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備えあれば

 魔獣は獲物を逃してしまったことに憤慨している。その原因であるアウラを鋭い爪で切り裂こうとした。が、目の前にいたはずの獲物がいない。

そのことに魔獣が気づいた時には既に、笑みを浮かべたアウラが魔獣の背に飛び乗っていた。

どこからか剣を取り出し突き刺す。

魔力がない状態で耐えないと。と口では言っていたものの、アウラはもしもの時のために武器を隠し持っていたのだ。


「ハハッ! フェンリルが寄越してきたんだろうなぁ。だがオレがいる限り、アンタはここから動けねぇ!」


 背中に獲物が乗ってしまっていることと、剣による痛みに耐えられなかったのか、魔獣は地面にその大きな肉体を打ち付けるように暴れ始める。巻き込まれないように、アウラは剣を刺したまま空中に浮いた。


「その剣は昔ノートからパクったやつだから早々抜けないだろうな。このまま証拠隠滅で一石二鳥! オレ天才! ……いや剣は残るからアウトか」


 ノートがこの場にいたらアウラはその辺の木で逆さ吊り状態になっただろう。

 もちろん、ノート手製の剣は魔力を帯びている。魔獣の魔力を剣が吸収するのだ。

魔力を吸われた魔獣の動きが遅くなった。そのタイミングに合わせ、空中から地面に降りながら、普通の剣で魔獣を斬る。


「これならすぐに追い付け……ん? 珍しい魔力だ。これは」

「オマエ、相変わらず人間と一緒にいんのかぁ? 趣味の悪ぃやつだな」


 アウラが振り返ると、そこには1人の男性が立っていた。20歳前後と見受けられる容貌。

銀色のピアスを大量に着け、城で働く人間が着るような服を着崩している。

 そして人間とも他の精霊たちとも違う、対峙したものに毛を逆撫でられているような感覚を味わわせる独特の魔力。

傍にはルーシェが公園で出会った少年、ユッカがいた。


「あぁ、ルーシェちゃんが言ってた子どもって、イカヅチの……イカヅチの……隠し子?」

「ぶっ飛ばすぞ!」


「悪かったって! だからその殺気は抑えろ! 子どもが見てるだろ!」

アウラは心配するようにユッカをチラ見した。だがユッカは目の前で起きている状況よりも、近くを飛ぶ蝶が気になるようだ。


「ユッカはこれぐらいじゃ動じねぇよ。オレが育てたんだから当たり前だがな!」

「いや本気で心配になってきたぜ。人嫌いで有名な雷の精霊が子育てって……大精霊も強いなぁ」


 アウラが遠い目をしていることには触れず、イカヅチは首をほんの少しだけ傾げる。

「ところで、こんなとこでどうしたんだ? こんな大型の魔獣とドンパチやるなんて珍しい。しかも魔力枯渇状態でか」

どうやら大精霊からの通達はイカヅチには来ていないようだ。

「ざっくり話すと……」

アウラの説明を聞いたイカヅチは「うへぇ」と心底嫌そうに口を歪ませる。


「で、お優しい風の精霊様は人助けをしているってわけか」

「そう。まぁアンタはその子どもを安全なところに連れていくべきだな」


 ユッカは会話を静かに聞いていたが、ふと

「ルーシェお姉ちゃんと知り合いですか?」と問いかけた。


「うん」

「つまりルーシェお姉ちゃんは悪いやつらと戦ってる?」

「そうだぜ! だからユッカくんは安全な場所に移動しような」


 アウラは優しくユッカの問いに答えたが、自分とイカヅチだけが逃げるのは引っかかるようだ。

「イカヅチぃ」と瞳を潤ませたユッカがイカヅチに目線を送る。


「……嫌な予感がしてきたぜ。オレは人間なんてどうでもいいんだよ」

「ぼくを助けてくれたルーシェお姉ちゃんが怪我するのは嫌です!」


 2人は視線をぶつけ、静かに主張する。

人間を放置して逃げたい精霊と、人間を助けたい幼子によるにらみ合い。両者退く様子はない。


(育てたとはいえ、イカヅチに真っ向から意見を言えるなんて大物だな)


 だがこのままでは埒が明かない。アウラは1つ提案をすることにした。


「まぁまぁ落ち着けって。ユッカくんを巻き込むわけにはいかないとオレは思う。でも、アウラくんはもう魔力がカラッカラだから手伝ってくれたら助かるのも事実だ」


 忌み嫌う人間ではなく精霊……その中でも2番目に付き合いが長いアウラの助けを求める声に、イカヅチは少し揺らぎ始めた。

畳みかけるように言葉を続ける。


「イカヅチ、頼む。ちょっとだけ王国で暴れてくれないか? もちろんアウラくんがユッカくんを預かっておく。それに人嫌いだからこそ、ルーシェちゃんに借りを作ったままってのもアンタの性に合わないだろ?」


 最後の一言が決め手になったのだろう。

大きくため息をついた後、ユッカに

「オレはちょっくら運動するからオマエはアウラから離れんなよ」とだけ言い、雑に頭を撫でる。


「ありがとうイカヅチ! アウラおじさんもありがとう!」

「ん~!? アウラくんっておじさんに見えるの!? ロキと見た目年齢は変わらないはずだけどなぁ……」


 ロキの名が聞こえたイカヅチの耳はピクリと動いた。そして静かに笑う。それがどういう意味をもつのか、アウラにも分からない。


「そうか。悪竜の姿は1度見てみたかったからな……いい機会だ。暴れるついでにアイツの実力を見定めてやろうじゃねぇか」

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