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進む、振り返る、導く

 船に乗り、リシュ島から部下を従え逃亡するアリスは焦っていた。


(なんなのかしらあの人たち! 特に子犬を連れた男!)


 ルーシェとロキを追おうしたした時に阻んできた中年男性。隣にいる子犬の声に聞き覚えはあったがそんなのはどうでもよかった。


(魔法なしで私と戦えていたわ。咄嗟の判断力。暗い室内だというのに完璧な身のこなし。……あの男は傭兵なのかしら!? それに、私が撤退しようとした時の言葉。『お前さんは背中を任せられる相手はいないんだな』って……私のこと何も知らない癖に!)


「アリス様、これからどうされます?」

部下の声で我に返る。

「最初の拠点に戻りましょう。あそこはまだ気づかれていませんから」


(私は絶対に悪竜を復活させる。私たちの全てを壊して創り上げられたこの世界、大精霊の箱庭を壊すの!)


 神秘の時代。人々は魔法という概念がなかった当時、石や杖などの道具を介して魔力を操っていた。

神秘の術について師事を受けていたアリスは、偉大なる師の教えを継承しエトワール1の術師になるために仲間たちと修行の日々を送っていた。


「五大精霊の誕生と共に神秘の術の秘匿が決まりました。関係ある書物は全て処分。口伝も禁じます……この世界の存続のために」


 とても"大精霊"には見えなかった。が、その者の言葉に従い祝福を受けた人々は魔法を使いこなし、神秘の術などなかったかのように生活をし始めた。

突然現れた五大精霊。人間は心酔し、敬い始める。


「大精霊様は世界のことを考えたうえで決断されたのだ。受け入れるしかない」

「世界のためという言葉が本当かも分からないのに師匠は受け入れるつもりなんですか……そんな、師匠と私が……私が人生をつぎ込んだ全てが勝手に過去の時代と扱われるどころか後世では無かったものにされるなんて! そんなの!」


 許さない。


 その一心でアリスは世間から隠れて神秘の術の研鑽を続けた。魔獣の血液などで薬を作り、己の老いを止めた。

魔獣フェンリルの権能を盗み見た後は人形を人間のように動かす術を得た。


 何年、何十年経ったか分からなかった。

後にエルフィン王国と呼ばれる魔獣蠢く未開の土地にこっそり立ち入った際、彼女は希望を目にした。


 悪竜。魔獣でさえ逃げ出す破壊の権化。精霊も直接の対峙を避ける狂暴な存在。

果敢な人間が立ち向かっていたがその姿は彼女の眼中になかった。


「あの悪竜ならこの世界を壊せる」


 だが、その希望も砕かれた。大精霊に祝福された人間によって。


「この世界は全て大精霊の筋書き通りだっていうのね……いや、まだよ」

「そう、まだだね。キミはここで諦めるべきじゃない」

「え?」


 自分以外にも悪竜と人間の戦いを見届けていた者がいた。アリスの拠点に突然現れたその男はある取引をもちかける。


「ワタシの手伝いをしてくれたら悪竜について教えてあげよう」

「……何をしろというのです?」

「精霊を生み出すんだ」


 この男から逃げなければ。そう考えたが、相手は恐らく精霊だ。勝ち目はない。


「逃げるより対話の方が良い気がしますね。詳しく聞きましょう」

「あの時悪竜を倒した槍"グングニル"と、とある精霊の魔力を物質化したものをワタシは所持している。その2つを使い、精霊を生み出す方法を考えてほしい」


 協力関係が終わるとき、ようやく精霊は悪竜について1つだけ教えてくれた。

『精霊と同じように魔力から誕生する悪竜は消滅しても1度だけ復活させられる』


「あれだけ私の時間を奪いながら1つしか教えてくれないなんて……しかも行方が分からなくなっていますし。まぁ復活させられることを知れただけでも良いでしょう」


その日から彼女の術の研究方針は変わった。


大精霊を殺す方法ではなく、悪竜復活に。


ある時は美しい侯爵夫人。ある時は旅人に。ある時は研究者に。様々な顔を使い分けた。

アヴニール商会を夜顔に作り替え人々を思うがままに操れるようになった。

フェンリル復活を果たした。エルフィン王国で魔女に倒されたがそこは重要ではなかった。


(フェンリルを復活させられたのは大きな成果よ。だけど、魔獣の死体を集めて封印が解けたフェンリルとは違って、既に消滅した悪竜の復活のためには膨大な魔力が必要になる。だけど私は自然の魔力を道具を介して使うだけ……そうだ。フェンリルを倒した2代目魔女って大精霊の配下にいるのよね)


 魔女を贄にすればいい。そうすれば……


(魔女がのこのこ罠にかかったと思ったのに! 面倒なことになったわね。ただ、私はあの大精霊が創り上げたこの世界を壊して……)


「……私は何を目指して戦っているのでしょう」


 振り返れば、自分の修行を見守ってくれていた師はおらず、隣にも同胞はいない。自分の周囲を囲むのは虚言まみれの甘い誘惑に囚われた偽りの信者のみ。


(あの魔女たちのように心の底から信頼できる相手なんていないの。背中を任せる相手なんて必要ないわ。なのに傭兵の言葉が引っ掛かる……) 


