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夜顔のボス

 真夜中の麦畑を風のように駆ける。私たちが昼に収穫をしたエリアも通りすぎ、あの穏やかな時間を思い出したが、今は浸っている場合ではない。


 警戒はしていたものの、妨害されることなく山の麓に辿り着いた。

「口を開くな。舌を噛むぞ」と言われたため、私はずっと無言でロキに抱えられ移動していた。これでやっと疑問を声に出せる。


「アリスが神秘の時代の術を使い、魔法を使えないようにしたのは確定だ。夜顔との関係があるかもしれない」

「その可能性は高いけど……神秘の術で魔法を封じられているなら、ユッカくんやイカヅチ様たちを置いてきて大丈夫だったの? 先生もほぼ1人でアリスさんの相手をしないといけないし」

「お前の元へ行く直前、俺たちの部屋にも刺客が現れた。俺やモールスは魔法を封じられてはいたが、イカヅチは通常時よりは劣るものの魔法自体は使えた。だからあそこはあいつに任せるのが正解だと判断した。モールスは……あいつは魔法なしでも人間の中ではかなり強いぞ。フェンリルが気に入るわけだ」


 山の中の道は人間の手が加えられておらず、でこぼことして歩きづらい。時折ロキの手を借りながら登っていく。

魔法を封じられているとはいえど、強靭な肉体を持つロキは難なく進んでいた。


「アリスさんは私を『若い』と表現したわ。彼女は見た目以上の年齢なのかしら」

「俺も神秘の時代には詳しくない。人間の老いを止める術があるかはイカヅチに確認するしかない。とにかくモールスたちが時間を稼いでいる間に陣を壊さないと」

「陣ってあれかしら?」


 山の中腹辺りでいかにもな魔法陣を見つけた。

土に直接描かれた魔法陣の線は血のように赤く光っている。中心には赤い岩。直接触れるのは危険だと、素人の私でも分かる。


「これを魔法なしでどう壊せというのかしら」

「知る必要はありません」


 陣の中心にいる私たちを囲うように全身をローブで覆い隠す人たちが現れた。手には様々な武器を手に握っている。


「夜顔の人間か」

「魔女にいつもくっついている男……お前さえいなければもっと順調に魔女を捕らえられたが…」

「捕らえる? よく俺の前でそんなことが言えたな」


 私たちを囲っている人たちが震えて膝から崩れ落ちた。殺気に圧されているのだ。

隣にいる私も寒気がしてきた。


「魔法が使えない状態でこの人数か……いっそ」


 気のせいだろうか。ロキの首に少し鱗のようなものが……

私の視線に気づいたのだろうか。目が合った瞬間からいつもの冷静なロキに戻っていた。少しずつ鱗も消える。よかった。この暗い中だから夜顔の人たちは鱗に気づいていないみたい。


「ハハハ! 魔女も魔法がなければ所詮ただの小娘だな! お前が我らの、そしてボスの宿願のために贄となる運命からは避けられない!」

そう叫んだ人が何かに吹っ飛ばされて木に体をぶつける。


「それはどうかしら!!」

「魔法がダメなら物理。結局は物理がものをいうのです。お二方、助太刀に参りましたよ」


 暗闇に輝くのは真っ白な服に身を包んだラナさん。そして闇に紛れながら夜顔の人たちを背後から剣で吹き飛ばしたのはリンドウさんだ。

リンドウさんの強さはもちろん知っていたが、ラナさんも踊るような動きで敵を蹴り飛ばしていく。


「教会の聖女と騎士か!? おい、ここは退くぞ。ボスも撤退されるはずだ」


 夜顔の1人がそう言うと煙幕で姿を隠して逃げた。残ったのは私たちとローくんに壊すよう言われた岩のみ。


「お怪我は?」

「大丈夫です。また助けられちゃいましたね。それにしても、どうしてリシュ島に?」

「私とラナ様は事前に計画していた通り、皆様と別行動で教会の内側から夜顔について探りを入れていました……今日の夕方くらいのことです。魔獣が姿を現したかと思うと『リシュ島の山へ行け。ルーシェとその他が危ない』と命令して消えました」


