独り善がり
「作戦会議の時間だ」
「話が早くて助かるぜェ」
リシュ島から帰って来てから2日が経った。優雅な昼食後、私とロキが宿泊している屋敷に今回の作戦に参加している者たちで集まり、状況整理と今後の動き方を話すことにした。
「教会の会長に起きたことは話していますが、夜顔を刺激してしまうリスクと国民の混乱を避けるためにも内密に動くことになりましたわ」
「その方がいいだろう……だが、会議の前に1ついいか。ラナとリンドウにまだ話していなかったことがある」
「なんでしょう。このリンドウとロキさんたちはもはや戦友盟友。マブダチというものです。どうぞ包み隠さずにどんとこいです」
「夜顔が復活を望む悪竜とは俺のことなんだ……悪竜から精霊になって今の俺がある」
ラナさんだけでなく、「どんとこい」と言っていたリンドウさんまでもが固まってしまった。ユッカくんはイカヅチ様から聞いていたのか他人事のようにお菓子を食べている。
「分からないけど分かりました。ロキさんがマブダチなのは変わらないのですし悪い方だなんて思いません。世界のため、あなたのために私は夜顔を止めます」
すぐに切り替えたリンドウさんは頼もしい騎士の顔を見せてくれた。続く形で「わたくしもですわ! ロキ様やルーシェ様に悲しい思いはさせたくありませんもの!」と自信満々に宣言した。
「ありがとう。これで俺も心置きなく暴れられる」
「若いなぁ~いいなぁ~、おじさん感動で泣いちゃう」
「モールスが眩しさでやられそうだからこれからの話を始める。フェンリルが体を乗っ取った小娘……セツナといったか。アイツがいる研究所に誰かが行く必要がある。昔のオレが大精霊への嫌がらせで剣をミナヅキの地中に埋めた。ちょうどその土地を研究所が買っているから掘り起こして持って帰ってくれ」
なぜそこまでしてその剣を求めるのだろう?
「神秘の術で鍛刀されているからなァ。夜顔と戦う際に必要になるはずだ。オレは剣はからきしだが、リンドウなら使いこなせる」
イカヅチ様は宝剣と呼ばれる貴重な剣を地中深くに埋めたらしい。そしてそれは誰にも掘り起こされていないのだとか。
「聖女と騎士には引き続き教会で夜顔の調査。モールスとオレはもう一度リシュ島に行く。さすがに今回はユッカも聖女といてもらうぞ」
「わ、分かりました……気をつけてねイカヅチ」
「そして宝剣の回収はテメェらに行ってもらう。セツナと顔見知りのヤツがいいだろ」
それは利に適っているが、アヴニールとミナヅキはかなり距離がある。国3つ分の距離だ。
だけどロキは「あぁ」と納得している。何か移動方法があるのだろうか。
「ロートス! 出番だぜ!」
「はぁ。もう少し丁寧に呼んでよね。ルーシェやアヴニールのためになるならやるけど」とイカヅチ様の声に答えるように小型の魔獣が突然部屋に現れた。魔獣からはローくんの声がする。
「はいはい。ワープワープっと。久しぶりで座標指定のやり方覚えてないから、場所は適当でいいよね」
「なんかめちゃくちゃ不安な言葉聞こえるんですけど!? ローくん!?」
床から樹木が生えてきた。不思議だと考える暇もなくそれは優しく私たちを覆う。
「オイ! 今すぐやれって意味じゃねェよ!」
イカヅチ様は叫んでいるけど、「僕は今した方がいいと思う。ほら、あれがあるから」とローくんは止めるつもりはないらしい。
樹木が消えたとき、私たちは見慣れない門の前にいた。
「適当って言ったけど、友だちを海の上に落としたりなんかしないよ。ここがちょうどミナヅキの入口、じゃあ僕はこれで」と言い残して魔獣ではなくフクロウの姿のローくんが夜空へ飛んだ。
ん? 夜?
