夢買い
どこまで書けるかわからないですが、創作ですよ。
社会人になってからの話。
普段結構夢を見る方だと自分では思っている。だから、その日も普通に夢だと思っていた。
──アハハハハハ
女の子の声だ。恐らくは小学校低学年くらいの。それを認識した瞬間からそれは意識のある夢に変貌した。
夢なんて形のない曖昧な想像の産物なんて言う人もいるかもしれないが、夢は並行世界の出来事や、過去、未来の出来事であって、更に言えばオカルトな方面の夢もある。間違いなくこれはその類の夢であると言える。
場所はどこかの病院のエレベーターの中。誰も乗っていないし、ボタンもどこも押されていない。けれどエレベーターは階下へと向かっていると乗っている感覚で分かった。
「なんだよ、これ」
誰ともなく呟いた声への返答は目的の階へと到着したベルの音だけ。しばらくしてもドアは開かず、まったく動かない。動かないが、どうしたものかと思っているとドアは開くことなく上昇し始めた。一体何が起きたのかはわからないが、エレベーターは上昇をやめずいつまでも昇っている。エレベーター内の表示は何もうつすこともないし、階層表示が点灯しているわけでもない。五分なのか十分なのか上昇したところで唐突にエレベーター止まり、ドアが開いた。目の前は真っ暗ではあるが、ナースセンターと思わしき場所だけが明るかった。思わず一歩を踏み出し、エレベーターを降りる。ナースセンターへと向かうがそこは無人で、先程まで誰かがいたのだろうか。マグカップからは湯気が上っている。
「こっち。そっちじゃないよ」
不意に隣から声が聞こえてきて心臓が鷲掴みされたかのように痛んだ。
「こっち」
赤い着物を着た女の子が俺の手を引いて歩き出す。不思議と恐怖感はないが、違和感を感じる。その違和感がなんなのかわからないまま、気がついたら階段を降りている。一階、また一階。一つずつフロアを降りていく。自分がどのフロアにいたのか、今はどこのフロアなのかわからないが確実に降りている。そうして辿り着いたのはエレベーターの前。
「乗って」
腰を押されて乗ってしまった。その瞬間響く狂ったような笑い声。聞くに耐えない狂った笑い声。脳裏に浮かぶのは赤い着物の少女が耳まで裂けた真っ赤な口を大きく開けて、身体を仰け反らせ、真顔で笑っている映像。
感情は恐怖一色に染まった。どうすることもできないと思ったらエレベーターが止まり、ドアが開いた。
真っ暗な廊下。直感で霊安室だと理解した時には一歩踏み出そうとして、気がついた。
少女が立っている。中学生か高校生か。微妙な幼さの中にも凛とした雰囲気で、見るものを魅了する程に可愛らしい。そんな少女は先程の狂った笑い声あげる少女と同じ着物を着ている。真っ赤な着物を。
とん、と胸を押された。そのまま少女は一緒にエレベーターへと乗り込んでくると、俺の前へと立ち告げた。
「これは私の。あなたなんかにあげません」
その言葉を聞いた瞬間理解した。
笑っていたのは俺だ。
その証拠に笑い声は止まり、エレベーター内に静寂が降りる。
「もう一度言います。これは私のです。あなたなんかにあげません」
先程とは打って変わって激情を乗せた声を俺へと叩きつける目の前の彼女は、不意に笑った。
「まだ、こっちに来ないでくださいね? でないと怒られてしまいますよ?」
ふわりと花の香りがしたと思ったら目が覚めた。
──あーあ、そっちに行ったら死んだのに。
そんな声が耳元から聞こえた。
「ってのが今朝の夢なんだよ」
「物騒な話しないでくださいっ」
大学時代の後輩で、今は大学四年生の真咲陽奈は顔を青くしながらそう非難した。今日は課題でわからない所があるから教えて欲しいと俺の家へと来ていた。そんな彼女に休憩がてらに今朝の話をしてみた。彼女はこの手の話は苦手だと知って。
「先輩ワザとですよね? 私がその手の類の話が苦手だと知って話してますよね?」
「まぁな」
「きーらーいーでーすー!」
そんな事を言う彼女を見ながら、彼女が作ってきたクッキーを摘む。そして、はたと気がついたら。
「先輩?」
「あー、いや⋯⋯。これじゃ夢買いだな」
「ゆめかい?」
「そう。嫌な夢を見たら誰かに話す。話されたやつから、何かを貰ったら売買成立。晴れて夢は売られていくんだ」
「え⋯⋯じゃあ⋯⋯」
「今晩見るかもな」
散々騒ぎ立てる彼女の言葉に負けて自宅へと泊めたのがその日。日付が変わってしばらくして彼女の悲鳴で目が覚めた。
「絶対に⋯⋯許さないです」
涙目になりながら言った彼女は、その後俺の布団へと潜り込み二度寝を決めた。
翌朝普通に大学へと向かった彼女はこの夢の話を誰かにしたのだろうか。
もし、こんな夢を見たら誰かに話してみるのがいいだろう。そして、夢を買ってもらう事をお勧めする。それしか夢から逃げる方法はないのだから。