12 日本ではない何処か
目が覚めると、エメルさんが居た。丁度、食事を持って来てくれたところだったようで、私はそのままベッドの上で食事をする事になった。温かい野菜のスープと真っ白でフワフワのパンだ。捕まっていた間、まともな食事をしていなかったから、少しの量でもお腹いっぱいになる。それでも、お腹も心も温かくなる。久し振りにぐっすり眠れたせいか、昨日よりも体が軽く感じる。それもこれも、リオナさんやエメルさんが助けてくれたから。お礼が言いたいけど、言葉が分からない。
お腹がいっぱいになり、ご馳走様でしたとお礼を込めて、エメルさんと視線を合わせてから、手を合わせて頭を軽く下げると、エメルさんは不思議そうな顔をした後、ニコッと笑ってくれた。
食事をして少しゆっくり過ごした後、エメルさんが本や巻き物の様な物を持って来た。いくつかある巻き物の1つを広げると、そこには地図のような物が描かれていた。
“何処から来たのか?”と訊かれているんだろう。
「…………」
私が知っている地図は、日本が真ん中にあって、左側が欧州で右側にアメリカ大陸があって、北極南極があって……でも、私の目の前にあるそれには────
知っている国どころか、知っている形すらしていない
ー私は一体、何処に居るの?ー
言葉どころか、自分が何処に居るのか、何処から来たのかさえ分からなくなって来た。
「わた…し……帰れない?」
「❋❋❋❋❋❋❋❋」
体が震えて涙が溢れ出すと、エメルさんがギュッと抱きしめてくれた。
エメルさんにしがみついて泣いていると、ライオンのリオナさんがやって来たと思えば『❋❋❋❋!?』と何かを叫んだ後──
「❋❋❋❋❋!?」
「────え?」
目の前に、薄茶色の髪に金色の瞳をした美人が現れた。ではなく、ライオンだったリオナさんが美人に変化した。
「え??ファンタジーが……過ぎる……」
「「マシロ!?」」
と言って、私の意識は途切れた。
******
『茉白は、魔法が使えたら何がしたい?』
『うーん……あの有名なピンクの扉を作るかなぁ?』
『それは便利そうね!』
ーそう言えば、お母さんはラノベが好きで、色んな話をしてたなぁー
その中に、魔法や王子様やヒーロー、ヒロイン。獣人の話もあった。2人とも動物が好きなのに、何故か懐かれる事がなかったから、獣人なら仲良くなれるかな?なんて笑いながら話した事もあった。それが、まさかの獣人を目の当たりにするとは思わなかった。
もう、諦めるしかないのかもしれない。
もう、ここは日本どころか地球ではない。
痛みも苦しみも味わったから、夢でもない。
これからどうするかを、考えなきゃいけない。
それから目を覚ますと、部屋が薄暗くなっていた。
その薄暗さにヒュッと息を呑む。
ーまさか……助かった事が夢だった!?ー
捕らえられてからの記憶が蘇る。まともな食事すらなくて、時折理不尽に殴られたりもした。それが、まだ続いていたのだとしたら?
怖くなって、ギュッと自分を抱きしめる。
「マシロ?」
「っ!?」
名前を呼ばれて顔を上げると、そこにはリオナさんがランプを持って立っていた。
私の様子を見て気付いたのか、持っていたランプを私に手渡してから、部屋の明かりをつけてくれた。
どうやら、気を失っている間に夜になっていたようで、丁度、夕食の時間が近付いて来たから私の様子を見に来たところだったようだ。言葉が通じないから、身振り手振りでの説明で、とても苦労も時間も掛かるのに、リオナさん達は優しく根気強く対応してくれた。
ーこれが現実なら、言葉を覚えないとー
と思いながら、私は夕食を食べた。
次の日──
昨日の夕食後、「言葉を学びたい」と必死で伝えると、今日の昼食後にリオナさんが何冊かの本を持って来てくれた。そのうちの1冊を広げてみると、アルファベットのような文字がズラリと並んでいた。25文字で、形も何となくアルファベットに似ている。
その文字を、1つずつ指差しをしながら発音してくれるのはリタさん。この人も鳥の獣人さんで、ここで私が居る間、私のお世話をしてくれるそうだ。
今回、私のように保護された人は16人。1人は早々に親元へ帰ったそうだけど、他の15人は暫くの間、この邸で療養を兼ねて過ごす事になったそうだ。帰る所がない私にとっては有り難い事だ。
ーここに居る間に、少しでも言葉を覚えないとー
正直、先の事は不安しかない。生きていけるかさえも分からないけど、今はやれる事をやるしかない。後は、その時に考えれば良い。きっと、リオナさんやエメルさんなら、相談に乗ってくれるだろうから。だから、まだ大丈夫だ。
リタさんの教え方は、とても分かりやすかった。
文字の発音も、アルファベットと似たようなものだった。
リタさんは、絵本の本を指差してから単語を書き、その単語を発音してくれる。
“お風呂”─この世界にもお風呂はあるようだ。そう言えば、私、最後にお風呂に入ったのはいつだった!?と気付いた瞬間、サァーッと血の気が引いた。




