精霊と人間
明日はアヴニールに行く日だ。私はテスト以外では準備がいい人間なので、荷物の準備は完了している。生活に必要な服などに加えて皆からもらった物も。
ノーブルとクレアからは便箋をもらった。アヴニールでの体験はこれに書いて彼らに送ろうと思う。
あとは、ロキが作ってくれたペンダント、セツナからもらったお守り、ミシェルからもらったお菓子、それとセン様からもらった謎のバッジ。
バッジは「これはボクとカルティエからのプレゼント。アヴニールに行くなら持っておくといいよ!」と言いながら渡されたけど、もしかして貴重な物なのだろうか。
ロキから隠れながら渡してきたな……バッジにしては見た目も豪華だし。悪いものではないはずだ。
あの戦い以降会っていないのは……ノートさんくらいだろうか。ベルギアとは私の健康確認で1度会っており、激励のポテトチップスを渡された。が、とても名残惜しそうに見ていたので結局その場で2人で食べた。美味しかった。
やっぱり1ヶ月は会えないのだから挨拶は必要だろう。
と思っていたら「ルーシェちゃん、お客さんだよ! 今回は綺麗な黒髪の女の子!」と部屋の扉をノックしながら姉が私を呼びに来た。
おぉ、こんな偶然があるのか。会いたいと思った相手が家に来るなんて。
「家に誘いに来たあたしが逆に招待してもらっちゃってよかったの?」
「この前お家でもてなしてくれたお礼ですから。あと、あの時両親の精神状態も確認してくれましたから」
「ご両親が元に戻って良かったわ。んじゃ、遠慮なく」とノートさんは私の部屋でケーキを食べ始めた。
普段(何故か)極貧生活をしている彼女にとってはこのケーキは貴重な食べ物なのだろう。
「す、少しずつ味わうわ…」
「よかったら帰りにお土産として渡しますね。ベルギアの分もつけておきます」
「ホント!? ありがとう!」
そういえば何故2人はあのボロボロの家で質素な暮らしをしているのだろう。ロキの家は小さいけれどしっかりした造りで一人暮らしなら文句なしと言えるレベルだった。
精霊が質素な生活を強いられているというわけでもなさそう。
でも訊いてはいけないことかもしれないし……
「あたしたちが何故貧乏なのか気になる?」
「え!? そ、そんなことは…」
「フフッ、ごめん。意地悪しちゃった。権能でなんとなくルーシェちゃんが訊きたそうだな~って分かっちゃったから。別に隠してるわけでもないからいいのよ。将来のために節約と貯金してるってだけ」
「な、なるほど」
ノートさんは
「ほら、パナが学校を出て1人で生活できるようになったとき、少しでもお金があった方がいいでしょ?」
とも言った。ベルギアの卒業後のことも考えているなんてノートさんらしい。それにしても今の生活は極端なような…
「まぁ、あたしたちは今まで他の精霊と関わりは薄かったけど、大精霊がパナを気遣って差し入れしてくれるから案外なんとかなっているわ。ロートスはなんとも言えない物を送りつけてあたしたちの反応を楽しみやがるけど」
「ロートス様は確か樹の精霊ですよね?」
「そうそう、もしアヴニールの森とか自然豊かな場所で変なやつと会ったら90%の確率でロートスだから安心して。残り10%に出会ったら全力で殴って逃げなさい」
ここまで話した後、ノートさんは真剣な顔つきで私の目を見た。
「今日は元々話したいことがあって会いに来たの。そう、クロノスに祝福の話をされたルーシェちゃんに話しておきたい。……あたしが昔は普通の人間だったってことを」
「え?」
分かっている。ノートさんはこんな冗談を言う精霊じゃない。
「どういうことですか?」と続きを促す。
「元々あたしはミナヅキ出身の孤児だった。とある剣士に拾われてからは剣の修行に毎日明け暮れていたわ。そして成人した頃には1人で修行の旅をしていた。その途中、アヴニールでパナケアと出会ったの」
「あの時はまだ感情もしっかり表に出ていて、お喋り好きだったのよ」
と懐かしむように微笑む。
「あたしが森で狩りをしているのが興味深かったんだって。別に邪魔ではなかったし、精霊に会うのは初めてだから気になっちゃってあたしも時々話しかけていたら仲良くなっちゃった」
「……でも楽しい時間って長くは続かない。あたしがパナケアにとって不要だとアヴニールの精霊の狂信者に暗殺された。剣の腕を磨いても毒には勝てっこない」
ノートさんは己の拳を強く握りしめていた。後悔がにじみでている。
「優しすぎたパナケアは精霊の中の禁忌でもある"蘇生"をしたのよ」
え? 蘇生?
「なんで禁忌かって、人の生命を本人の意思とは関係なく無理やり復活させるってこともあるけど、リスクも大きかったの。結果、代償としてパナケアは今のパナケアになった。表情は思うように動かせず、思考も以前より少し短絡的。あたしが死ぬまでの記憶も曖昧」
「あたしが怒るから言わないだけで、あの子は罪悪感を持っている。もちろん、元はといえばあたしのせいでパナは今の状態になった。叡知と慈愛のパナケアの魂を半分奪って、あたしは闇の精霊ノートとして甦ってしまった」
ノートさんはパナケアに魂の半分を与えられたことによって精霊となった。
何を言えばいいのか分からない。でも、これはそう簡単に人に話せないことだ。
「……教えてくれてありがとうございます」
「こっちこそ。同情ではなく理解を示してくれて助かるわ。あ、嫌味じゃないわよ?」
ノートさんは明るく振る舞っている。
彼女らはこれから先もこの葛藤を抱えていくのだろう。それを消したり一緒に抱える資格は私にはない。きっと、話を聞くことだけが今の私にできることだと思う。
「パナケアのしたこととクロノスがルーシェちゃんにしようとしていることは少し似ているけど、1つ明確な違いがある。パナケアと違ってあいつはそれを禁忌ではなく1つの能力として実現できる。つまり人間を不老不死にすることはあいつにとって普通にできることなの。気をつけてね」
「ありがとうございます」
そう私を激励してくれたノートさんはやっぱりいつもの頼もしい笑みを浮かべていた。
「あ、もし余裕があったらロートスを探してみるといいわ。あいつプリムラと仲良かったし魔女の役割について詳しいかも。ついでに『なんでフェンリルが暴れているときに来なかったのよ!! このサボり魔!』って伝えておいて」




