私にとって
正面から向かってくる敵たちに炎を浴びせるだけでなく、上から炎の矢も降らせる。
これであと何体になった?と思い周囲を見渡すが、数える気力がなくなるくらいの数の魔獣たちが私たちを囲むようにして集まっている。
「いくら空気中の魔力を使っているとはいえ、慣れていない状態で魔法を連続で使い続けると欠乏症になるぞ」
少し視界が揺らいできたが、ロキが私の肩を掴み光魔法で手早く回復をしてくれた。疲労感がなくなった気がする。
「皆様! フェンリルが!」
ラナさんがセツナの体からフェンリルを出すことに成功したようだ。
セツナが地面に倒れる。
すかさずベルギアがキャッチして後退した。
「想定より早く済ませられました……もしかしたらセツナ様が内側で反抗していたのかもしれませんわね……っ」
が、ラナさんも倒れる。フェンリルをセツナの体から出すのは負担が大きすぎたようだ。
「セツナ 聖女 治療 任せて」
「命はあるようね。こっちはあたしたちがやるから!」
目の前にいたのは周囲にいるものたちと同じ獣だった。
だけど、肉体の大きさも放つ圧も違う。
君臨という言葉が一番しっくりくるかもしれない。
「攻撃されないから楽だったんだがな……まぁいい。こちらの方が魔法は使いやすい」
声が老齢の男性の声に変わっている。
本来の姿に戻ったフェンリルは、軽やかに上空に飛び上がる。
「斬る!」
ノートさんが刀で上空から降り注いだ黒い魔力の光線を斬る。
「上からなんて面倒ね!」
「風で上空に移動したいが…」
セツナとラナさんの治療を続けるベルギアを襲う魔獣を灼き続けていた私にも限界が近かった。
恐らく今ので200は越えた。
忠告されていたように私も欠乏症になりそうだ。ロキの先ほどの回復は応急処置のようなもの。本格的な回復をここでするのは隙を見せることと同じだ。
しかし、私が欠乏症になりかけだからといってパナケアの治療を妨害させるわけにはいかない。
「フェンリルはあたしが止めるから、あんたはルーシェちゃんを援護して。あの子の炎の火力はフェンリルを倒すためには不可欠なんだから」
ノートさんが大きく跳躍する。
フェンリルと同じ高さまで上昇した。
「これで遠慮なくやれるわね」
「今は闇の精霊といえど、元人間が儂を殺せるのか?」
「なんでそれを」
こちらからは聞こえなかったが、フェンリルが何か言った直後、ノートさんの動きが一瞬止まった。
「ノート! 危険! 回避!」
その隙をフェンリルは見逃さなかった。
力強い咆哮。喉から高密度の魔力が銃弾のように連続で放たれる。
咄嗟に刀で威力を打ち消そうとしたが、間に合わなかった。
ノートさんが落下していく。この高さなら恐らく精霊でも重傷を負うだろう。
「ロキ、私は大丈夫だから!」
「悪い! すぐ戻る!」
ロキが風でノートさんを浮かせる。
なんとか落下による負傷は避けられたようだ。
「杖の借りがチャラになるじゃない」
「ちょうどいいな」
フェンリルは相変わらず余裕といいたげに尾を風にたなびかせながら、上空に佇んでいる。
「人間なら死んでいたが……やはり頑丈だな」
「その手はもう食らわないわ」
体勢を立て直したノートさんはもう一振黒い刀を地面から取り出す。二刀流が彼女の得意とする戦い方のようだ。
「剣客としての本気を見せてくれるのかい? 楽しみだな」
「あんた何なの? 人の過去を掘り返すようなことばかり。ストーカー?」
ノートさんの軽口がこちらにも聞こえてきた。よかった、あちらは大丈夫そう。
私はもう完全に欠乏症状態だけど、ペンダントが空気中から吸収した魔力を使えばもう少し動ける。
「ルーシェ 欠乏症 危険」
「大丈夫よ。確かに私自身の魔力はカラッカラに近いけど、ペンダントから供給される魔力があるから」
ロキがこちら側に戻ってくるまでにもう少し魔獣を減らさないとね。
炎を幕のように出して近づく魔獣たちを一掃する。こうすれば魔獣を3人に近づけずに守れる。
「っ! また増えた……」
熱い炎で焼き続ける。
だけど、この魔法を使っている時、いや、初めて魔法を使ったときから小さな違和感があった。
敵を灼く炎の熱も、燃え盛る紅も。私にとっては違う。
