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あなたならいいのに

「フェンリル!?」

「ふん、小娘にしては上出来だ。そなたによって消滅しかけたが、儂は実力もあれば運も強いからな。王は再び君臨するというもの」


 うん、ムカつく。なんで私さっきお礼を言ったんだろう。結局、ロキを止めてくれたのは先生だったし。

見た目が可愛らしいポメラニアンではなく以前と同じ魔獣のままなら氷で刺したのに。


というか、何故エルフィン王立魔法学園の教師……そして私たちの担任であるモールス先生がここにいるのだろう。

彼はエルフィン王国編にたま~に出てきただけで、フェンリルやアヴニールには関係のない一般人のはずだ。


「訊きたいことは分かってる。まずは俺がフリ公といる理由からだ。あの日、お前さんらのおかげで自我を取り戻した後、とりあえず家に帰っていたんだが……子犬が空中から落っこちていくのを見てしまってな。間一髪でキャッチしたらコイツだったわけだ」

「でも何故フェンリルがこのような姿に…」


 この疑問にはフェンリルが答える。


「儂も記憶が曖昧だが、『少しだけ猶予をあげようね』とやたら友好的な態度の長髪の男に何かしらの加護を施された」

「それってクロノス様……」


 無駄に上手いモノマネだった。やっぱりクロノス様の真意が読めない。悪意がないのは分かるけど、マイペースにもほどがある。


「あ、学園長は気づいていないから内緒にしとけよ」


 今のフェンリルは人の過去を覗くだけならできるけど、人の身体を乗っ取ったり、精神世界の構築はできないらしい。無害なのは先生が確認済みだそうだ。


「先生はフェンリルをしかるべき場所に突き出さないのですか?」

「最初はそう考えたさ。だがよ、学園長に会うのが億劫なんだ。お前さん会ったことあるか? あのお堅~いタイプ苦手なんだよ。あと今のフリ公は可愛い」

「世界の命運を『上司に会うのが億劫』と『可愛いから』で棒に振らないでくださいね」


 確かに今は無害でも、いつ力を取り戻すか分からないのだ。そんな理由で匿われても困る。


「ロキはまだ気絶してるわね」

「そりゃあ愛の鞭を使ったからな。あと2時間は寝てるぞ」

「んん……」

「10分経たずに起きましたよ」


 先生はロキが冷静に戻っていることを確認し、「落ち着いたら呼べ」と暴れるフェンリルを抱えて出ていってしまった。

先生なりの気遣いだろう。私たちが学園に視察へ来たセン様に呼ばれた時も何も訊かないでいてくれた。なんだかんだいいつつ良い先生だ。


「俺、は」

「ロキ! 首は痛まない? いやアレはさすがに痛むわよね……」


 ゆっくりと立ち上がったロキは私を頭からつま先まで見る。そして「無事でよかった」とだけ言った。


「お腹空いてたんでしょ? 飴なら今持ってるわ」

「……怒らないのか」

「え?」

「あんなの怖かっただろ。もう……俺には近づきたくなくなるはずだ」


 ロキは私から後ずさり、少しずつ距離を取る。悲しそうな、泣きそうな、行き先を見失った子どものような顔をしていた。


「びっくりはしたけど別にそういうのはないかな」


 だから私は1歩1歩ロキに近づく。怒りも恐怖もない。これは本心だ。


「大丈夫と言ったのにも関わらず、俺は触れてきた悪感情によって生まれた衝動から抗えなかった。お前の傍にいる資格はもう…」

「私にはあなたから逃げる理由なんてないのよ。でもきっと、あなたはずっと後悔するだろうから食べられてはあげないけど!」

「な……」


「ほら」と私は手を差し出す。躊躇い、手を差し出す気配がない。

力なく下がっていたロキの片手を取る。珍しく彼が今回は私にされるがままだ。


「次こそは自力で完璧にあなたを止めてみせるわ。だから、これからもずっと一緒よ」

「お前それ意味分かって……いや、いい。償いはこれからしよう」


 隣室に入ると、先生は「落ち着いたか。ならいい」と何事もなかったかのようにいい、フェンリルは「この身体ではそなたにかすり傷もつけられないとはな」と自虐的に笑っていた。

部屋を出る前にフェンリルのことを説明していたため、「中々愛らしい姿だな」とロキは愉しそうにフェンリルを撫で回している。


「この……! 儂が力を取り戻した暁にはそなたらも「おっ、そういえばもうちょいアヴニールにいるんだろ? 先にいる者として先生を案内してくれよ。俺はお前らの先生だからな」

「そこまで立場を主張しなくても案内くらいしますよ」


「儂の話を聞け!」


 屋敷の近くにある、ワンちゃん同伴OKのカフェのテラス席に連れていく。

通りがかりの人に「可愛いワンちゃんですね! お名前は?」と訊かれた先生は

「フルーです」と答えていたり「フリルです」「プリンです」と答えていた。たぶんその時の気分だろう。本犬は「もう少し威厳があるべき」と不機嫌。


「おい、魔女。それ寄越せ」

「ダメよ。ワンちゃん用のおやつがあるでしょ?」

「儂は何でも食べられる」

「ルーシェのを食べていいのは俺だけだ」


 まさかあのフェンリルとカフェでケーキを食べる日が来るとは思わなかった……というかそもそも生きていないと思った。


「そうだ、そなたは代償に何を捧げた?」

「その『代償』って炎属性の魔法が使えなくなることよね?」

「それは代償以前の話だ。炎を氷に変質させたのだから、代償関係なくそなたは炎魔法を使えなくなる。儂の知る限り、変質の代償とは『記憶の消失』だ」


 忘れたことの自覚は難しい。とりあえず誤魔化そう。


「特に何もないけど」

「……そうか。別にそなたがどうなろうと興味ないからいい。それはそれとしてモールス、それ寄越せ」

「俺のも取ろうとしてんのか。やめろよ、教え子にあげたい気持ちを抑えてんだぞこっちは」

「普通逆だろ」


 3人(?)がワチャワチャしている間に代償について考える。1つ、心当たりがなくはないのだ。


 前世の、家族や友人の姿が思い出せない。

まるで墨で塗りつぶされたかのように、記憶の中の彼らは真っ黒になっている。

家族とは良好な関係ではなかったけど、あの子の顔も思い出せないのは辛い。

命があるだけマシなのだけど。


「そういえば、何故先生たちはアヴニールに来たのです?」

「さっき話そうとしていたのに忘れていたな。フリ公が『悪竜が復活するのが嫌なら儂をアヴニールに連れてけ!』とうるさくてな」

「え?」


 どういうこと? フェンリルには何か根拠があるということだろうか。


「お前らどうしたんだ? 随分慌てているようだが」

「バカなモールスに教えてやろう。教え子であるこやつこそが悪竜だ」


 先生にしては珍しく動揺している。ケーキに突き刺さるはずだったフォークが空振っていた。


「別に気遣って隠されるよりかはハッキリ言ってくれた方が俺としても助かる。だが、フェンリルがここまで断言しているのに驚いた」

「学園長からの話でお前さんが精霊ってことしか知らず、帝国の使者が学園に来た時も深く考えてなかったが……マジで今おじさんのアルコールまみれの肝が冷えちゃったよ……フリ公、そろそろ復活すると断言できる理由を教えてくれよ」


 フェンリルの"理由"は私たちを大いに驚かせるものだった。


「簡単な話、儂こそが悪竜復活を目論む"夜顔"によって目覚めさせられたからな」


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