ケーキ
声をかけてきたのは、勝ち気な笑みを浮かべる白い雷のような髪の男性だった。近づきがたい雰囲気がある。隣に子供がいなかった場合の話だけど。
「イカヅチ! 知らない人を威嚇するのはだめ!」
「"人"だァ? いいか? コイツはオレと同じだよ」
「……」
2択だ。そしてユッカくんが彼の名を呼んだことでその答えも2択から1つに変わる。
彼こそがフェンリル討伐であの雷を放った張本人。
雷の精霊だ。
「え、ロキ様って精霊でしたの? 魔法のコントロールがお上手だとは思っていましたが……」
「おや、ラナ様はご存知なかったようですね。……私もですのでご安心ください」
小声で会話するラナさんとリンドウさんに「お前らちょっと静かにしろ」と言いたげにイカヅチ様は睨む。子どもなら泣き出すレベルだったが、2人は慣れているのか「はいはい」と返事をしてから口を閉じた。ユッカくんはテーブルの上のケーキにくぎ付けだ。
「なんだ、大精霊からの命令で無理矢理ここに連れてこられたと思ったが……オマエはオレと違うのか。丸くてつまらねェな、帰るぞユッカ」
イカヅチ様はロキを凝視したあと、何かが気に食わなかったらしく、来た道を引き返そうとしている。
「いやです!! ぼくはルーシェお姉ちゃんと遊びたい!! ケーキ食べたい!!」
ユッカくんは、イカヅチ様の引っ張る力に、両足に全体重をかけることで対抗していた。意外なことに、幼子相手にイカヅチ様は苦戦している。
イカヅチ様はユッカくんを怪我させないように手加減はしているようだが、それにしてもユッカくんは力が強い。
「相変わらずですわねぇ……リンドウ」
「はい。イカヅチ様よ鎮まりたまえ。ついでにあなた様の分のケーキを私に譲りたまえ」
リンドウさんはクールな顔つき、ほぼ無表情のままでこういうことを言うから油断ならない。普段は凛々しい騎士だが、素の彼は中々お茶目だ。これは小説の中のリンドウと同じ。
イカヅチ様は慣れているのか
「黙れ腹ペコ野郎! しれっとオレの食いもんをとろうとすんな!」とツッコミ、ユッカくんを引っ張りながらリンドウさんに両肩を掴まれている。
これはイカヅチ様が不利なようだ。
「なんだお前、リンドウにあげたくないなら俺がもらおうか」
ロキは先程までの殺気が嘘みたいに、穢れなき澄みわたった瞳でイカヅチ様を見つめる。
さっきの感じからして、さすがにロキには本気で怒るんじゃ……
「おい腹ペコ野郎2号! テメェは初対面のくせに無礼すぎんだろ! さっきのオレとのギスった空気とシリアスな会話が台無しじゃねェか!? なんだよその心底親切で言ってるようなツラはよォ!」
この精霊……天性のツッコミだ。ロキやサラマンドラ様から聞いていた「人嫌い」という話からヒヤッとしたけど、そんなに心配しなくていいかも?
ラナさんは「今日もユッカくんは元気ですわね~」と紅茶を堪能している。
どうやらラナさんにとっては彼らの日常の1コマにロキが加わっただけのようだ。
無表情だけど少しだけ目を輝かせてイカヅチ様に詰め寄るリンドウさん。踏ん張り続けるユッカくん。
イカヅチ様にケーキをねだりながら、さりげなく私のケーキを食べようとするロキ……の手はペシッと軽く叩いておく。
ラナさんのことは最初から味方にカウントしていないのか、イカヅチ様は初対面の私に
「なんとかしやがれ」と視線を送ってきた。
うーん……
「面白いからそのままで」
「こンの生意気なガキ共がァ!!」
ラナさんがパンパン!と両手を叩き、「今回もここに残る気になってくださったそうなので、そろそろイカヅチ様を解放してあげてくださいまし」
と言うとすぐにユッカくんとリンドウさんはイカヅチ様から離れた。
今回「も」と言ったあたり、この愉快なやり取りは恒例のようだ。
「ケーキ、食べたのか……」
「なんでもらえると思ッッたんだよ。魔女を狙われてフェンリル相手にガチギレしてた時のオマエはどこに行きやがった」
やっぱりイカヅチ様はあの時フェンリルと戦っていた私たちを見ていたんだ。
「そういえばあの時はありがとうございました」とイカヅチ様にフェンリル戦で雷を落としてくれた礼を伝える。
「ユッカのことでオマエには借りがあったからな。そうでなきゃオレは大嫌いな人間共のためにあんな疲れることしねぇよ」
と言ったっきり彼はロキから守りきったケーキを黙々と食べる。大嫌いなのに何故人間の子どもであるユッカくんの保護者をしているのだろう。
理由は分からない。それでも今の時点で彼は面倒見がいいことは分かる。……嫌いという感情を越えるくらいには。
「おいひいでふ!」
「あらあらユッカくん、お口についていますわよ」
「ったく、こっち向け」
イカヅチさんが優しくユッカくんのお口についたクリームを拭き取る。
平和だ。
……じゃなくって!
