はじめまして、大精霊様
魔女となった私が街を出歩くと、良い意味でも悪い意味でも注目されてしまうということで、家にいるようにと昨日ノーブルに言われてしまった。この前街を歩いていたのが何故か噂になっているらしい。セン様とセツナに会いに行っただけなのに。
家事などを手伝おうとすると使用人たちが萎縮してしまう。
もしかして1ヶ月間、私はベッドの上でゴロゴロ転がることしかできないのか。
そう思っていたら、お母様が私を呼ぶ声が聞こえてきた。どうやらロキが家に来てくれたらしい。
中に入るように声はかけたが、玄関で待ってくれていると教えてくれたので、お母様にお礼を言ってそのまま玄関まで移動する。
用件は予想外のようなそうでもないような……といった内容だった。
「大精霊がお前に話があると言っている」
暇だったし拒否する理由もないのでロキに着いていったら、何故か我らが学舎に到着した。
ん? ここは学園長室?
「ルーシェを連れてきたぞ。大精霊」
「え?」
ノックもせずにロキが扉を開く。その先にいる少女はルリと同じ顔だ。
ならば彼女が大精霊で間違いないだろう。
だけど……
「どうして学園長室に?」
私の疑問に答えるかのように、大精霊様は小さく口角を上げてこちらに歩み寄ってきた。
「やはり驚いていますね……ふふっ、ボクは大精霊でありエルフィン王立魔法学園の学園長なのです」
「え、ええぇ!?」
あまりにも衝撃的な事実を知ってしまい、思わず口をパクパクさせてしまう。
だけど、どこか納得している部分もあった。
「ロキが入学できたのは」
「ボクが許可をしたからです」
本来であれば身元を証明するものがないロキやパナケアが入学することは困難だろう。そのことから学園長はロキの正体を知っていることは分かってはいたが、まさかの大精霊様ご本人とは。
目の前にいる大精霊様はチェック柄のプレッピーなワンピースを着て、金縁の丸眼鏡をかけている。ルリと同じ藍色の髪は2本の三つ編みになっていた。
そしてイタズラっ子のように笑う彼女とは違う、秋の木漏れ日のような涼やかで落ち着きのある笑顔。
「自己紹介もすんだところですし、本題に入りましょう。あなたは今、炎属性の普通の魔法は使えますか?」
「……それは」
ずっと隠し通せるわけないと分かっていても、誰かに言うのが憚れていたことだ。
「何故か氷しか出せなくなってしまっています」
「えぇ。"魔法の変質"自体が小説にはないことであり、前例がなかったので推測の域を出ていませんでしたが……やはり、他の魔法全てを使えなくなる代わりに変質の力を手に入れられるのですね」
これがフェンリルが言っていた『代償』だろう。あの時は勢いで「これから払う」と啖呵をきったけれど……本当に炎魔法が使えなくなるだけなのだろうか? まだ何か隠れている気がしてならない。
どちらにしろ他の人と同じ魔法を使えないのは中々に困る。何故なら、今まで通り学校に通えなくなるかもしれないからだ。
「気づいているのですね。現在の自分が今まで通り炎属性の教室に通うことが難しいということに」
「ルーシェは学校をやめないといけなくなるのか」
「少なくとも今の魔法学園ではどのクラスにも分類はできませんから……すみませんがこれもボクの役目なのでお話させていただきました」
ロキは私が普通から離れていくことについて心配している。私は……どうだろう。自分のことなのに怒りも悲しみもあるのか分からない。あの時氷を使えるようになったのは悪いこととは思わないけど、学校をやめるのは少し嫌だな。
「そう……ですよね」
受け入れるしかないよね。
そう自分で自分を納得させていたが、大精霊様は
「まだ落ち込むには早いですよ」
と優しい声音で言った。
「ボクは魔法の変質成功者や二重属性持ちなどの特殊な事情を抱える生徒たちのクラスを休校明けから新設したいと考えています」
「変質を成功させた生徒に合う教室がないなら創ってしまいましょう! そしてその特殊クラスに移籍することをルーシェとロキに提案します」
お、おぉ……まさかクラスを新設するとは思わなかった。そこに私とロキを移籍させる。学園に残れるならば喜ばしいけれど、今のクラスメイトと別々の教室になるのは複雑だ。
「どうして今まで二重属性持ち達のクラスがなかったんだ?」
と純粋な目でロキが質問する。
「今までも案は上がっていたのですが、いかんせん我が校は生徒数が多く教室の数が足りなくて……増築できる場所もありませんでしたし、二重属性持ちは滅多にいないので反対の意見も0ではありませんでした」
