、実際は俺より強いんだろうけど。それでも、“マシロは俺が護りたい”と思うのは──
ー俺はマシロの事が好きなんだろうか?ー
どんなマシロを見ても、“可愛い”や“愛おしい”と言う言葉しか出て来ない。キースのマシロへの執着が番であるが故なら───
ーキースを消していたかもしれないー
と言う事は、俺だけの秘密にしておく。キースはキースで、俺にとっては可愛い弟のような存在だ──と自分に言い聞かせている事も、俺だけの秘密にしておく。
兎に角、マシロやユマ様に、何も起こらなければ良いんだが……そうはいかないだろうから、俺がこれからもマシロを護る。ただ、それだけだ。
******
『ゔゔ……なんか殺気?悪寒?が……気のせいかな?』
と、隼が呟いた。




