後日
フェンリルが倒れてから1時間も経たない間に、国民は全員目を覚ました。
私はすぐにクレアの元へ行きたかったが、体が限界を迎えていたので、直接彼女の無事を確認できたのは2日後の話だった。
「皆さんは戦われていたのに、私だけ操られてしまって……不甲斐ないです」
申し訳なさそうにクレアは少しだけ泣いていた。
彼女を慰めるための言葉が思い浮かず、私はただ、彼女を抱き締めることしかできなかった。
こういう自分が本当に嫌になってしまうが、少なくとも落ち込むクレアの前では自己嫌悪の感情を抑える。
ラナさんは力を使いすぎたため、丸一日眠っていた。起きた後は騎士リンドウが心配だということで、彼女はミナヅキへ帰った。
あまり彼女と話せていなかったな……と見送る際に思ったが、
「魔女になったルーシェ様と聖女であるわたくし。えぇ、またお話する機会はきっと来ますわ。その時にはたくさんお話しましょう!」
と言ってくれた。
セツナは魔力を持たない体でフェンリルに酷使されたことで、体力を激しく消耗していたため、城の中で療養をとることになった。
処遇については、エルフィン王国騎士団の団長とグランディール帝国のとある公爵、そしてミナヅキの長代理で決めている最中らしい。
2国が多大なる被害を受けたが、体を乗っ取られていた彼女もフェンリルの被害者であるため、罪に問うべきなのか?……というのが今の論点だそうだ。
研究所やミナヅキの民、そしてエルフィン王国の国民たちは『セツナも自分たちと同じ被害者であり自由にしてほしい』という要望書をそれぞれ提出したらしい。
……恥ずかしながら私は全く知らなかったけど、セツナの研究所での貢献は多大なもので、様々な国にも恩恵があったらしい。そしてあの性格と人の良さも帝国以外では有名だったそうだ。
なので、ミナヅキだけでなくエルフィン王国の人たちも彼女の無罪を望んでいる。結果が分かるのはもう少し先だが、きっと良い結果になるだろう。
しかし、魔法学園への不法侵入は事実なので学園長にガッツリ罰金を徴収されたとのこと。
セン様はプレン様の命令でセツナの監視の役目に就いている。
実際は久しぶりの家族の再会の時間を過ごしているのだけど……
これもプレン様の心遣いなのかもしれない。カルティエ様は「甘い」といいそうだけど。なんだかんだいってセン様たちのことを心配してくれている気がする。
お見舞いに行くと、セツナはセン様と近くの森に行った……と同じくプレン様からの命で残っているミシェルが教えてくれた。
森に行くと、本当にいた。
ミシェルを疑ってはいなかったけど、未だ魔獣がいるかもしれない森に赴くことが意外だったのだ。
声をかけようとしたが、今はダメだと思い、やめた。そして、2人に気づかれないうちに城の方へ戻る。
2人がいたのは森の中にひっそりとある墓場だった。
先日、セン様がセツナのお母様について教えてくれた。
「セツナの母が亡くなった時、『家の者と同じ墓地は入れられない』と当主が言い出して故郷であるエルフィン王国に墓を建てたんだ」
つまり、2人はセツナのお母様の墓参りに来ているのだ。部外者である私が邪魔すべきではない。
また違う日に会いに行こう。
ミシェルに「やっぱり、別の日に会おうと思うわ」と伝え、城下町を歩く。
夕焼けってこんなに眩しかったかな? 前世では夕日が沈む時間もパソコンを睨みながら一心不乱に書類作成をしていたからか、こうやって静かに夕日を眺めるのは久しぶりな気がする。
城下町はフェンリル(と雷の精霊)によって道に開けられた穴を塞ぐ作業で大忙しだ。魔獣の中でも上位とされるフェンリルは倒されたが、魔獣そのものは全滅していない。
そもそも強力な魔獣についての情報は今でも少なく、全体的に漠然とした状態で人間たちは戦ってきた。セツナのような研究者が現れたのも割と最近だそうだ。
騎士団は森と都市部の境目の警戒を更に強化するらしい。
他にも被害を受けた建物もあるし、怪我人もいる。私たちがやるべきことは山積みだ。
でも、グランディール帝国が大勢の人員をこちらに派遣してくれたため、少しずつ元の生活に戻り始めているのも事実。話によるとミナヅキにも人員を派遣しているそう。
学校も期限未定で授業中止だ。
あの日以降、精霊の皆に会えていないな……あとルリも。
こういう時、前世の連絡に使われていた技術の素晴らしさを思い知る。
ロキはというと、鳥の体を借りて1日1回は私の部屋に来る。
そして、ちょっとした報告会をするのだ。
もっぱら、議題は「お前の両親はどうだ」とか「魔力欠乏症は治ったか」だけど。
魔力についてはたくさん食べて寝たから回復している。
彼が両親の様子を確認してくるのには理由がある。
どうやらフェンリルの精神操作の影響でクロノス様からの暗示が相殺されたらしい。
あの戦いの後、ボロボロの状態で家に帰ると、両親が玄関で号泣しながら私に頭を下げてきた。
頭を上げてほしいと繰り返し言って、なんとか落ち着かせた後、家まで送ってくれていたロキがノートさんを呼んで両親の精神状態を確認してくれことによって、暗示が解けたことが判明した。