「ちょっと失礼」
ロキを半ば引きずって退席する。庭を囲む生け垣の裏に2人で屈んで私たちは小声で話す。
「どうしたんだ」
「勇者であるユッカくんはアヴニール編の主人公なのよ。だけど……小説での彼は、私と年は変わらなかったはず」
「今のあいつは幼すぎるな。何かしらの力で幼くされた訳でもなさそうだ。」
「もしかしたらだけど、小説でのアヴニール編はエルフィン王国編、グランディール帝国編、ミナヅキ編から10年くらい後の話なのかも」
そうすれば年齢についての辻褄は合う。だけど……
「イカヅチ様は小説に登場しなかった。勇者の仲間は他にいたはず……だけど……」
確かに、姿は見せず声だけで助言したり援護する謎の精霊が登場していたが、もう少し静かな性格だった。
訊かれたら答える。必要になれば助ける。だけど遊びには付き合わない。どの精霊かは自分からは明かさない。面倒見がいいわけではない。ほどよく距離をとりながらユッカくんたちと協力関係を築いていた。
少なくとも、投げられたボールにキレながらも律儀に全て打ち返して塁へ走るような性格のイカヅチ様ではない。
私の中の謎の精霊は投げられたボールを打つだけ打って「で? 打てと言うから打ったけど……どうしろと?」とその場で首をかしげるタイプだ。
「人嫌いだと俺たちの間で有名だったイカヅチがユッカと共にいることについては、大精霊が関わっているかもしれないな。……ルーシェ? 何をそんなに不安そうにしているんだ?」
「ユッカが俺を倒すかもしれないからか?」
私はすぐには答えられなかった。ロキが悪竜として暴走するわけがないと信じている。だけど、やっぱり言いにくいことには変わりない。信じていても怖いものは怖い。
「そんな顔をするな。俺を信じてくれているんだろう? 俺はお前を裏切るようなことはしない。10年後になってもそれは変わらない」
不思議と安心感がした。
大丈夫、ロキを信じ続けよう。
「お二人とも? 突然離席されましたが、どうかされましたか?」
「リ、リンドウさん!? いえ、ちょっと外の空気を吸いたかったというか」
「ケーキを食べていたときから俺たちはずっと外にいるだろ……この生垣が気になっただけだ。すぐ戻る」
ロキの理由も怪しかったが、リンドウさんは疑わなかった。小説を読んだ時から知ってはいたが、悪意以外の感情を察するのが苦手のようだ。
「そうですか。ユッカ様とラナ様に挟まれたイカヅチ様の限界が近そうなのでそろそろ戻りましょう」
そう言いながらリンドウさんは早歩きで3人の元へ戻る。
少し遅れ、追いかける形で私たちも戻ると…
「イカヅチ、ケーキ美味しかったね。ぼく毎日食べたい!」
「わたくしがアヴニールにいる間は毎日用意しますわよ~。だから毎日遊びに来てくださいまし! ……ここはルーシェ様に用意された屋敷ですけど」
「やったぁ、毎日行こうね!」
「オイ、ユッカ!無理やりオレ様とリンドウを指切りで約束させようとすんじゃねェ!! ちっ、この聖女力強すぎンだろ!! リンドウ、テメェは少しは嫌がれよ!!」
ユッカくんとラナさんの援護を受けながら、リンドウさんは素早くイカヅチ様と無理やり指切りげんまんをしようとしていた。何故か目が爛々と輝いている。
「イカヅチ様、今度私とミナヅキ最高の文化でもある漫才の大会に出場しましょう。ちょうど相方を探していたのです。この約束を反故された時はラナ様特製の激不味パンケーキをお食べください」
「約束の内容変わってンじゃねぇか!! 雷の精霊であるオレはァ! 人間が大ッッ嫌いなンだよォ!!」
イカヅチ様の叫びが響き渡る。
……私たちの顔合わせは大成功と言ってもいいだろう。たぶん。




