46 穢れと綻び
「茉白、大丈夫?」
「ん………」
この世界にやってきて半年が過ぎた。
そして、この世界で初めて風邪をひいたようです。ただの風邪だけど、日本に居た時も滅多に風邪をひく事もなかったから、少しの熱でも体が重くて動けない。意識もぽやぽやとしている。
「薬を飲む前に、何か口にした方が良いんだけど、何か食べれそうなものはある?」
「ん……玉子粥が食べたい……」
「分かったわ。少し待ってて」
そう言うと、お母さんは私の頭を一撫でしてから部屋から出て行った。
ーお母さんのお粥を食べるのは、いつぶりだろう?ー
食欲が無い時に作ってくれていた玉子粥。和風だしじゃなくて鶏ガラのお粥。この世界にも、輸入品だけどお米があった。海苔は見た事がないから、刻み海苔が掛かっていないお粥かな?
「………」
ーカイルスさん……達は元気かな?ー
実は、1ヶ月ぐらい前からカイルスさんとアルマンさんには会っていない。レナルドさんも家を不在にする日が増えた。キースは、隼のままで側に居るけど。
『王都から少し離れた所だが、急に穢れが溢れて魔獣が現れたそうだ』
と、レナルドさんが言っていたのが1ヶ月半ぐらい前。
『竜王国もまた、綻びが現れた』
と、アルマンさんが言っていたのが1ヶ月前だった。
それからは、レナルドさんは魔道士として魔獣狩りに行く事が増えた。アルマンさんとカイルスさんも、竜騎士として国内の警邏に駆り出されているそうだ。
お母さんは特例的なチートな聖女だけど、普通の聖女もこの世界には存在している。その聖女達が、穢れを浄化しているけど、浄化するスピードと同じスピードで穢れも溢れているそうで、“イタチごっこ”状態なんだそうだ。
そんな大変な時に、まさかの風邪。元気だったとしても、私にできる事は何も無いけど、レナルドさん達に心配をかける事はなかったのに。
それよりも、少し心配なのがお母さんだ。お母さんが聖女として救った国が、また穢れで平穏が崩れるようとしている。きっと、また『救いたい』と思っている筈だ。私の為に魔力を封印している状態なだけで、魔力はあるしパワーアップまでしているそうだから、尚更、何もできない自分にもどかしさを感じているかもしれない。
ーせめて私が竜化できて、ベレニスさんやイーデンさんに立ち向かえられたら良いのにー
暫くしてお粥を持って来てくれたお母さんは、いつも通り優しい顔のままで、私が薬を飲んで眠りに就く迄側に居てくれた。
*由茉視点*
薬を飲んで、ようやく眠りに就いた茉白の寝顔は、まだ少し息苦しそうだ。
茉白が風邪をひくのはいつぶりか?幼児の頃はごくごく普通に風邪をひいたりしていた。それが、10歳を超えると滅多に風邪をひく事がなくなった。免疫が強いのか?とも思ったりしたけど、竜人だからだった。フィレを赦す事は無いけど、茉白をこの世界に召喚した事だけは褒めても良い。あのまま日本で人間として生きていたら、茉白の体がどうなっていたか───。体内に蓄積された竜力が溢れて暴走して、若いうちに死んでしまっていたかもしれない。茉白が居なくなる──なんて事は耐えられない。私の宝物で、私の存在意義で、私の愛するたった1人の娘。茉白の為なら、イーデンすら切り捨てられると思うのだから、私は酷い女なのかもしれない。
ー“良い女”である前に“良い母親”でありたいー
だから、私は一切迷わずに、この世界とイーデンを捨てて日本に帰ったのだ。後悔なんて微塵も無かった。
『この穢れの溢れ具合は、少し異常だと思う。国王陛下が直ぐに動いて調査を始めたみたいで、レナルドにも手伝って欲しいと依頼があった』
国王の判断は正しい。娘の教育は失敗したけど、その他が優秀なのは健在で良かった。
兎に角、あの時の私の浄化は完璧だった。100年は穢れが溢れ出す事は無いと言う自信もあった。それが、たったの二十数年で溢れ出すのはおかしい。勿論、魔素が存在する限り、多少の穢れが出るのは仕方の無い事だ。ただ、溢れ出すスピードが早過ぎる。自然に発生するものでは無い。それも、竜王国の綻びも同時にとは。
だから、ベネットも“作為的なものがある”と判断したんだろう。本当は、ベネットもレナルドさんも、私に協力を頼みたいのだろうけど、事情を考慮してくれているんだろう。喩え、協力を願われたとしても、今の私は応える事はできないけど。この世界が嫌いな訳じゃない。寧ろ、第二の故郷として親しみを持っている。ただ、今は茉白が何よりも一番だと言う事だ。私が聖女の力を発揮すれば、必ずイーデンとベレニス様が動く。私はともかく、茉白を危険に晒す事はしたくない。国より娘を選ぶ私は、聖女の資格すら無いのかもしれない。それでも──
「茉白、早く元気になってね」
私の一番は、茉白だ。




