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桜と君と

 森の中に私は立っていた。周囲を見渡しても誰も見当たらない。私をここに呼んだ犯人が目の前に立っているパターンかと思ったのだけど。

いや、初対面の時のロキもまぁまぁ焦らしていたか。


 視界が歪みだした直後の言動から推測するに、ロキはこの現象について何か心当たりがあるようだ。もしかしたら助けてもらえるかもしれない。


 助けを待つだけなのも落ち着かないので、まずは脱出する方法を探そうと森を歩き続けて5分が経過した。

右向くと木、左向くと木、正面は……よかった、どうやらゴールのようだ。道が拓けてきている。


 これで帰れるかしら。いやここはそもそもアヴニールの森なのかしら。

喜びと不安がごちゃ混ぜの状態で森を抜けた先の光景は、私の気持ちをドン底に突き落としてきた。


「が、崖……」


 落ち込みながら来た道を引き返そうとしたが、1人の男性が崖の先端に立っていることに気がついたので、そのまま進む。


 身長185cmはあるロキよりは小柄だけど私よりは身長が高い。恐らく160後半~170cmくらいでやや細身。白と黒のシンプルで森の番人のような服を着て、黒くて短めの髪を持つ男性はこちらに背を向け佇んでいた。


「やっと来た。座って。あ、僕のことはロ―くんって呼んで。君の自己紹介はいらない」と、私が来たことに気がついたローくんとやらは、ここまで一気に喋って地面に座り込んだので、私もその横に座る。

敵か味方か分からないけれど、興味はなく義務で話しかけられている気がする。彼から『ダル~い』と言いたげなマンネリオーラが感じられるのだ。つまり、害はないはず。


「ここに私を連れてきたのは…」

「待って」


 質問を遮ったローくんは瞳孔を開いてマジマジと私の手を見つめ始めた。さっきまでのマンネリオーラが嘘のよう。

「ルーシェ……君、炎に気に入られているね。1人に肩入れせず、人間という種族単位で愛するサラマンドラにしては珍しい。でも君、やっぱり炎がほとんど消えている。先代魔女とは違って魔力が冷たい……変質か。とうとう現れたんだ」


 物珍しそうに今度は私の髪を触る。パーソナルスペースが狭いな……


「何故そのようなことが分かるのですか?」

「敬語はいらない。……なんで? って、気づいていると思ったけど。僕は樹の精霊ロートス。なんでアヴニールの砂浜にいたはずの君が森にいるかについても教えてあげる。ここが僕の精神世界の中だから」


「あ、そうだったんだ」


 ノートさんが手を焼いているようだったのと、先ほどのロキの話を聞いていたからか、そこまで驚かなかった。

瞳孔が開いていたと思えば今はスンとした目でこちらを見ている。掴みどころがないというか、不思議な精霊だ。


「あの、さっきの会長の」

「最近教会のトップになって調子に乗っていたから少し気にはなっていたけど、魔女への嫌がらせの内容が僕への悪評に繋がりかねなかったからね。これで懲りてくれたらいい」


 ロキの言っていた通り、会長の嘘にローくんは怒ったらしい。だけど、何故私は精神世界に呼ばれたのだろう。訊こうとしたが先に口を開いたのはローくんだった。


「ねぇ、この景色どう?」

「とても綺麗ね。これはアヴニールの森?」

「うん。この景色は僕の趣味。フェンリルの真似をしてみた。元々は昨晩の内に君の夢の中で会いたかったけど……ロキが何度も君の夢に出入りしているせいで入口が厳重すぎて君の夢に入り込めなかったから、かなり頑張って自分の精神世界にアヴニールの森林を再現して君を招いたよ。初対面が暗闇でとかないでしょ」


 ここまではそこまで驚きもなく、すんなりとローくんの説明に納得できた。セツナも「フェンリルは自分の精神世界に人間を招いていました」と言っていたから。けど、1つ疑問が浮かぶ。


「こういうことができるのはフェンリルだけだと思っていたわ」

「本来は強力で知能のある魔獣の権能であって、普通の精霊にはできない。僕とフェンリルは似た者同士だから、こうやってあいつの技を真似したりもできる……そして魔獣のフリもね」


「似た者同士?」と聞き返すと「まだ時間は……いけるね」と呟いたローくんは説明を続けた。


「魔獣は魔力そのものが動物に近い形をとって実体化したものだ。それは理性を持たず人間を襲う。だけどごく稀に知能が高い魔獣が生まれる。フェンリルみたいにね。そして、僕は魔獣になるはずだった魔力が精霊になってしまったんだ」

「あ、ノートさんが『何でフェンリル戦の時に来なかったんだ』って……それはもしかして……」

「うん。寝てた」


「もしかしたら、1つ何かが違えばフェンリルが精霊で自分が魔獣になっていたかもしれないから……という葛藤があったわけではない」とローくんは主張している。本当に寝ていたらしい。


「幸いと言って良いのかは分からないけど、僕はフェンリルのようにはならずに精霊になった。その時の僕には悪竜と同じように意思はなかったから自然現象だね。奇跡ともいう。そんな僕の権能はフェンリルに近いんだ」

