精霊の怒り
《教会周辺の人たちへの聞き込みの結果》
・魔獣……? 見てないよ。
・この国は魔獣の嫌う要素が多いからそもそも出ないよね? まぁ気を付けてはおくけど
・分かんないねぇ…… まぁこれでも食いな!
坂を登って少し道を歩くと、街全体を見おろしながら休憩ができるベンチがある。そこで私たちは聞き込みの途中でもらったパンを食べていた。
綺麗な街並みを眺めながら食べるご飯は美味である。
「アヴニールって船が通るための水路が多いわね」
「屋敷周辺は国境近くで水路が少ない。だから馬車の通行も可能だが、この辺りは水路が多いから制限されているようだな。船か歩行者が多い。観光客も多いが、魔獣のリスクも低く、舟での移動を楽しめるから観光向きなのだろう。……お前のそれはクロワッサンか」
「あなたのはベーグルね。……そんな目で見てもあげないわよ」
聞き込みの結果は順調と言っていいのか微妙なところだ。会長が言っていた魔獣なんていないことへの確信は持てたけど、それをどうやって認めさせるかが解決していない。
パンを食べ終えた頃、「前世の世界でもこういう食べ物はあったのか?」と訊かれた。
「うん。あったよ。食べ物はこの世界とほとんど変わらないかも」
私の答えを聞いて満足したのか「そうか」と言ったきり会話は止まる。
30秒後にロキは口を開いた。
「……つまり、お前が料理をしてもこの世界にあるものとメニューはそう変わらない?」
「もしかして新たな美食との出会いを期待してたの? 残念ながら無理よ。そもそも私の料理スキルは人並みだけど、レパートリーが少ないもの」
「……っていうか! あなたはどうなのよ? いつも人のご飯をとったり人のお金でご飯を食べるけど、料理できるの?」
「俺は一人暮らしをした年数が3桁はあるぞ。できる。しないだけだ」
自信ありげの顔だ。本当かな。
「俺は料理もアクセサリー作りも得意だ」
「確かに、このペンダントには助けられたわ。見た目も可愛い。……あ、そういえば」
ふと思い出して鞄からセン様からもらったバッジを取り出す。ロキは驚いている。何故だろう。
「おい、そのバッジは……まさかお前……! センからもらったのか!?」
「うん。お花が彫られていて可愛いよね」
ロキは「やられた……!」と悔しそうにしている。何故だろう。
「それはグランディール帝国の要人しか持てない。つまり皇帝がお前の味方であることを示す物だ」
「え、これそんなに重要な物なの!? 『恩人のキミへのプレゼント』とは言われたけど…」
「そうだ。アヴニールは帝国の援助を受けながら発展した歴史があるから特に効力が発揮される。あいつ、菓子と同じノリで渡したな……!」
遊びに行く日につけようかな~とか思っていたのに、気軽に使えなくなってしまった。残念。
「つけておくのか?」
「いいのかな。これをつけると嫌がらせもされなくなるかもしれないけど……」
もしかしたら自分の実力を示さずにバッジを悪用しているように思われたら。という私の不安を察したのか。
ロキは初めて会った時と変わらず、吸い込まれそうなくらい美しい瞳で優しく私を見ている。
「お前は権力を我が物のように振りかざすわけではない。精霊がいたからではなく、自分の力で皇帝たちの信頼を得た。それを渡したのもお前が立場を鼻にかけて濫用しない人間だと確信があるからだろう」
バッジを見ると、プレン様とアテナ様が国民たちに祝福されていた時のこと、カルティエ様やミシェルたちと過ごした時間やセン様とセツナが談笑していたのを見かけて嬉しくなったことを思い出す。
これは私の立場ではなく思い出を示す物だと、きっと彼らも思っていたからこそ渡してくれたのだろう。
「えぇ。そうね。これは私への友好の証だもの。大切にするに決まっているわ」
「お守り代わりにはなるだろうしな」
結局、バッジはつけるのではなく鑑賞用にすることにした。後日になってセン様に「バッジをつけてるところ見せてよ~!」と駄々をこねられるのはまた別の話だ。
バッジの話は解決したが、肝心の会長のテスト問題が解決していない。
「よし、休憩終わり! 会長に嘘を認めさせる方法を考えよう!」