「へっくしょぉぉい!」

「おい! 儂になんかかかったでないか!」

「いやぁすまんすまん。リシュ島ってこんなに寒かったか? それにしてもイカヅチはどんどん山を登っていってるなぁ。さすが精霊」


 時はルーシェたちがミナヅキに移動した後。イカヅチ、モールス、フェンリルはリシュ島へ戻り、例の岩があった地点を目指して歩いていた。


「ハッ! 自分を弱そうに言ってるが、そろそろテメェの化けの皮も剥がれてきてるぜオッサン」

「歳上の癖にオッサン言うなよ~ やっぱり精霊さんにはお見通し?」

「あぁ……何があったら伝説の傭兵が教師になるんだか」


「その傭兵もフリ公の前では無力な人間だったがな」

話を聞いていないのか興味がないのか「疲れた。抱えろ」とフリ公はモールスの足元でぴょこぴょこ跳ねる。


「それで? ここが岩のあった場所か」


 岩の破片に観察していたが、何かに気づいた様子のイカヅチが怒りに身を任せるように破片を更に小さく砕く。


「……チッ。リンドウは」

「お前さんの言葉通りにラナとユッカの面倒を見ているな」


「帰るぞ」


 まだ着いたばかりだというのに踵を返す。聞いても「後で話す」と言われそうだったためモールスは無言で従うことにした。


「あら? どうされましたの? ユッカくんは隣の部屋で眠っていますが」

「リンドウは」

「見回りをすると言っていたから庭にい……ちょ! そんなに慌ててどうしたんですの!?」


 答えることはなくイカヅチは窓から庭まで飛び降りた。かなりの高さだがモールスも「ちょっと待ってくれよ~」と軽やかに飛んで行く。


「おいリンドウ。テメェほんとに異常はないんだな!」

「え、ど、どうされました。私は至っていつも通りですけど」


 服をめくり腹部を晒す。鍛えられた肉体に黒い紋様が刻まれていた。


「え、さっきまで何も無かったのですけど」

「オレが見えるようにした。追跡の術がかけられていやがる。船でオレやフェンリルが気づけないように遅効性にしたうえで隠蔽の術もかけてるな。もっと早く気づくべきだった」


 アリスが保険で岩に施した術。岩を割ったものに自動的に紋様が表れ、居どころを突き止めるのを容易にできる。


「あとは支配の術もあるぞ。儂この術がブームだった時によく人間にかけてたことある。意識は残して体だけ操り仲間割れさせるやつ。儂が言うことじゃないがエグい」

「よし、私を気絶させてどこかに閉じ込めてください」

「早まるんじゃねぇ! こういう時に限ってクロノスがいねぇというかアイツいつもいねぇし……」


 クロノスがルーシェの両親の施した暗示。実際は権能ではなく神秘の術の応用である。神秘の時代を生きたのはイカヅチ、ロートスも当てはまるが、術に長けていたのはクロノスだった。


 小さく草が揺れる。後ろから小さな気配に気づいた3人と1匹が振り返ると眠っていたはずのユッカが立っていた。


「ユッカ!? なんでここに」

「ぼく、それ消せるよ。お母様に教わったことあるから」

「なっ」


 幼子とは思えないほどの速さでリンドウに近づき杖を当てる。一瞬で紋様は消えた。


「まさかアリスもこんな簡単に消されると思ってなかっただろうなぁ。儂も驚いたぞ。勇者に選ばれるだけある」

「すぅ…」

「寝ましたね……ありがとうユッカくん」


 ユッカを抱えながら屋敷の中に歩きだしたイカヅチは一言も発することはなかった。脳裏をよぎるのは初めて会ったときの記憶。


「この子は孤児院から引き取りました。将来の"勇者"なので育ててください」

「ハァ? なんでオレが」

「ではボクはこれで」


 目の前にポツンと感情のない顔の子どもが1人。

痩せ細っており、孤児院の環境も良くなかったことは一目瞭然だった。


「名前は」

「ユッカ。お母様がつけてくれた……お母様は不思議な力の使い方を教えてくれたけど、孤児院の人に気持ち悪いって言われて追い出されそうになったときに大精霊様が突然来てここに連れてきた」

「あ~、とりあえず飯食うか」


 徐々に打ち解けていき、現在に至るが、ユッカは母親との思い出を初対面の時を除いて一切語ることはなかった。ユッカの先祖は大精霊の命に背きひっそりと神秘の術を継承し続けたが、ユッカはそれを今の今まで誰にも見せなかった。大精霊も見て見ぬふりをしているらしい。


(躊躇いもなく力を使った。それだけアイツらに心を開いてるってワケか)


 宝剣を手にし、魔獣を倒した男は、呪われた血を浴びて強大な力を手に入れた。村人たちは英雄ではなく怪物として男を扱った。

雷の夜、村人に男は心臓を貫かれ、殺害された後、精霊に成った。


 人間は嫌いだ。異物を排除をしようとする。異物を悪と決めつける。

そんなやつらのために自分は戦い、怪物になってしまった。そんな自分も嫌悪する。わけが分からぬまま精霊になって目的もなく生き続けていた己を突然照らした光があった。


「怪物に育てられようとコイツはきっと英雄になる」


 幼子に自分のような人生を歩ませてはならない。


「……導けるだろうか。怪物のオレでも」



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