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リシュ島へようこそ

 1面の麦畑。優しい太陽のぬくもり。爽やかなそよ風。遠くから聴こえる牛の鳴き声。穀物の良い匂い。


そして、1人の老人の声が響き渡る。


「いいねぇ! あんたらここに移住しないかい? 歓迎するよ!」

「あァ!? なんでオレらはここで麦を収穫してンだよ!!!」


 フェンリルの証言を元に、私たちは夜顔のアジトがあるとされるリシュ島へ来た。ちなみにだがラナさんとリンドウさんには夜顔のことを説明して別の場所で調査してもらっている。


 順調に船は進み、到着した直後、何故か「あんたら移住希望者かい?」と地元の人たちに囲まれた。


 気がつけば道具を手に握り……


今に至る。


「観光に来てくださったというのに色々と付き合わせてしまい申し訳ございませんでした。よかったらどうぞ」

「ありがとうございます。疲れた体に染みるわ~」


 リシュ島唯一の若者であるアリスさんが冷たいお茶を用意してくれた。麦わら帽子と美しい金髪が1面の麦畑に映えている。


「皆久しぶりのお客さんだから嬉しいみたいで……でも私も同年代の人と話すの久しぶりだから楽しいです」


 リシュ島は若者たちは都会的な国に移住してしまい、若い人はアリスさん1人らしい。

「どうも自然が少ない場所が肌に合わなくて……それに、ここの皆が私は好きですから」

と収穫した麦を運びながら話していた。


「あんたらいい人ばかりだし、住んでくれたら嬉しいなぁ」

「もう、おばあちゃん! 迷惑になるわ」


 私たちを収穫に参加させた張本人のおばあちゃんは、文句を言いつつ手際よく作業をこなしていたイカヅチ様を特に気に入っているようだ。


「イカヅチといったかね。あんたを見てるとうちの息子を思い出すよ。ユッカくんも可愛いねぇ」

「えへへ。おばあちゃんたち優しいです! ぼくここにもっといたい!」

「そーかよ。ってオイ! テメェらにその量は無理があンだろ! 貸せ! オレが運ぶから!」

イカヅチ様はパッとユッカくんとおばあちゃんから収穫物を取り上げて運び出した。


「確かにイカヅチは若いよな」

「何を言うんだモールス、この中ではあやつは最年長だぞ。神秘の時代を知る数少ない者だからな」

私たちが作業をしている間、先生はぎっくり腰を恐れ見学。フェンリルは昼寝をしていた。

「ルーシェの次に若手なのにな」とロキは言ったが、

「万年ピチピチのお前さんには分からんよ……年々油ものを食べるのが怖くなり、段々目が霞むおじさんの気持ちがよ……」と先生は遠い目をしていた。

歳を重ねると油ものがきつくなるのは正直分かる。


 作業を再開して30分が経った頃、フェンリルが人の輪から外れたことが気にかかり、さりげなく私もついていく。何故か川の水面をみつめていた。


「どうしたの? 水を飲むの?」

「まぁ見てみろ」


 突如、ローくんの姿が写る。


「ローくん!?」

「ルーシェ、そこの魔獣に何かされていない?」


「何を言う! 儂は小娘を1度助けたのだぞ!」とフェンリルは綿毛のようにフワフワと跳びながら怒りを表している。ローくんは笑いをこらえていた。


「どう見てもあの人間が手刀で解決させていた気がするけど」


「まぁちょうどいいからその件について話すよ。ロキは今まで自分を抑えられていたけど、最近それに綻びが出ているみたい。学園に通いだしてから色々あって蓄積されたものもあるんだろうね」

「先に言っておくけどルーシェに非はないよ。むしろ君がいたからここまで抑えられていた」


「悪竜に成るのは困るぞ! 儂より強くなるではないか!」

「おまえは黙ってて。リシュ島は自然豊かで僕も気に入って……るけど……最近厄介な……で……?」


途中からノイズが入ったようにローくんの声が途切れ、姿が消え、元の川に戻った。


「む、消えてしまったが恐らくこの手のことに不慣れだったのだろう」

「それにしてはローくんが焦っていたような」


 フェンリルは「気にしたところで儂らには何もできぬから放っておけ」と言い出した。それもどうかとは思うが、どうしようもないのも事実。また現れるのを待つしかないか。


「……フェンリルは本当に悪竜が自分より強いのが嫌という理由で復活を止めたいの?」

「言っておくが儂は弱くない。ただ、あれに勝てる者はいないから人間だけでなく儂らも困る。エルフィン王国初代国王が抑えたのは事実であるが、大精霊の祝福を受けたあやつでも辛勝だっただろうな。理由は異なるが、目的が同じなら歩幅を合わせてやるという話だ」