「なるほど。あ、もう1つ質問。どうして私に会おうとしてくれたの?」


「うーん」とローくんは考え込む。

「自分の行動の動機を訊かれて答えられないのって初めてかも」

そして地面に転がった。大の字になり、彼本人によって描かれた空を仰ぐ。


「新しい魔女がアヴニールに来たって植物が教えてくれたからかな。先代魔女は人間にしては面白いやつだった。だから、あいつの役目を継ぐ人間に会ってみたいって思った……ような。使命に見せかけての気まぐれだったような……」


 本人もよく分からないらしい。でも、それでも


「私はローくんと会えて嬉しいよ。驚いたりもしたけど、あなたと話していると落ち着く。ここは居心地がいいわ」

「……ふぅん。また話してくれる?」

「もちろん!」


 これは本心だった。それが伝わったのか、ローくんは少しだけ目を見開く。そして何かに納得したようだ。


「あぁ、そうか。僕は君のことが知りたかったんだ。迷い人を導く灯りに愛されながらも、誰も選ばなかった冷たき道を選んだ君を」


 ローくんは照れているのか、私とは反対方向に顔を向けた。


「怖く、ないの?」

「え?」

「僕は何故か魔獣ではなく精霊になっただけで、きっと本質はフェンリルと同じ。あいつは排除したい人間の弱点を知るために精神世界を作り出したんだと思う。僕はあいつとは違って精霊なのに、君を知るために同じ方法を選んだ。きっと僕は……」


「自分で自分が怖いの?」


 こちらに顔を向けないまま、樹の精霊は頷いた。


「あなたのことは怖くないわ。あなたはフェンリルとは違うもの。フェンリルは人間を滅ぼすために必要な作業として精神世界に人を招く行為を繰り返したけど、ローくんは私を知るためのコミュニケーションの手段として精神世界に招いてくれた。素敵な景色を用意した。怖がる理由がありません」


 ローくんはまた照れたのか、

「じゃあもう少しここにいたら」

と言いながら、私に背を向けたまま立ち上がった。


「こっち向いてくれないの?」

「……いやだね」


 ずっとポーカーフェイスだったローくんの照れ顔が見られるかもしれない。と思い回り込もうとしたけれど、それよりも速くローくんの手が私の視界を塞ぐ。


「出会ったばかりだけど君の考えは分かるよ。僕の顔がみたいんでしょ。だめ」

「えー!? ケチ!」


 手が退けられる頃には、ローくんは出会った時と同じようにスンとしたポーカーフェイスに戻っていた。


「ねぇ、最後に何か見たい景色はある? 僕の知る範囲なら再現できるけど」

「そうだなぁ……久しぶりに桜が見たいかも。でもこの世界にはないよね」

「桜? ミナヅキにあるよ」


 パチン!という音と共に景色が変わる。

そこは1面の桜並木になっていた。


「どう?」

「綺麗! ありがとう!」


「別に」とぶっきらぼうにいいながらもローくんは少し笑っていた。

桜の花びらがひらりと舞い、髪にくっつく。

ミナヅキに行けば桜は見られるようだけど、この景色は私たちだけのものだ。少し贅沢している気分になる。


「うわ、最悪。ロキがここをこじ開けようとしてる。怪力すぎるだろ。……君も面倒なのに好かれたね」

ローくんは気だるげにため息をついた。


「ロキを置いてけぼりにしちゃってた。きっと心配してるよね。……ん? ロキは精神世界に干渉できるの?」

「本来はできない。けど、現実の君は眠っているから、ここを僕の精神世界であると同時に君の夢の中だと定義したのかも。そして君の夢を経由して僕の精神世界を見つけ出したんだろうね」


「どちらにしろ時間切れ。ここに居すぎると体に悪影響を及ぼすから」

「ありがとう。また会いましょう」


 友好の証に握手を交わす。どこか名残惜しそうにローくんはゆっくりと手を離した。


「……気が向いたらね。最後に1つ忠告。ロキから目を離したらダメ。これは本当にただの直感。聞いた話だと、ここまで多くの人間と交流を持つのは彼にとっては初めてのはずだから念のため気をつけて」

「それはどういう」

「それじゃ」


 私の返事を待たずに、ローくんは精神世界を閉じる。閉め出された私は何かに力強く引っ張られるように目を覚ました。


「起きたか。ロートスに変なことされなかった?」


 海岸の岩に座るロキの膝の上で眠っていたようだ。ローくんの精神世界に入る前とは違い、夕日が沈みかけている。帰りの船の時間に間に合うかしら……ということやローくんの忠告も気になったりしているが、まずは先ほど起きた出来事を話す。


「ローくんはとても優しかったから大丈夫よ。ノートさんが悪戯好きって言っていたけど……」


 ロキは少し呆れながら「そこはノートに同意だ。お前のポケットから魔力を感じる。確認してみろ」と言ったのでポケットに手を突っ込む。

何かが手に当たった。薄くて小さい。これは……


「イカヅチほど人間を嫌ってはいないが、過剰に馴れ合わない奴にしては珍しい。ちょっとした加護を施されているし劣化もしないようになっている。持っているといい」


 失くさないように、そっとポケットに入れ直す。


 それは夢の中で見た桜の花だった。


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