鏡
「この世界に新たな魔女が誕生したわ。悪に仕立てられた傀儡を助け、隠された真の悪を裁く。わたしにとってはやっぱり複雑だけど……」
アヴニールの大昔に造られたが、今では廃墟と化している小さな劇場の小さな舞台にルリは立っていた。
夏でもアヴニールの夜は湿気がなく涼しい風を心地好く感じられる。
ルリは汗1つない状態で舞台の上でステップを踏み始めた。
「でも、魔女になったからといって彼女の未来は未だ変わらず……あんなに優しくて強いホノカちゃん、いや、ルーシェちゃんでも死を避けられない! このままだとバッドエンド一直線!」
彼女は両腕で自分を抱き締めて、オーバーに悲しむ表情を浮かべる。
「それがなんでか分かる?」
「そのことを話すためにボクをここに呼んだのですか?」
「質問に質問で返さないでくれる? 『私』が嫌っていたことでしょ」
観劇用に使われていた最前列の真ん中の座席に座っている者は不快感を隠せないようだ。眉を潜めて壇上に立つ者を睨み付ける。
「あなたが今までボクの未来予知を妨害していたのですね。まるで鏡の中の自分と会話しているようです」
「うん。だってあなたがいたらゲームバランスが崩壊しそうだし。ちょっとくらいはハラハラする展開が必要でしょ? ………と思ったけど、今回の件はわたしが何も妨害しなくても手を出さなかったね。まぁあなたの出張とか空き教室については仕組んだりはしたけど」
大精霊は音もなく立ち上がってルリが立つ舞台へ上がった。
「今回は聖女への指示以外で手を出さなくても大丈夫だと判断しました。それに…後継者の誕生は避けられないですからね」
「あなたは"その時"が来るまでこの世界を見守る者。他殺でルーシェちゃんが死ぬ未来を変えたいって言ってはいるけど、結局は個人の幸せより世界の均衡だものね」
ルリは軽蔑するような目で睨んだ。
彼女らは"私"の転生した姿だが、ルーシェのように人格も性格も前世のままではない。
"私"と彼女らは全くの別人だ。
前世で抱いた友愛も、思い出も、記憶としてはあっても大精霊とルリのモノではない。
それでもルリはルーシェに固執する。ルーシェの生存のためにロキを入学させたりはするが、基本的には深入りせず、役目を粛々とこなすことを優先している大精霊には不思議でならなかった。
「あなたは結局何者ですか? ボクの同位体のように見えますが」
「アハハッ! あなたでも分からないんだぁ。まぁ、間違ってはいないよ。私はあなたの劣化バージョン。あなたから零れた魔力そのもの」
ルリは軽やかに舞台から飛び降りた。そして音もなく着地する。
「最初の話に戻そうか。ルーシェちゃんの傍には悪竜がいる。確かに彼がいたことで避けられている災難もある……だけど、ちょっとは思っているんじゃない?」
「堕ちた時の彼が一番の危険因子だ!……ってね」
狡猾な笑み。愛しい魔女の前では決して見せない彼女の一面だ。
「彼は自分で『そうはならない』と言いました。本来のアヴニール編とは違う道すじを辿る。ボクはそう信じています」
「信じているくせにほとんどの権能を奪っているじゃない」
「権能を封じた状態でも五つの属性を使えますからね……ですが確かに信頼しているのではあれば証として権能を返すのが道理かもしれません」
大精霊は舞台から降りなかった。そしてルリを無表情で見下ろす。
「ふぅん…ただ鍵を作るだけだった精霊に新たに護衛の役目を与え、そして権能を返す。翼と牙を失った竜よりはいいんじゃない? そうしてくれたらクロノスを抑えられるし」
「おや? あなたはクロノスの協力者と聞きましたが」
以前、ルーシェに問われた時と同じように、不服そうに首を横に振る。
「わたしと彼はわかりあえない。道中だけの付き合いよ。ルーシェちゃんが祝福を受けるにはまだ早すぎるってだけ」
「今回はここまでっ!」とルリは部屋を出ようとしたが、すぐに立ち止まり振り返った。
「あ、忘れてた。ルーシェちゃんが自分の箱庭の可愛いお花だって未だに思っているの? 学園長さん」
そう言い残し、彼女は部屋を出る。老朽化した扉が閉まる音がやけに大きく響いた。
「もしかしてそれは……」
(はぁ、『お前が舞台に上がる番だ』とでも言われるかと思いましたよ。全てを知る者同士、言うまでもないってことかもしれませんがね)
ルリがいないのならば長居する必要はない。大精霊は舞台端の小さな段差から降りる。
(心を開ける相手がいなかったホノカちゃんは"私"と半ば共依存のような友人関係でもありました。ですが、彼女はとっくに良い方向へと変化している。ボクもルリも彼女にすがることはあってはならない)
通路に飾られていた肖像画たちの中には、様々な国の王の肖像画があった。どうやらこの小さな劇場の人気がまだ高かった頃、様々な国の要人たちを招いていたらしい。
友好の証の1つでもある『エルフィン王国初代国王』の肖像画の前で足を止める。
大精霊の表情は落胆と疑問に満ちていた。
「フラム。別にボクは自分の同位体を創らせるためにアレを渡したわけではありません。それともまさか……"彼女"こそがボクを殺すために用意された毒というわけですか?」
肖像画の中のプラムは微笑むのみで、いつまで経っても答えを出してくれることはなかった。