 ずっと私たちが戻らないからか、輪から外れてこちらへ来たロキが「お前ら、ずっと座り込んでどうした?」と心配そうにしていた。


「なに、小娘とは目的だけが一致していることを再確認したまでだ」

「そうね。あなたの情報は有益ではあるもの。戻りましょ」


 結局、調査は進展しないまま夜になってしまった。


「ルーシェ様、私のお部屋で一緒に眠りませんか?」

「え、えぇ」


 アリスさんの家は一般の家よりも大きく、部屋数も多い。私たちも泊めてもらうことになった。ロキは先生、フェンリルと同室のようだ。私は誘われるままアリスさんの部屋に泊まる。

他の部屋と同じで女性2人がなんとか寝られそうなベッドに机、椅子、収納だけがある部屋だ。シンプルでアリスさんの嗜好品などは置かれていない。


「ルーシェ様、隣で寝ながらお話しましょう。……ふふっ、ルーシェ様、可愛いですね。若くて生気に満ち溢れていて……羨ましい」

「あ、アリスさんだって私と変わらないでしょう?」


 私の隣で寝転ぶアリスさんは何も答えず微笑んでいた。

何故か背筋が冷える感覚がする。ここにいてはいけない。根拠はないがそう思った。


「ふふっ、おやすみなさいルーシェ様」


 アリスさんはそのまま目を閉じた。数分後、すぅすぅと寝息が聞こえてきた。本当に寝ているだろう。


鼓動が速くなる。この部屋が蜘蛛の糸なら、今の私は知らぬ間に糸に絡まってしまった蝶だろう。

そう思わざる得なかった……眠っているはずのアリスさんの腕が私の手を掴んで離さないのだから。


さりげなく逃れようとしても華奢な彼女からは想像がつかないほどの強い力で掴まれており、振りほどけない。


 本当に眠っているのだろうか。


「ダメですよ」


 知らぬ間にアリスさんは目を開いてこちらをじっと見つめていた。昼の彼女と同じ笑顔なのに不気味だ。


「誰にも邪魔させません……魔女には贄になってもらうのですから」


 私を掴んでいる腕とは反対である左腕には鋭利なナイフが握られており、私の首元に添えられている。


ペンダントは鞄に入れたままだが、逃げるだけなら問題はないはずだ。


「無駄ですよ。この島全体が私の陣なのですから」


 まさか、昼にローくんとの会話が途切れたのも……


「神秘の時代の術であれば魔法を封じることも不可能ではありませんもの」


 ナイフが徐々に私の皮膚を裂こうと近づいてくる。


「うちの生徒に何してんだ」

「ッ!」


 何か鋭いものが腕に当たったアリスさんは痛がるように床に転がる。拘束から逃れた私は急いで鞄を抱え、助けてくれた先生とフェンリルの横に並ぶ。


「な!? ここでは魔法は」

「確かにここでは精霊も魔法を使えないが、儂らは魔法なしで強いのだ」

「お前さんはなにもしてないがな」


「ルーシェ! 無事か!?」

遅れて入ってきたロキが私を抱きよせた。安心で力が抜けかけたが、まだ問題は解決していない。


アリスさんは体勢を立て直し、どこからか取り出した大量のナイフを構えている。


「逃がすとでも!?」

「樹の精霊が言いたかったことを教えてやる。『山に陣があるから壊せ』だ。この少女の姿をしたものは儂……の子分であるモールスがいい感じに遊ばせておく」


 ロキは私を横に抱えて走り出した。どこからか「子供を巻き込んでンじゃねェよクソどもが!」と叫ぶ声がする。イカヅチ様だろう。


 人口は少ないが、住民皆が優しく穏やかなリシュ島。少なくとも昼まではそうだった。

なのに今はどうしてこんなことになっているのだろう。




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