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箱庭の魔法使い-Snail and the Angel-  作者: 横谷昌資
箱庭の魔法使い-Swans Reflecting Elephants-
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第一話 そこにいてはならぬ-She knew that He was still a Child-・1

「いらっしゃいませ」

 お好きなお席へどうぞ、と続けるウェイターに従い、秀明はシャンゼリゼ店内のいつもの席を確認し、そこに座る。

 日曜日。さっきまでいつものようにイル・フラウト・マジコで、今日はアカシアの花相手に独り言をして、そして今こうしてシャンゼリゼにやってきている。今日は龍介がこの近隣のホームセンターで本棚の材料を買うための待ち合わせである。龍介は本格的に本棚を作ったことはないが、元々DIYに興味があったそうで、本棚がもう一つあったらいいのにと思っていた秀明に俺作ってみたいですと自ら名乗り出たのだ。龍介の昔話を聞きながら彼の心をまさぐってみると子どもの頃はプラモデル作りが好きだったようで、生来不器用な自分にとって心強い相棒ができたことを秀明は幸運だと思っている。ちなみに龍介は今辰彦のアパートに出かけている最中である。どんな本棚が出来上がるのか、秀明は今から楽しみだ。

 そして今、秀明は誰にも怪しまれることがないように、カバンから本を一冊取り出しそれを読み始める。すぐにウェイターがやってきて秀明はいつものようにコーヒーを注文した。あとは店内の客の誰かに意識の触手を伸ばせばそれでいい。店に入った瞬間、秀明は強烈な精神力をキャッチした。どうやら店内にいる客のようだった。意識のパターンから女性であること、それも中学生の少女であることはすぐにわかったが、秀明は一応店中にアンテナを伸ばす。すると、店の奥で、オレンジ色のラナンキュラスの鉢植えを眺めながら、その隣の席のカップルの話を盗み聞きしていたらしい少女を発見した。この子だ、と秀明はあっさり確信し、そのまま心を読み続ける。

(この二人)(別れ話)(浮気)(大変)(私に何かできることが)(あったとしても何もできない)(あまり気分のいいものじゃないけど)(でも好奇心はくすぐられる)(男と女の修羅場なんて)

 何気ないことを考えながらではあったがその精神力はとてつもなく驚異的なパワーに満ちていた。こんな強いエネルギーを常時放っている存在に秀明はそうそう出会ったことがない。だが、だからこそ今まで出会ったことのある数名の人間たちと同じ存在であることはすぐにわかる。

 これは超能力者の意識だ。

 無論少女は店内に自分以外の超能力者がやってきていることなど夢にも思わず、さっきイル・フラウト・マジコで買ってきたのであろうラナンキュラスを眺める振りをしながら隣のテーブルの二人の話を盗み聞きすることに専念していた。それほどまでに彼女の関心を引くことだろうか、と秀明は訝しがる。女の子は恋愛トークが好き、なものなのかもしれないが、それにしてもここまでの興味を持つのはなぜだろう。どうやら少女の心を弄ると、自分の能力をうまく使えばこの二人の仲を取り持つことができるだろうにとぼんやり思っているらしいことがわかった。秀明は思う。それは今回の件で初めて思うことではないのだろう。彼女が一体どのような種類の超能力を持っているかはまだわからないが、超現実的な力でもって目の前の問題の解決を図ることを夢想することは、自分も幼少期からずっとしていることだからだ。しかしだからと言ってこの少女も、少なくとも直接的に誰かを救済できたことはないのだろう、と秀明は想像する。超能力者として迂闊なことができないのは秀明も少女も他の誰もが共通している。そもそも、おそらく超能力者というものは誰もが、物心ついた頃から本能的に自分自身が超能力者であることを周囲の人間たちに秘密にするという行動を取るのだ。そうでなければ“魔女狩り”に遭うことが生まれながらにわかっているのだろう。超現実的存在が“普通人”の社会で生きていくことは、まず第一に自分が超現実的存在であることを隠すことから始まるのだから。

 とにかく秀明は少女に興味が湧いた。一体彼女はどんな能力を持っているのだろう。そして自分たちは同胞としてわかり合えるだろうかという期待が生まれた。もっとも、これまで出会った数名の超能力者たちと同じように、彼女とも今回だけの一方的な関わりになるであろうことはなんとなく想像がついたので、秀明はもうすでに残念な気持ちになっていた。同じ超能力者同士で語らい合うということに秀明は強烈な興味がある。もちろん秀明には幼少の頃から話を聞いてくれている冴がいるが、しかし、超能力者同士でなければわかり合えないことというのがあるような気がする。同じ超現実的世界観を共有してみたいと思っている。冴は仲間ではあるが同胞ではないのだ。

 しかし。秀明は精神感応能力者テレパスである。人の心を読むという力を持っている。それを知られた時点で同じ超能力者同士とはいえ瞬時に拒絶反応が出るであろうことの予測もつく。なんと言っても他人のプライバシーを侵す力、そして尊厳を踏み躙る力なのだ。仮にこの少女と超能力者同士であったとしても、彼女はすぐに秀明の目の前から消え失せるだろうし、だからこそ秀明はこれまで超能力者を発見してもそのまま素通りしていったのだ。まあ、仕方がない、と秀明は思う。あるいはいつか来たるかもしれない邂逅の日をのんびり夢見ていよう、となんとなくそう思うのだった。

 いずれにせよこの少女とはこの日限りの出会いになりそうだった。心をまさぐってみるとどうも彼女はここから三駅以上離れたエリアからオレンジ色のラナンキュラスを探し求めた結果この地に降り立ったようなのだ。ただでさえ無関係な状態である上に元々物理的距離に阻まれている。おそらく自分かこの少女か、どちらかが先にシャンゼリゼを出ていけばそれで終わりだ。少女からすれば秀明を認識もしないだろうし、秀明も多分この少女の名前を知ることはないのだろうと思うし、とにかく店を出るまでにこの少女の超能力の種類がどんなもので、隣のカップルをどうやって救済するつもりでいるのかを読み取ってみたいと思う。秀明は読書をしながらいつの間にか到着したコーヒーに口をつける。少女はラナンキュラスの鉢植えを眺めながら、チラチラと、気づかれないことをできるだけ努力しながら隣の席のカップルの話を盗み聞きし続ける。

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