第2話 世界の常識
青年の名はクリスというらしい、どこから来たのか。誰かといたのか。いくつかの質問をするが彼は答えない、というよりは答えることができなかった。
「記憶がない....ですか....」
クリスは自分の名前以外の記憶が殆どないそうだ。誰といたのか、どこにいたのかも覚えてないと、そう言った。
とりあえず助けてもらったこともあり、今帰路に着くために自動車に乗っている。
自動車の数は三台で、工場内には旅団の生き残りが10人ほど残っていた。この遠征で6人を失ったのだ。
軍用車両が二台、軽トラックが一台で、ディア達は軍用車両の方に乗車していた。
「ゼータって一体なんだい、僕....初めて見たんだけ ど...」
クリスはディアに聞くと窓からドローンを指さして説明し始める。
「ゼータは自称監視者です。10年前に突然現れたらしいんですけど....」
[私の名前はゼータ、この世界を監視するものです]
「そう書かれた紙をばら撒いたのです。ちなみにそのことを書かれた紙もあるはずです」
ディアは車内の後方へ身体を乗り出すと箱を漁り、紙をクリスに渡す。
ドローンへの攻撃を禁じる。
ゼータの所有するドローンへの攻撃を一切禁じる。不慮の事故以外での攻撃を行うことは敵対行動と見做し、即座に迎撃に向かう。
「まあ他にも幾つかありますけど、コレだけ知ってればどうにかなりますかね」
「ちなみに違反とかってあったのかい?」
「私たちの国とは関係ないところらしいですが、直ぐだったそうです。即座にドローンを一台撃ち落として....」
「それで迎撃されたの?」
「....その場でドローンに付いた機関銃による射殺されたそうです。場所もわからず一方的に攻撃されるのもあってそこからドローンを狙う人は誰もいませんね」
「そうなんだね、知らないことばかりだ」
「まあでも自分がカプティブってことは流石にわかってるんだろ?」
ロイはクリスに言うがクリスはハテナを浮かべる。クリスが困惑しているとロイは言う。
「それも忘れたのか? カプティブだよ、英雄の子孫!」
ロイは若干呆れなはらもクリスの方を指さし説明をし続ける。
「その銀髪に紫の瞳孔、あの特徴的な痣はカプティブ特有だし....ていうかそれも覚えてないのか?」
クリスは思い出そうと必死に頭を捻るが、やはり思い出せないと、首を横に振る。
「そろそろ着くぞ」
グランツ団長の言葉を聞き、クリスが窓の外を見たとき映ったのは———
———今までに見た礫質土の上に並ぶ建物群とは違う。生い茂る植物の草原であった。
「植物があるんだね、もうどこにもないのかと思った....」
「それも知らないって、割と記憶障害が深刻ですね....えっとですね、あれはオアシスです。植物が育つ環境の土地のことなんですけど、人は基本的にオアシス近くに国を作る、って言ったらわかりますかね?」
「うん、なんとなくはわかったかな」
オアシスにはとうもろこし畑が広がっていた。近くに来てわかるがとても巨大な畑で、そこ自体に村や町が作れるほどの広さだ。
そして畑に入るその直前で車両が止まると、地面にある鉄製の巨大な蓋のような扉が砂を押し退けて開く。
「よし、入るぞ」
グランツの車両を先頭に次々と後続車が入っていく。中は炭坑のような、比較的整備された坂道でそれを降っていく。そしてしばらく進むと、車庫のような場所に着くのであった。
グランツは車を停めて降りると石肌の剥き出しになった壁に取り付けられた有線電話を手に取るとそれに向かって喋り出す。
「只今帰還した、後でまた報告に向かう」
そうしてグランツは有線電話を元の場所へ返すと、後続車が停車していくのを待ち、全てが終わったところで全員を整列させる。
「これで任務完了だ。怪我してる奴は直行で医療班へ。まだ動ける奴は荷降ろしを手伝え。それから──武器は忘れずに返却しろ!」
「「「「「了解しました!!」」」」」
「それとディアとロイ、クリスの三人はついて来るんだ」
そうしてグランツ団長についていき、そこでみた。国の名はデルタという。