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勇者

私たちは夜から馬車でアヴニールまで移動して、着いたのは翌日の昼だった。

グランディール帝国は広い。移動の半分以上は帝国だった。


 お城や学園以外だと茶色のレンガ造りの建物が多いエルフィン王国と違い、白を基調とした荘厳な造りの建物が多く、清廉な雰囲気が伝わる。小説のなかのアヴニールと同じのようだ。

川が多く、舟での移動も多い。そして、今のところは見当たらないが必ず近くに教会があるはずだ。

私たちが冬にウルに行った際に祈りを捧げた"教会"、あそこは大精霊の伝説と教えを守り続けるアヴニール教会のエルフィン支部だった。


 他国ではウルの教会のように、1国に1つ教会があったが、アヴニールでは国内各地に散らばる形で6つ教会がある。五大精霊に合わせて5つ、そしてアヴニールの中心に大きく建てられているのが本部らしい。


 エトワールの中でもアヴニールは『精霊を強く信仰している国』だ。エルフィン王国の人たちにとって精霊は敬愛する友人という感覚だから、かなり精霊への見方が異なっている。

昔は過激な信者も多く他国の人間とのトラブルもあったらしい。ノートさんの件もその一つなのだろう。今はそのようなことはほとんどないらしいが、念のため気を付けておこう。


「やっと着いたな。早く宿に行こう」

「休憩はあったけど、やっぱり疲れたわね」


 馬車が止まったのは1軒の豪華なお屋敷。入り口の近くに大きな噴水がある。あと薔薇がたくさん咲いている。

宿というか……高級ホテルというか……貴族の家だ。


「俺たちに用意された宿はここか。……やけに豪華だな」

「一応私たちは国から招かれたからね。大精霊様の計らいで迎えとかも最小限にされているらしいわよ。ちなみにこの屋敷まるまる1軒私たちに貸してくれたの」


「お待ちしておりました。ルーシェ様、ロキ様」と屋敷専属の使用人たちが出迎えて荷物を運んでくれる。


 折角だからアヴニール観光してあわよくばロートス様に会いたいけれど、やるべきことをやらなければ。


 顔合わせのためにラナさんたちが来るまで、私たちは屋敷の庭で花を眺める。正直これくらいしか屋敷の中でできることがない。一挙一動をここの人たちに見られている気がするからだ。

 私たちは無言で花を眺めていたが、ふと、ロキが周囲に人がいないことを確認しはじめた。そして口を開く。


「大精霊が新しいクラスを創ると言っていただろう」

「うん。まだ移るか決めていないけど……ロキは?」


 学園生活を楽しむロキのことだから「俺たちが通い続けられるなら移る」と言うかもしれないと思っていたが、予想とは違い

「正直に言うと……俺は断りたい」と首を横に振っていた。


「そうなの?」

「お前もそこまで乗り気ではないだろ」

「……そうね。迷いがあるわ」

「俺を精霊にしてくれたことや入学を許可してくれたことには恩を感じているが、初代国王はずっとあいつを信じていなかった。だからか俺にも疑う癖がついてしまっている」


 でも、初代国王様は大精霊様に祝福してもらったり、ロキを精霊にするよう頼んだりしていたと聞いたことがある。協力関係を結んでいるイメージが強かったから信じていなかったというのは意外。

詳しく訊きたくなったが、ロキはそれ以上初代国王様と大精霊様の関係には触れずに話を続けた。


「ルリが言っていただろう。『妨害などしなくても大精霊は何もしなかった』と。フェンリルのことを事前に知っていたならば……頭の回るあいつのことだ。『未来を直接変えてはならない』というルールに触れない範囲で事前に対策を練ることもできたはずだ。ミナヅキで戦いが終わらなかったこととエルフィン王国にセツナが来たことが想定外だとしても、フェンリルの復活に対して備えることはできただろう」

「そこはルリも不審に思っていたわね。でも、大精霊様は小説通りに事が進むのを影から見守って、必要とあらば手助けするという役目に忠実であろうとしているんじゃないかしら?」


 大精霊様の言動に間違いはない……と直接会うまではそう考えていたこともあったが、精霊であれ人間であれ、その者が思考する生命であるならば誤った解答の発生は避けられない。だからロキの不信感を私は否定しない。


