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明清交代  作者: 牧山鳥
序章、袁崇煥
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一、袁崇煥

挿絵(By みてみん)


 中華南端嶺南(れいなん)地方、永楽帝時代には明に隷属した大越(ベトナム)との境に、(チワン)族と呼ばれる中国最大の少数民族が住んでいる。漢族に比較的馴染んだ壮族は江南の開発が進むにつれて農業を好んだ一方で、嶺南は澹澹(たんたん)たる大河川に恵まれており、水に船を浮かべて生活し定住地を持たない蛋民(たんみん)と呼ばれる人々も住んでいた。


 農耕民族というのは農業以外に従属するものを迫害する性質である。蛋民(たんみん)は言語文化宗教に至るまで異なり迫害され、陸に住むのを許されず河川に隔離された。()()()()も特定職能集団を穢多非人と呼んで隔離差別していたし、近年の移民排斥運動も鑑みるに、残念ながらこのような差別は人類普遍的なものである。しかも壮族は漢族に蔑視される少数民族であり、その迫害は一層力が入っていたかもしれない。


 袁崇煥(えんすうかん)の実家である袁家は、信仰する神の違いから、その蛋民(たんみん)出身だったとされる。(チワン)族と漢族の間で材木商を営み財を成した彼らが、定住を始めたのは以上の経緯があると推測する。しかし、壮族でも蛋民でも、ましてや漢族でもない彼らが、都北京から遠く離れた田舎で陰湿に叩かれる姿は現代でも容易に想像がつき、だからこそ、能力と金さえあれば出自を深く問わなかった明朝の官僚主義に、一層の忠誠を誓う事ができたのかも知れない。


 袁崇煥(えんすうかん)、字は元素、若き日から胆略慷慨と称された彼は、兵役を退いた士卒を見かける度に教えを乞い、軍事について教えを受けた。袁崇煥の幼少期は、明史空前の外征的危機たる万暦三征、即ち哱拝(ボハイ)の乱、豊臣の朝鮮出兵、楊応龍(ようおうりゅう)の乱の時期と重なる。特に播州宣慰使(ばんしゅうせんいし)楊応龍は奢侈に耽る万暦治世下の宮殿造営のため、木材の一切を取り仕切って財を成して専権を奮い、これは袁家の家業とも絡んだ。楊応龍は少数民族平定と治安維持を標榜して財を集め兵を蓄え、一方で(ミャオ)族と結託厚遇し、度々の死罪も収賄で懐柔した。十年に及んだ播州の反乱は、思春期の袁崇煥に少なくない影響を与え、軍事に興味を持たせるに至ったと推察される。


 さて、名声を求めた袁家は蛋民(たんみん)出身だったため賄賂を積んで戸籍ロンダリングを行い出自を偽り、一族で最も賢かったであろう元素を勉学に励ませた。当の本人は試験のため都北京に赴くたび物見遊山に出かけ、現地の友人とは専ら軍事について論を交え、旅行好きの軍事オタクとなってしまった。また推測にはなるが、嶺南から北京へ海路で向かった場合は交易を求めるポルトガル船団とその威容を見たであろう。何事も無ければ地方一官吏として生涯を終えたかも知れないが、万暦四十六年、女真の完全統一を目論む努爾哈赤(ヌルハチ)が後金建国し七大恨を発して明に反旗を翻し、冊封たる海西女真葉赫(イェヘ)を攻撃し、俄かに都は動乱に包まれた。


 万暦四十七年、四十七万と号された明軍を朝鮮出兵の経験もある楊鎬に託して後金朝鮮連合軍を結成し薩爾滸(サルフ)で激突した。しかし、兵数は万暦帝に忖度した数字であり、しかも将軍同士いがみ合い連携を全く取らずに各個撃破されたため、明軍はなす術なく壊滅し葉赫(イェヘ)は併合され、努爾哈赤(ヌルハチ)悲願の女真統一を許してしまった。以上の経緯を知ってか知らずか、袁崇煥は同年科挙に受かり進士に登第し、まずは福建省の一知事に任ぜられたのである。



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