ふと、大精霊様の『変質の例』を思い出す。なんだか掴めそうな……
私は自分が死んだ日のことを再び思い出した。雪が降っていて、水溜まりが寒さで結氷となっており、過労に耐えながら家に向かって1歩進むごとにパキパキと氷が砕ける感覚がした。
そのせいか、私にとっての命の終わりとは寂しく悲しくて冷たい。
小説のルーシェはあまりいい人間ではなかったけど、野望があって熱い気持ちを持っていた。だから炎属性なのも納得。
でもどうやら私は違うみたい。
「無事か!?……それは」
「ルーシェ 氷?」
私の手に浮かんでいたのは青い氷。
五大属性と闇、雷、時以外の属性がないはずのこの世界ではあり得ない、魔法で作られた氷。でも、これが本当の私の魔法なんだって心から思える。
今度こそ迷いなく、堂々と迫り来る魔獣たちにこの氷を放つ。
魔獣たちの肉体は氷に貫かれる。肉体は雪のように溶けて霧散した。
「魔法の変質か」
「うん。私は過去の恐怖を忘れることはできない。でもそれも自分の武器に変えてみせようって思ったんだけど……」
ロキは否定も肯定もしなかった。
ただ、
「お前が自らその力を使うなら止めはしない……が……」
と言ってはくれたが、どこか怒っているような気もするし悲しそうにも見えた。
「これで助けられる人がいるならそれでいいわ」
全てに納得してくれたわけではないようだが、私の隣に立ったということは今は言及しないということだろう。
絶え間なく押し寄せる大群を私の氷とロキの炎と風の連続攻撃で屠る。ロキの炎に触れた私の氷は溶けることなく敵を貫き、風が極寒の冷風へと変わる。
「治療 完了」
「よし、なら早くここから離れろ。ルーシェ」
「私たちで道を開くわ」
私たちは西方向に魔法を放った。
魔獣たちが怯んだ隙に、ベルギアはまだ目を覚ましていないセツナを背負って、なんとか目を覚ましたラナさんと走り出す。
「!? 魔獣 援軍!」
ベルギアが進む先にも魔獣が現れた。
まだ援軍がいたの!?
「パナ!?」
ノートさんはフェンリルと戦い続けている。
私とロキは近くの魔獣たちをベルギアの元に行かせないようにするので手一杯だ。
「しまった!……氷が届かない!」
戦闘魔法が使えないパナケアはひどくて重傷、眠っているセツナは命も危ない。
「うっ……」
ラナさんが残った力でなんとか魔獣たちの動きは止められたが、長くは保たないだろう。
どうにか助けられないかと思ったその時。
「燃えろ」
鋭い声がした直後、2人と魔獣たちの間に巨大な炎の槍が現れる。
その槍は魔獣たちに突き刺さった。
「サラマンドラ! 感謝」
「は~い! パナパナたち無事ね? よかったわぁ! ここから帝国の医療班のところまでは2人が護衛しちゃうよん☆」
サラマンドラ様が助けてくれたんだ。
ってことは……
「無事か!?」
「我らが来たぞ!……って寒ぅ!」
ノーブルがこちらに走ってくる。
ヴィアちゃんは体力が限界を越えたのか、はひぃと言いながらノーブルに抱えられていた。
続くように駆けつけた帝国の兵士たちが魔獣たちを倒し始める。
あれ? なんだか見覚えのある顔の人が多いような…
「ルーシェ様~! 欠乏症っぽいですがご無事でよかったです! ミシェルは安心しましたよ!」
メイド服の美少女が私に抱きつく。
「ミシェル!? ってことは兵士たちも」
カルティエ様専属メイドであるミシェルは明るく頼もしい笑顔で
「えぇ! ここにいるのは皆カルティエ様の兵たちですよ!」
と教えてくれた。
「兵士の皆さんが『恩返しをしたい』ってことで支援隊に立候補したのです! カルティエ様は一応幽閉の身なので来れませんでしたが…あ、ルーシェ様の回復をしますね!」
ミシェルは私の手をとった。
なんだか体温が上がった気がする。
「ノート殿は1人でフェンリルと戦っているのか!?」
「相性最悪とか言いながらも善戦しているようだな。大方、フェンリルがあいつの地雷を踏み抜いたんだろう。ノーブルにヴィア。3人を頼んだ」
「任せよ!」
ヴィアちゃんとノーブルは魔法で魔獣を遠ざけながらベルギアを先導して進め始めた。
ミシェルからの治療を受けながらノートさんの方を確認する。
彼女は攻撃を刀で受け流しながらフェンリルに近づいていっていた。