 そう、リシュ島に行く私たちとは別でラナさん&リンドウさんは教会で調査をすることになっていた。ユッカくんにも残ってもらおうかという話にもなったが、「行きます!」とユッカくんは譲らずに結局2人だけが残ったのだ。


「魔獣の姿を使う、そしてルーシェ以外への扱いが雑だからロートスだろう」

「そういえばお昼に伝えようとしたけど妨害されたとも言っておりました」

「昼か……ん? ルーシェとフェンリルは昼にこそこそしていたな」


 ギクリ。いや島の人がいない時がなくて言えなかっただけであって決して隠していたわけではないのだけど……なんだか体が強ばってしまった。

そのことを説明すると「今思えば寝るとき以外は四六時中島の誰かが傍にいたな」とロキが言い出したことで、私たちがずっと見張られていた可能性に気づいた。


「この赤い岩はどうやって壊すの?」

「神秘の時代を生きたロートスが壊せと言うならば壊せるということだろうが、無闇に攻撃するのも危け…「え? 壊れましたよ?」


 リンドウさんの剣で叩き斬られたのであろう。赤い岩が粉々になっていた。衝撃すぎて声が出ないロキ、感情が追いついていないラナさん。

リンドウさんはこの空気の中でも「壊せば解決と聞いたので壊しました」と成し遂げた顔をしている。


「リンドウさん、体に違和感とかは……」

「特に何も。強いて言えばお肉が食べたい気分です」

「このバカリンドウ!! 未知のものに躊躇いなく触れるなんて危ないわよ!」

「すみませんラナ様……あなたに危害が及ばないように配慮はしてましたから……」

「そういうことではないのですわ!

もう!」


 このあと島の船着き場で無事に先生たちと合流したけど、リンドウさんはケロリとしていた。

やっぱりあれは魔力を封じる以外には何もなかったみたい?

「術を施された形跡はないな」とイカヅチ様に加え、フェンリルも断言したことでラナさんも安心したようだ。


 島にあった船は全て夜顔が逃亡に使ったり破壊されていたが、ラナさんとリンドウさんをリシュ島に送ってくれた船がほどなくして迎えに来てくれた。事前に夜明けに迎えに来るよう頼んでいたらしい。


 長い1日が終わった。夜顔の"ボス"とはアリスさんのことだろうか。石を壊して島を脱出することができたが、彼らの本当の拠点はどこなのか。悪竜の復活計画はどこまで進んでいるのか。分からないことだらけだ。


「刺客たちと島民たちは別人だったな」

「オレが刺客を追い払った後に家を確認したが、服を着せられた木の人形が大量に転がっていた。恐らく神秘の術で毎日人形たちに人の姿を与え、生活をさせて他所の者にバレねェようにしていたんだろう……ユッカが人形を見てなくてよかったぜ」


 小説では、計画がほとんど進んでいる状態から始まったため、何をすれば確実に彼らの動きを止められるか正直分からない。


「ルーシェ、眠くないか? 着くまでまだ時間はある」

「大丈夫よ。不思議と眠くないから」


 分からないことだらけだけど。今だけは皆が無事に帰れることを喜ぼう。

 周りを見渡してみる。ユッカくんは既にイカヅチ様の膝で眠っていた。再会したときは怖がることもなくいつも通りだった。「びっくりしたけど、イカヅチがいるから絶対大丈夫って思いました!」と言ってたな。流石、未来の勇者だ。

リンドウさんは船の人がくれたパンを優雅に食べながらもラナさんにお説教されている。


「あれ? フェンリルは?」

「あそこだ」


 ロキの言う方向を見ると


「フワフワで可愛いねぇ!」

「わ、わふ!」

「お名前はなんですか?」

「あ~コイツは……何にしたっけ……あ、フリルです」


 船の人たちに可愛がられていた。先生もしかしてだけど、フェンリルの仮名を色々とつけすぎて迷った?


「1度命懸けで戦った相手が他人にお腹を見せて撫でられているなんて。なんとも言えない気持ちになってきたわ」

「だがまぁ、あいつの撫で心地はいい。この先もずっとあの子犬のままならきっと……いや、まだ早計か」


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