18 イーデン=ウィンストン
「被害者の1人が渡り人だったとはな……」
「どうやら、言葉が全く通じなかったようで、数日前迄分からなかったそうです」
竜王国に着くと、カイルスとアルマンには報告は明日にして、今日は休むようにと言ってから、私1人だけで陛下に謁見する事にした。
「それで?その渡り人に関して何かあったのだろう?だから、お前だけで来たのだろう?」
流石は陛下だ。
「その渡り人が……黒色の髪と瞳なんです。それに、キースがその渡り人に対して、何らかの執着心があるようです」
「なるほど……かの聖女と同じ色と言う事か……それで、イーデン、お前は何か感じる事はあったのか?」
「正直、分かりません」
彼女と同じ色をしたあの子を見た瞬間、我を忘れて手を掴んでいた。あれは夢だったのでは?とさえ思う程儚い存在だったのに、この手で捕らえる事ができたと──
「番が居ても、かの聖女がお前の中に居ると言うのは、かの聖女が渡り人だからか、それとも───」
竜人にとっての番は、絶対的な存在だ。何よりも愛しい存在で大切にしなければいけない存在だ。自分の手の中に閉じ込めて───
ベレニス
私の番だと思った。ベレニスの側に居ると幸せだった。このまま、2人で幸せになるのだと思っていた。
番に出会えて浮かれていたのか、あの頃の記憶があやふやな所があるのも確かだ。そんな時に、聖女が居なくなったのだ。かの聖女は、この竜王国を護ってくれた恩人だ。寂しさはあったが、あの頃はベレニスしか見えていなかった。それから、ベレニスと結婚して、子供も生まれて幸せだった。
それが、いつからだったか──
『イーデン様』
ふと、彼女が私を呼ぶ声が頭に響くようになった。
あの優しい笑顔と声。最初は懐かしいなと言うぐらいだったのが、段々と………愛しくさえ思うようになっていた。
『どうなさったの?イーデン』
と、私を心配そうな目で見上げて来るのは、番であるベレニスだった。
『何でも無いよ』
と、笑って答えるだけで精一杯だった。竜人が、番を間違える事は無い。ベレニスと会って“竜心”が顕れたのもその証だ。
「兎に角、キースがその渡り人の側に居る間、色々と調べてみるのも良いかもしれないな。ただ単純に、かの聖女と同郷なだけで赤の他人の可能性が高いだろうけどね」
おそらくそうだろう。同じ色をしていると言うだけで、カイルスに気を許していたそうだから、彼女の居た世界には黒色の髪と瞳をした者が普通に存在するのだろう。
「それじゃあ、他の報告は明日で良いから、イーデンも久し振りに家に帰ると良いよ。奥方に宜しくね」
「はい。ありがとうございます。それでは失礼致します」
私は陛下に挨拶をして、そのまま家へと帰った。
******
「イーデン、おかえりなさい!」
「お父様、おかえりなさい」
「ベレニス、リシャール、ただいま」
私を出迎えてくれたのは、番である妻のベレニスと息子のリシャールだ。私の宝物だ。
『イーデン様、おめでとうございます』
番と出逢えた奇跡を喜んでくれた、彼女の声を思い出す。自分の事の様に喜んでくれた。その時の笑顔が、最後に見た彼女の笑顔だった。
ーそれからどうなった?ー
毎日城で顔を合わせていたのが、見掛けるだけで言葉を交わす事がなくなった。そうするうちに、見掛けることさえなくなった。
『聖女様は、今日も外回りに行ってますよ』
『今日は***とお出掛けになりました』
居なくなる前は、よく街に出掛けるようになり、そのままある日忽然と姿を消してしまったのだ。
陛下の指示のもと、極秘で竜騎士で捜索をしたが見付からず、痕跡一つも得られなかった事から、元の世界に戻ったのだろうと判断されたのだ。
ーその時に感じた痛みは何だったのかー
あの時、もっと考えれば、また違った何かが見えたのかもしれないが、今となっては分からない。
「イーデン、余程疲れているのね?大丈夫?」
「あ…あぁ、大丈夫だよ」
心配するベレニスを安心させるように微笑んでから、頬に軽くキスをすると、ベレニスもホッとした笑顔を浮かべた。その笑顔を見れば心を満たされた筈なのに、何かが足りないと心が訴えている事には───
気付かないフリをした
******
「オールステニアの王女と、あの魔道士の婚約が決まったそうだ」
翌日、そう陛下から告げられたのは、報告を兼ねた謁見の時だった。ある程度は予想していた事だが、婚約迄が早かった事に少し驚く。
「それはまた、早い展開ですね」
「もともと、王女がその魔道士に好意があったそうだ」
「なるほど」
それなら納得だ。今回の浄化にその魔道士を同行させたのも、その為だろう。手柄を立てれば、その報奨を兼ねて婚約を結ぶ事ができるから。その魔道士も、国王から報奨として言われたなら、断る事もできない。
それでも、めでたいと言うべきか、それとも憐れだと言うべきか?
答えなど、私には分かるすべは無い。