「時の精霊によって暗示をかけられていたのですから仕方ありません。私は大丈夫ですよ」
そう何度も言ったが、
「親として、人間として許されないことをしていた…!」
と謝り続けていた。
前世で両親との関係が冷めきっていた私には、こういう時に何て言うべきか分からなかった。
私は許したいのに、その気持ちを伝えても両親は「許されないことだ」と言って謝ることをやめない。
いいの。両親を憎むことは1度もなかったから。前世では得られなかった親からの愛を、幼かった時のようにまた与えてくれたらそれでいい。
でも、この願いをどう言葉にしたらいいのか私には分からなかった。
「ただ繰り返し謝り続けていてはルーシェが困るだけだ。こいつの人の良さは親であるお前らも知っているだろう。もう謝罪を求めていないにも関わらず、過剰に謝られ続けるのが苦手なことだってあるんじゃないか」
ロキの言葉は私にとって救いだった。そして、
「ただ謝罪の言葉を口にして涙するよりも、娘が許したいと言うならまずは生還を喜び、失っていた時間を取り戻せないとしてもこれからの時間を大切に過ごすべきだ……巻き込んだやつと同じ精霊である俺が言うべきではないかもしれないが」
とも言ってくれた。
私が上手く言語化できていなかったことを全て代弁してくれたおかげで、また昔と同じ家族に戻り始めている。
夏が終われば、私達は進級する。
2年生……後輩ができるってことか。
そして、私がロキ達と出会って1年が経つということ。
「なんだか5年くらい一緒にいた気がしてきたな」
「誰とだ?」
歩いている途中に真後ろから声をかけてきたものだから、
「んぎゃあ!」と驚いてしまった。
声で察してはいたが、急いで振り返るとロキが立っている。
「驚かせてしまったか。悪いな」
「そう言いながら笑ってるわね」
町の様子を見に行った帰りに私を見つけたらしい。
「お前は?」と訊かれたので、今日の出来事を全て話した。
「なら、また会いに行く時は俺も一緒に行きたい」
「もちろん。きっと2人もロキに会いたいはずだし」
これは本心だったけど、ロキにはロキの目的があるらしい。
「あの2人は何かしらお前に貢ごうとするからな。俺が止めないと…」
とブツブツ言っている。
自然と送ってもらう流れになったので、そのまま駄弁りながら屋敷へ向かって歩く。
「それにしても、馬車は使わないんだな」
「両親は勧めてくれるけど、歩くことに慣れちゃった。それに、前世で馬車に乗ることがなかったからどうしても違和感があって……でも歩いてよかった。今日はこうやってあなたと直接会えたから」
ロキが突然立ち止まった。靴に小石でも入ったのだろうか。あれ地味に困るし痛いよね。それとも近くを飛んでいる虫が嫌なのかな。
「違う。他意がない、本心なのがお前らしいな……」
よく分からないけど、一度立ち止まったおかげで一番話したかったことを思い出せた。
「そうだ。お礼を言いたかったの」
「礼?」
「この前、両親が私にずっと謝っていた時のことよ。私が上手く言葉にできなかったことを代わりに言ってくれて、助かったし嬉しかった。ありがとう」
私たちは再び歩き出す。私の隣に追い付いた時、
「俺がただ我慢できなくて口を挟んでしまっただけだ」と応えてくれた。
「ううん。私は救われたわ。前世での両親は私を愛することはなく、自分の評価を上げるためのアクセサリーとしてしか見ていなかった。だから、今の両親と昔のように過ごして、幼かった頃と同じように愛してほしいって思った。謝っていたのも愛故にだろうけどね……」
「友人と呼べる人も1人しかいなかった。1人からの友愛しか知らなかったから、愛の求め方がよく分からなかった。だから、ロキが私が困っていることに気づいてくれて嬉しかった。ありがとう。私、一生忘れない」
大きくステップを踏んで、少しだけ彼の先を行く。そして少しずつ加速する。
分かってる。これは完全に照れ隠しだ。顔は自然と下を向いてしまう。
「待て!」
腕を掴まれた。少し力強い。
首だけ後ろに向けてハッキリと言おう。
「今顔がすごいことになってるから! 恥ずかしいってこと気づいてよ!」
「そっちの意味もあるが! お前の目と鼻の先に虫がいるか、ら……」
この後、「目と鼻」の時点で反射的に前を向いてしまったことを後悔することになる。
ロキの言う通り、目の前に大きな虫が浮遊していた。人間が近づいた時、自分から避ける虫が多いが、時折、何故か避けることなく衝突してしまうこともある。
一歩。あと一歩踏み出していたら一週間は立ち直れなかっただろう。
悲鳴は呑み込む。近所迷惑になるからね。
「一生恩に着るわ」
「一生の恩はもう少し大切にしろ……」
堪えきれずに2人揃って笑ってしまった。もちろん小さな声で。
これが私たちの日常だ。懐かしさも感じる。
私はこうやってあなたと笑う日をもっと増やしたいって思うけど、今は言わないでおこう。




