第43話 瞬間判断
クリスの負傷は致命的なものではない。
腕の痛みは血が流れるものの筋肉は動く。脇腹への打撃も痛いが骨は折れていない。
衝撃を殺すように受けたのもあるが、触手自体が固くないため、速度による攻撃だったからだ。鞭のようなもので、服で覆われてない手や顔に当たった方が痛いだろう。
メロの動きはクリスより遅くパワーも低い。大鎌の貫通力は厄介だが鎌の柄を押さえればさほど脅威じゃない。
ラントの攻撃は油断すれば致命傷になりかねない。さらにその方法が死角から急所を狙う形で、常に警戒する必要がある。しかし逆に言えば正面からの戦闘が得意ではないという意味にもなる。
リノアは機動力が高く、さらに2丁拳銃と厄介ではあるが、特別なことはなく、射撃速度は優秀だが精密ではない。
個々のスペックは決して高くはない。絶対に勝機は導き出せる。
クリスはそう考えると一番近いラントへと走り出す。
ラントはそれを見てナイフをクリスに向かって投げるがクリスは即座にそれを避け、ラントとの距離を詰める。
ナイフを投げた....いや、僕が銃弾を避けれるのはわかってるはず....なのになぜ.....攻撃のために投げたのか....? いや違うはずだ。
ラントはクリスから距離を取るように跳ぶが、その瞬間に[触手]による援護が飛び、クリスは[不変剣]でそれを弾く。
だがそれとほぼ同時、僅かに耳に入った風切り音の違和感がクリスを後ろへと向かせた。
ナイフが戻ってきた.....ッ!?
それは先ほどラントが攻撃のために投げたナイフであった。クリスが目を凝らしたその時、見えたのは細い糸のようなもので、ナイフに括り付けられており、ラントの上腕に続き、結ばれていることに気づく。
クリスは[触手]を弾いたまま、もう片方の手でナイフを掴んで攻撃を回避するがその瞬間、ラントの蹴りがクリスの首に命中する。
「ぐ.....ッ!!」
*****
ナイフも[触手]もあくまでブラフ。殺傷力....つまり死への恐怖が強いものに人間の集中は向きやすい。だからあえて優先順位の低い攻撃を命中させた。
そしたら今度は格闘を警戒して今度はナイフなどの致命傷になるものへの警戒心が低くなる。もちろんそれでも警戒するならば肉弾戦で消耗を強制する。これならばいくら一級者といえど———ッ!?
ラントが思考をしていたその時であった。突然身体が引っ張られ、自身のかかる重力が反転した。いや、正確にはラントの身体がひっくり返ったのだ。
それくらいは僕でも予測できる。こちらに消耗戦を強いるつもりなんだろうけどそうはいかない。
クリスは掴んだナイフをそのまま握り思い切り引き上げた。ナイフに括り付けられて千切れない。ということはおそらくワイヤー。そしてラントの腕に結ばれているのであれば、そのまま力任せに引き上げることでラントを一瞬だが無力化できる。
もちろんワイヤー一本で人間を引き上げるなどと、こんな芸当はできないだろう。クリスの規格外の力だからこそできる戦法に他ならない。
リノアは銃を上階から構えるが撃てずにいた。射撃精度が決して高くないため味方に当たらない保証がない。そしてメロもまた動けずにいた。正確には動くことはできるのだが、ラントを助けるには絶対に間に合わない。ラントが倒されたあとでようやく近づけるような距離のため、行けばクリスとの正面戦闘が待っている。そこで負ければリノア達の勝ち目はほぼ0になるだろう。
クリスはワイヤーに引かれて近づいてくるラントの首に手刀を叩き込む。ラントはその一撃で気絶するのだが、それと同時にクリスの腕に突き刺さるような痛みが走る。
「あ.....ぅ........ッ」
「ぐ........ッ!!」
それは針であった。ラントが気絶する間際にしてクリスに突き刺したのだろう。
クリスは人質にするために気絶したラントの首にナイフを当てつつ、自身に刺さった針を抜くとその場に投げ捨てる。
毒はない。咄嗟の行動で流石に毒を塗るような時間がなかったのか、そもそも毒を持っていなかったのかは分からない。だがどちらにせよ痛みだけで済んだと捉えるべきだろう。
「今すぐ投降して欲しいんだ.....さもないとこの子を殺す」
クリスはそう宣言するがリノアは何事もないかのように銃を構え言う。
「命なんて常にかけてる。お前さえ殺せればどれだけ犠牲が出ても関係ないんだが」
リノアの表情は狂気的で人の目ではない見開いた瞳孔。だがそれを見てもクリスは冷静に言葉を紡ぐ。
「それは嘘だよ」
「は??」
クリスの言葉にリノアは困惑して声を上げるがクリスは続ける。
「本当に犠牲がいくらでも出ていいのだったら最初の襲撃でまずメスマーと僕を撃てば多分殺せた筈だよ。だってそうすれば犠牲は出るけど脅威である階級者2人を殺せるから。だけど銃弾を撃てる班員を先に撃ち殺した。それはできるだけ犠牲をなくそうとしたから。そうとしか考えられないよ」
クリスの言葉にリノアは口を噤むが、その瞬間、[触手]が飛び出しクリスに襲いかかる。
銃と違い[触手]はあくまで打撃。威力はあるし骨が折れる可能性はあるが死ぬレベルではない。理想はクリスがラントを離して無傷で脱出させることだけどそれは考えない。ラントにぶつかるとしても一瞬怯ませる。そうすればメロが助ける時間を作れる。
ネクはそう考えて[触手]を放ったが、クリスは脅しに使っていた[不変剣]、そして身に纏っていた黒装束をメロに向かって投げる。
「な....!?」
メロは咄嗟に[不変剣]の投擲を避けるのだが、すでにその間にクリスはメロの目の前に迫っていた。
投擲に気を取られたメロはラントがクリスから離れたことに一瞬だが反応が遅れ、すぐに救助に向かうことができなかった。
ネクはメロに近づくクリスに対して[触手]を放ち、リノアもまた、クリスに銃を向けるが黒装束がリノアの視界を邪魔していた。
この状況で射撃すればネクの[触手]に当たる可能性がある。
[触手]が負傷してさらに使いにくくなるリスクとメロが倒されるリスクをどっちが危険かと一瞬ではリノアは判断できず引き金を引くことができなかった。
メロは大鎌を縦に振るうがクリスはそれを難なく避けると首に手刀をぶつけ、メロも力なくその場に倒れ伏した。
クリスはそんな中でもさらに思考を続けていた。
狙撃手を含めず、この4人のうちおそらく3人...いやもしかしたら全員3級レベルなんだろう。大人数で行動してる痕跡はなかったからおそらく他に部隊はない筈......
彼らの目的は階級者を殺すこと....だからここまで.....僕を追い詰めて———
クリスはさまざまな思考を巡らせていたその時、背筋を冷たいナイフで撫でられるような悪寒が走った。それはある一つの可能性であった。