「あぁ……ん? 坂を登ってきているのはユッカじゃないか?」
私たちが登ってきた坂を走っているのは確かにユッカくんだ。どうしたのだろう。
「助けてくださーい! 会長が連れ去られました!」
ぜぇ、ぜぇとユッカくんは肩を上下させる。
「ユッカくん1人? イカヅチ様は?」
「目の前で一部始終を見ていたイカヅチは『いい薬になる。ほっとけ』って言って家に帰りました! ラナお姉さんたちはかなり離れたお屋敷にいるから……」
イカヅチ様が言っていることも気になるけど、まずは会長の安否確認が優先だ。
ユッカくんは教会の別部屋にいたらしいが、人々の悲鳴を聞きつけて駆けつけたらしい。何が起こったのか、会長と同室にいたイカヅチ様に聞いたら
「じーさんが魔獣の姿をした悪戯野郎に連れ去られた。まァ、あれは大丈夫だろ。いい薬になる。ほっとけほっとけ」と言われたとか。
「イカヅチの『大丈夫』も本当だとはおもいますが、ぼくは会長が心配なのです」
「どこに行ったかの見当はついているのか?」
「それが……北の海の方に向かったようです」
府に落ちたように「そういうことか」とロキは呟いた。
「確かに大丈夫だが大丈夫ではないな」
「どっちなの?」
「会長は殺されることはないだろう。……少なくとも魔獣にはな」
ユッカくんに案内してもらい、テール島の北側にやって来た。海は穏やかで、砂浜には誰もいない。
「魔獣は泳ぎが苦手のはずだ。そもそもアヴニールには現れないうえに、水のある場所には近寄ることはあまりない。だから魔獣に見せかけて人間が拐った可能性がある」
「だから『魔獣には殺されない』って言っていたのね」
周りをキョロキョロと見回していたユッカくんが「あ!」と岩壁を指差した。
その先には会長が倒れ込んでいる。駆け寄ってみると、呻き声をあげながら震えていた。
「怪我はないようだが……」
「何かに怯えているようね。大丈夫ですか?」
声をかけると、やっと私たちの存在に気づいたようで「はっ! ……ここは?」と少し落ち着きを取り戻したみたいだ。
「何があったのですか?」
「喋る魔獣が突然部屋に現れて……気がついたらここまで拐われていたのです」
落ち着いてはいたが、やはり怖かったのだろう。会長は私たちの手助けを得てやっと立ち上がれた。ユッカくんは「会長、大丈夫ですか?」と手を握っている。
「喋る魔獣……あぁ。イカヅチが言っていたことが分かった」
「あの生意気な小僧が何か言っていたのですか?」
イカヅチ様の正体を知らないとはいえ、小僧と呼んでいるのは少し引っかかる。今は触れないでおこう……
「お前、ロートスを怒らせたんだ」
「ロ、ロートス様!? 何故ロートス様が私に!?」
「ルーシェに『魔獣がいる』とでっちあげただろ。ロートスは自分の庭に関する嘘が嫌いだからな。それが魔獣ともなれば尚更だ」
どうやら、これはロートス様による会長への『罰』らしい。自分のお気に入りの場所についての嘘を言われたら怒る気持ちも分かる。けど、魔獣の姿で拐ったのはどういうことだろう。
「いや、あれは嘘なんかじゃ…! というか何故あなたがそのようなことを!?」
「何故俺が知っているかについては簡単だ。ルーシェと同じで俺にも親しい精霊の友がいる。それだけだ」
「ついでに教えておく。大精霊による制限がなければ、今頃お前は海の底に沈められていただろうな」
一歩間違えれば死んでいたかもしれないことを知った会長は何も言わなくなってしまった。嘘を認めたのだろう。
「会長、教会に帰りましょう!」
ユッカくんの純粋な眼差しと優しさが心に染みたのか、会長は弱々しくはあるが教会に帰り始めた。
「結局、私の実力は認められていないままね。まぁ本当に魔獣が出てきても嫌だからこっちの方がよかったのかも」
「精霊の怒りに触れた以上、会長も変な気は起こさないだろう。残りの滞在期間はゆっくり観光にでも使うか」
これでようやくゆっくりできる……と思っていたのだけど。
私たちも教会へ行こうと会長たちを追いかけようとした瞬間、視界が歪む。
「ルーシェ!? おい、度が過ぎるぞ! □□□□!」
ロキが誰かに怒っているけど、聞き取れなかった。目の前は砂浜だったのに、景色は緑へと塗り変わる。




