婚約者の裏の顔はマザコンでした。そして婚約破棄されました。
私は今崖の上から海を見ている。
風が私の背中を押して海に今にも投げ出されそうだ。
私は婚約者に振られて自暴自棄になっていた。
後一歩踏み出せば、崖から真っ逆さまに落ちて私の人生に終わりを告げるだろう。
私は遂に一歩足を踏み出……。
私は今泉商事で経理を担当している香川梓24歳。
入社してまだ二年の新米だけど、仕事にも大分慣れて来ていた。
そして同じ経理部の係長の会田卓が私の婚約者だ。
でも会社の中では秘密にしている。
だって、会田係長はとてもイケメンで仕事は出来るし面倒見も良いし独身とくれば、独身女性なら皆狙うのは当たり前だからだ。
もし、会田係長と付き合ってることがばれたらどうなるか、考えただけでも恐ろしい。
私が会田係長と付き合うようになったのは、会田係長が私に仕事を教えてくれて、悩みとか相談に乗ってくれたのが切っ掛けだった。
何度か食事に誘われて告白された時は、
天にも昇る気持ちだった。
そして付き合い始めて3ヶ月でプロポーズされたのだ。
流石に結婚したら私は仕事を辞めて専業主婦になるつもりだ。
そして、明日は遂に会田係長の母親に挨拶に行く事になっていた。
会田係長の父親は病気で既に他界しており、
今は母親と二人暮らしをしていると聞いていた。
結婚したら同居となるようなので、どんな人か今からドキドキしていた。
その日の夜会田係長から電話が掛かって来た。
「もしもし梓、明日は大丈夫?」
「卓さん、勿論大丈夫よ、でも今からドキドキ」
「大丈夫だよ、母も梓に会うの楽しみにしているから」
「それなら良かった、明日は10時に駅前でいいのよね?」
「あぁ、まってるよ、じゃ明日ねおやすみ」
「おやすみなさい」ガチャ
私は電話を切り明日に備えて布団に入った。
翌朝は目覚ましよりも早く目が覚めた。
朝から緊張していて朝御飯は喉を通らなかったが、早目に支度をして待ち合わせ場所に向かった。
駅前に着くとまだ待ち合わせには早いのに彼が来ていた。
「卓さん早いのね」と言いながら私は駆け寄った。
「おはよー、今来た所だよ」と彼は優しく微笑んだ。
そして二人肩を並べて歩きだし、彼の家へと向かった。
彼の家は二階建てのお洒落な感じの家だった。
彼は玄関のドアを開けて「入って」と優しく促してくれた。
「お邪魔します」と言いながら私は靴を脱ぎ部屋に上がった。ちゃんと靴を揃える事も忘れなかった。
すると奥から母親らしき女性が現れたのだ。
私は緊張しながら「初めまして、香川梓と申します」とお辞儀をした。すると母親は私を上から下まで一瞥して「どうぞ」と言い奥へと引っ込んだ。
彼は「ごめんね、ママが素っ気なくて」と申し訳無さそうに言った。
私はちょっと彼の言葉に引っ掛かったが何も言わずに彼に着いて行った。
リビングに通されソファに腰を掛けると母親がお茶も出さずに私の前に座った。
そして、彼は母親の隣にピッタリと寄り添うように座ったのだ。
そして母親は開口一番に「卓ちゃん、何でこんな貧相な女を選んだの?卓ちゃんの婚約者には相応しくないわ」と言うのだ。
私は驚いて目を見開き彼を見ると彼は信じられない事を言ったのだ。
「ママーごめんね、ママが気に入らないのなら僕婚約するの辞めるよ」
「卓ちゃん、そうね申し訳ないけどあなたでは卓ちゃんの婚約者としては失格ね」
「じゃ、梓悪いけどママが気に入らないと言うから別れよう」
私は頭の中が真っ白になった。
更に有り得ない事に母親に彼は抱き付いて
「ママー今日はごめんね」と言ったのだ。
私は頭に来てバッグを掴み取りリビングを出ようとしたが、ふと思いとどまりスマホをバッグから取り出した。そして彼が母親に抱き付いている写真を撮し彼の家を後にした。
まさか彼がマザコンだったなんて信じられなかった。
梓が家を出て行った後、母親と息子の卓はニヤニヤしていた。
「本当に上手く行ったね、母さんサンキュー」
「全く卓は困った子だね」
「ちょっと可愛い新人に手を出したら、本気になっちゃって参ったよ、でも母さんだって若い子の方がいじめがいが合っていいだろう?」
「そうね、嫁をいじめるのが私の生き甲斐だからね」
「でもさぁ、俺会社では独身で通してるけど二回も離婚してるんだよな、二回とも母さんが嫁いびりして追い出したからなぁ」
「まぁまぁ、親孝行だと思って今度も宜しくね」
私は家に帰り泣きじゃくった。
まさか彼がマザコンだったなんて。
でも、泣きはらしたらスッキリして今度は彼に復讐する事を考えたのだ。
勿論彼が会社に居られなくなるようにする為に。
そして私は彼が母親に抱き付いている写真をパソコンに移し、会社の各部署にメールを送信した。
勿論写真を添付して。
そして、週明け何食わぬ顔で会社に出社すると、会社は大騒ぎになっていた。
仕事は出来てイケメンで面倒見の良い係長が、
母親らしき女性に抱き付いている写真が出回ったのだから。メールの題名は「勿論会田係長の素顔はマザコン」だった。
会田係長は何も知らずに出社して来て、
直ぐに逃げ出したのは言うまでもない。
私はスッキリしてその後会社を退職した。
そして、今私は崖の上から海を眺めている。
えっ、失恋のショックで身投げする?
とんでもない、あんなマザコン男のせいで身投げなんかする訳がないでしょ。
ただ悲劇のヒロインを演じたかっただけ。
そして遠くから私を呼ぶ声が聞こえて来た。
「梓そろそろ行くぞ」
「はーい、ダーリン」私は新たな人生を歩み始めていた。