 でも、やっぱり私は大精霊様は信じてもいいと思える材料を探してしまう。大精霊様のことに詳しいのは私よりもロキの方なのに。

……私は信じたい。私が無理やり祝福されないように、他殺されないようにしてくれているあの方を。


「だが、影から見守って事が起きてから裏から手助けすることに徹する大精霊が『アヴニールの後の悪役については手を打っている』と言うのは矛盾が生じる。フェンリルについて以外にも今まであいつは事が起きてから動くことが多かった……そんなやつがアヴニールの後についてだけ既に動いたと言えば、何かあったのかと疑ってしまう」


「その不信感の影響でクラスの新設という突然の提案を受け入れられずにいる。まぁ俺が考えすぎているだけかもしれないがな」


 なるほど。普段は傍観から行動に移る大精霊様が事前に動いた。きっとこれは精霊になってから大精霊様を見続けたロキにとっては異常事態なのだろう。クラスの新設も意外なはずだ。


 私が迷っているのは不信感が理由ではない。大精霊様はどこか全てを見透かすような目で見られている気がして落ち着かないけれど、同時に懐かしい感覚もする。

ただ……私はこれから約2年間、魔女としての役目と並行して学業に勤しむことへの不安が大きいのだ。恐らく私はどちらかを選ばないといけない。世界に自分を消費する時なのかもしれないのだ。


「聖女様と騎士様が到着なさいました」


 この話は一旦中断となったようだ。ラナさんと剣を携えた男性がこちらへ歩いてくる。


「ルーシェ様にロキ様! またお会いできて嬉しいですわ!」

「お久しぶりです、ラナさん。こちらの方は…」


小説を読んだときの記憶がある私は知ってはいるけど、目の前の彼とは初対面だ。


「彼はリンドウ。アヴニールの騎士ですわ。今はわたくしの護衛をしてくださっていますの」

「リンドウと申します。以後お見知りおきを。……フェンリルの1件におけるあなた方のご活躍はラナ様から聞き及んでおります。お力になれず申し訳無かった」


 クリーム色で肩より少し長めの髪を1つにまとめている、若い男性……リンドウは礼儀正しくこちらに頭を下げた。うん、これは私が知っている騎士リンドウと同じのようだ。


「もう、リンドウったら相変わらずお堅いわ! お二人とも! 会わせたい方々もいますが、まずはゆっくりお茶でもしましょう。ケーキを持ってきましたの」


 いつの間にかお庭に机と椅子が。

私たちが着席してすぐに使用人たちがお茶とラナさんが持ってきてくれた美味しそうなケーキを出してくれた。とても細かい飴細工が施されており、どこから食べたらいいのか分からない。


「綺麗すぎてどこから食べたらいいのか……えぇ、ロキ、あなたはそういう者だったわね」


「中々に上手い。今までエルフィン王国で多くのケーキを食べてきたが、1、2を争う味だ」

と絶賛しながらも躊躇なくパクパク食べ進める。

ラナさんも「ですわよね~」とノールックパクパク。


 リンドウさんと目が合う。

「私はルーシェ様のお気持ちがわかりますよ……」と苦笑いしながら端からゆっくり切り取って食べていた。

よかった。彼も私と同じ人間のようだ。


「そういえば、私たちに会わせたい人って?」

「あら、ちょうど今来たようですわね。彼らは勇者殿とその保護者です」


 待って、思考が追い付かない。勇者とはアヴニール編の主人公。突然そのアヴニール編の主人公が現れたのもあるが、その主人公が……


「お久しぶりです! ルーシェお姉ちゃん!」


どこからどうみても、以前エルフィン王国で出会った少年、ユッカくんだったからだ。


「……久しぶりね。ユッカくん!」


それはそれとして、ユッカくんに会えたことは嬉しいので自然と笑顔になる。


「顔見知りなのか?」

「あ、私ったら話していなかったわ。前に迷子になっていたユッカくんを送ったことがあるの」


 私の説明を聞いて「そうか」とすぐに納得したロキだったが、ユッカくんの"保護者"を見るなり怪訝そうな顔をする。


「お前……」

「やっと会えたぜ。ロキくん?」 

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