「ロートスのワープは便利だが、籠の中と外の時差がひどく、地味に時間がかかる。馬車での移動に比べるとかなり速いがな。ついでにいうと次にワープを使えるようになるのに1日はかかる」
「ってことはその間に宝剣を見つけないとね」
「ようこそ~! 楽しんでいってください!」
門番の人はすんなりと私たちを通してくれた。こんな夜に来たのに不審に思わないのだろうか。
ミナヅキの領地に入ってすぐ、所々に和風の提灯が飾られていることに気づいた。どこからか聴こえてくるのは太鼓の音。
江戸時代の町並みを想起させる建物に囲まれているが、何故か人が見当たらない。だけど離れたところから楽しそうな声が聞こえる。
太鼓の音を頼りに歩くと、浴衣に似た服を着た人々が楽しそうに街道を練り歩く姿が目に入った。
もう夜だというのに賑やかだ。でもこの感じはとても懐かしく感じる。
前世で地元の夏祭りに参加した時のことをなんとなく思い出した。やっぱり友人の顔は思い出せなくなってるけど……
「昔アウラに聞いた話だと年に1度ミナヅキでは祭りが開かれるらしい。朝から真夜中まで国民が都市の中心で美味い飯と音楽を堪能する……」
説明しながらロキの視線は出店に向いていた。焼き鳥に目を奪われている。
「今の俺たちがかなり危機的状況なのは理解している」
「うん」
「俺たちには宝剣を持ち帰る使命がある」
「そうね」
「だが俺は空腹に耐えられない……明日の夜まで帰れないなら、食事は必須だ」
向かうはミナヅキの研究所。もしかしたら研究熱心なセツナなら祭りに参加せずにいるかもしれない。
わたあめ、焼き鳥、焼きそば、りんご飴を持ち、観光客のフリをしながら人混みの中を進む。
あと少しで人混みから脱出……といったタイミングで私は人の波に逆らえずにロキとはぐれてしまった。
街道の端からロキを探すが、人が多すぎて見つからない。
「やっちゃったなぁ…」
「キミは相変わらず誰かとはぐれているね。そういう運命なのかな?」
優しい花の香りと穏やかな声音につられて顔をあげると……狐のお面をつけたクロノス様がいた。片手にはわたあめが。
「クロノ「人違いだよ。ワタシは仲間の視た未来に従いアヴニールから急いでミナヅキに来ただけの、通りすがりの優しいお兄さん。決して時の精霊ではないよ。だからキミに声をかけても誰にも咎められない」
人違いと言いながらも露骨に自分の状況を説明してくれた。とりあえず「お兄さん、私の友人を見ませんでしたか?」と質問したら「未来視によると彼は研究所に向かって助けを求めているらしいよ」と教えてくれた。
「そこまで案内しよう。はぐれると良くないから」
クロノ……お兄さんが差し出した手を取る。そしてやっと人混みから脱出できた。
「ここからは落ち着いて歩けるね」
「そろそろ手を……」
「え、嫌だった? ごめん」
「い、嫌とかでは」
お面をつけているのに濡れた子犬が頭に浮かんだ。
このお兄さん……
「これは一種の雑談。深く考えなくていい。何故不老不死を嫌がるの?」
「……」
祭りで人々がいない、閑散とした道を歩く。徐々に建物も無くなり、川と田んぼが広がる一本道になっていた。
蛍が道案内をするかのように川辺で光る。
そんな中でのこの質問だ。誰にも聞かれない2人だけの時間。
「死にたくないけど……もう置いていくのも置いていかれるのも嫌だから……」
「ワタシは仲間のようにキミに詳しい訳じゃないけど、きっと1度死を経験したのだろう。だからその怖さを、否、死自体よりも死によって起きる離別を恐れているんだね」
私が答えに詰まっていても、歩みは止まらない。迷っていても時は流れるし、人生は進み死に近づく。
「もし、ずっと未来永劫キミの傍にいてくれる誰かがいても不老不死を拒むのかい?」
「え?」
「例えば、あの悪竜くんとか。喪失を嘆く者がいたとしてもキミは別れを選ぶのかな。……そう深く考えないで。ただの長生きなお兄さんの独り言さ」
その後は沈黙が続いた。お兄さんは私からの答えを待っているわけでもなさそう。
そもそもあるとも思っていないのだろう。
「あ、研究所のある町が見えてきたね。ここからは1人でも大丈夫かな。……ごめんね」
「え?」
「今までのワタシは独り善がりだった。キミもそう思うだろう? きっと初めての友に浮かれ上がっていたんだ。キミたちが死ぬ可能性があるにも関わらず、前に出て魔獣と戦う姿を見てそう思った。ワタシが手を伸ばさなくても、キミたちは強い」
相変わらず狐の面で表情は見えないけど、寂しげな声音だった。
「キミが迷うのなら、私は祝福せずにキミの横で羽を休めよう。キミを未来に連れ行くのは彼の役目だからね」
強い風が吹いて思わず目を閉じる。開いた時にはクロノス様は消えていた。
「ありがとう……クロノス様」
あの言葉の意味は私が望まない限りは祝福はしないということなのだろうか。もしそうならロキとクロノス様の仲も良くなるかな。
「ってこれも独り善がりか」
灯りに向かい歩き続ける。今になって気づいたが、さっきまで私の手を引いてくれていた彼の手はこの蒸し暑さとは真逆で、とても冷たかった。
「ルーシェ! 悪い、俺の注意不足だった」
研究所にある塔から私を見つけてくれたと、ロキが私を迎えに来てくれた。
報告すべきだろうと思い、クロノス様が望まない祝福はしないということを伝える。
「そうか。お前が望まないなら……」
「ロキは私に死なないでほしい?」
「決まってるだろう」
即答だった。ロキは怒りや悲しさを抑えてどうにか笑おうとしているけど笑えていない。酷な質問をしている自覚はある。
「俺が祝福を阻止したかったのは守るべき決まりがあるとかだけではない。お前が望まない変化をしてほしくなかったんだ。魔女になったりと、既にたくさん変わっていってるかもしれないが……せめて、命の在り方が変わるのは止めたかった」
「ありがとう。私の平穏を願ってくれて。守ってくれて」
「俺が好きでやってるだけだ」
それ以上は何も言わずに、私の横を歩き始めた。
「行こう。事情を話したら興奮した研究員たちから神秘の時代について質問責めに合ったが、頼み自体は了承してくれた。それに研究所に泊めてもらえることにもなった。明日から探すのを手伝ってくれるらしい」
今まで何度も触れてきたロキの手は生きていることを感じられて安心できる温もりがあった。立ち止まった私にロキは「どうしたんだ」と不思議そうにしている。
「研究所に着くまで手を繋いでもいい?」
「あぁ」
月光と蛍の光でぼんやりと見える道を進む。祭りがあるからかこの町もまだ眠っていない。静かな道から再び人々の営みに私たちは溶け込んでいく。