昔は全ての魔力持ちはエルフィン王国の魔法学園に入学していたが、現在はアヴニールにも魔法学園がある。また、先日のセン様の視察をきっかけにグランディール帝国でも魔法学園の創設の話があることから、少し教室の数に余裕が出てきているらしい。
「あなたのそれは二重属性とは少し違いますがクラス自体が特殊故、実技テストなどで不平不満が上がる可能性は低くなりますので。また、前例ができてしまえばこれから魔法の変質に成功した生徒が現れてもスムーズにボクたちも動けます」
「意欲のある生徒がこのまま学びの機会を失うということは学園長としても見過ごせません」
う~ん、確かに特殊クラスに移ったとしても、二重属性の人たちの中にいる私は結局異質な存在であることには変わりない。
だから大精霊様も「文句は出ない」ではなく、「不平不満が上がる可能性は低くなる」という言い回しをしたのだろう。
だけど、そうすることで通い続けられるなら。これから現れるかもしれない魔法の変質成功者のためになるならば……
とは思うけど迷いと疑問は消えていない。
本当にこれでいいのかな。
「他の二重属性持ちの生徒たちもこの休校期間を移籍するか考える時間としていますので、あなたもすぐに答えを出す必要はありません。休校期間が終わる3日前にクラス変更の手続きがあるので、それまではゆっくり考えてください」
私の迷いに気づいているようだ。ここは甘えておこう。
「ありがとうございます」
大精霊様は「話したいことはこれだけ……あぁ、そうだった。大事な話はあと2つありました」
と何か思い出したようだ。
「ルリが前世について少しあなたとお話したようですね」
「は、はい」
「ならばお気づきになるかもしれませんが、彼女のオリジナルに当たるボクも前世の記憶があります」
確かに。フェンリルのアレコレで考える余裕はなかったが、ルリと同じ姿の大精霊様にも前世の記憶があってもおかしくないのだ。
「ルリと前世では同一人物だったのですか?」
「はい。ルリの正体は正確に突き止められてはいませんが、恐らくはボクの魔力が何かの拍子で分離して人格を持ったのだと思います。彼女と直接会ったことがありますが、その時の言動や、今までボクの未来視を妨害してきたあたり、ボクを敵視しているという認識で合っているでしょう」
今思えば、ルリの発言にはどことなく大精霊を意識した内容もあった。
私の勝手な憶測だけど、自分の存在について大精霊様に劣等感を持っている気がする。
『劣化版だけど』
彼女はどんな気持ちで言っていたのだろう。
「ルーシェ、あなたはアヴニール編までしか読んでいない。そうですね?」
「……はい」
「ふふっ、そう緊張しないでください。アヴニールの後の"悪役"については既に手を打ってあります。今はそう気にしなくていいですよ」
子を慈しむような目で私を見てくる。
大精霊様は私を見ているのだけど、どこか違和感がする。ルーシェという存在の裏。私という人間の根底を覗かれている感覚が。
この世界で人々に信仰され親しまれている精霊たちの王のような存在……だから謎の緊張感があるのかな。
「……分かりました」
「隣にいる彼が今のあなたにとっての全ての答えですよ」
確かに、私と同じでこの世界における"悪役"だった彼が隣にいる。それだけで十分だ。
「そして早速ですが、休校期間中にアヴニールに帰省中の聖女に会っていただきます。特に大きな仕事があるわけでもなく、ただの顔合わせですので気負わなくても大丈夫ですからね」
「はい!」
そうだ。これから魔女としての仕事を任されることがある。不安もある。でも、ラナさんと会えることは嬉しいし、大精霊様が背中を押してくれている。それに、隣には頼もしい精霊もいる。
「1つだけ忠告を。あなたたちがあちらへ行く頃にクロノスがアヴニールにいるかもしれません。少しだけ視えた未来では、彼が1人でアヴニール観光をしていました。あれは恐らくアヴニール名物のアイスクリームがのったパンケーキを食べていましたね」
「アイスクリーム……パンケーキ……」
ロキは『クロノスがいる』と聞いて一瞬ピリッとしていたが、私がアイスクリームのせパンケーキのことを考えているのに釣られたのか、
「やはり定番でバニラか…」と顎に手を添えている。
「……もちろん向こうでも好きなものを食べてもいいですが、念のためルリにも気をつけるように!」




