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始業式前日の過ごし方

 ルーシェにとって、始業式前日はこれまでの疲れをとる日となった。

庭にあるベンチに腰かけてぼーっと空を眺める。

周りには誰もおらず、この庭は静寂に包まれていた。

 

 今朝、侍女がルーシェ宛だと言って手紙を彼女に渡した。


 差出人のところには『ヴィア』と書かれている。

既視感を感じながらもルーシェは封を開ける。

中に入っていた紙には丸くて少し幼さを感じさせる字でこう書かれていた。


『今回は本当にありがとう。あのあと我とアウラが大精霊に訊いてみたがルリという者に覚えはないらしい。ロキにはアウラから伝えている。だから今後見かけても関わってはならぬぞ!』


 やはり大精霊様も知らなかったのだ。


 ルーシェには疑問がたくさんある。ルリ本人に訊かないと分からないことばかりだ。


 1つ分かっているのは"彼女の正体を知る術を持っていない"ことだけ。


 ため息をついた時だった。


「無事に帰ってこれて何よりだよ」

「ルリ!?」


 少女は初めて会ったときと同じように、ルーシェの横に座っていた。


 逃げようかと一瞬だけ考えたが、自宅の庭に彼女を置いて逃げるのもよくないだろう。

そのような結論に至ったルーシェは、忠告には従わず逃げなかった。


「いやぁ、とてもよかったよ。今回の演目は。少なくともわたしは満足した」

「満足していただけてなによりだけど……あなたの目的は何なの?」

「全てはまだ言えないなぁ。ただ、今回はカルティエ・グランディールの未来を変えたかっただけ」


 ルリはカルティエ・グランディールが処刑される未来が視えた。または知っていた。

 しかし、何故彼女がその未来を変えたいのか、そしてルーシェたちを巻き込んだ理由は本人しか知らないことだ。


「兄弟がお互いを理解できないまま、カルティエが最期を迎えることはなくなった……それってとてもいいことじゃない?」

「それは同意するわ。でも色々と大変だったのだから」


 ルーシェは少し拗ねている。

 ルリは「ごめんね」と謝りながらも笑っていた。大切な友人との会話を懐かしむように。


 しかしすぐにまた、いつも通りの底の知れない笑みに戻る。


「でもね、ルーシェちゃん。気を付けないとダメだよ?」

「え?」

「誰も教えてくれていないならわたしが教えてあげる」


 ベンチから立ち上がった少女は踊るように歩みだす。楽しそうに。軽やかに。


 まるで散っていく花弁のように。


「ルーシェちゃん。あなたはそう遠くない未来で2度目の死を迎えるわ。処刑ではなく、誰かの手によってね」


 そう言い残したルリはルーシェの反応を確認することなく庭を出た。


 鼻歌を歌いながら街の中を歩く。


 まるで善行をして褒められた子供のようだった。


「彼女に未来を伝えたのかな?」

「あら、覗きとは悪趣味ね。知っていれば対策のしようがあるじゃない?」

「覗いてなんかいないさ。自分はこうやってお茶をしているのだから」


 ルリを待ち構えていたのは1人の精霊だった。

 負っていたケガは完治しているようで、優雅にカフェでお茶を堪能していた。


「その言い方からして本当に伝えたんだね。無知より恐ろしいものはないけど。しかし、彼女が受け入れられるかは別じゃないかな? 幼い頃から死を恐れていたのだから」

「んー、可能性は考慮していたから大丈夫じゃない? ただ死因が処刑じゃなくて他殺になっただけ」


 ルリは心の底から『良いことをした』と思っているようだ。

同じテーブル席に座り意気揚々とメニューを眺める。


「自分なら他殺だと知ったらショックだけどなぁ」

「あなたみたいなのに人の心を説かれたくはないわ」

「え? 自分はただルーシェちゃんが大切だから言っているのだけど」


 精霊はルリが横取りしようとしていたケーキをなんとか死守して完食した。

ルリは諦めて注文をするために店員を呼んでいる。


「このチーズケーキを1つ……そうね。あなたは"ルーシェちゃんが死なないようにする"ことだけに固執しているわ。今回だってルーシェちゃんが死ぬことはないからって静観に徹していた。カルティエを助ける気なんて毛頭なかった」

「逆にキミがそこまで彼を救うことに執着していることに自分はびっくりしたよ。悪いことをしたら処刑されても文句はいえないだろう?」


「あなたは行間を読まないのね。『私』が苦手なタイプだわ」


 運ばれてきたケーキを切り分けることもなく真上からフォークを刺す。

そしてそのままケーキにかぶりついた。

……彼女はテーブルマナーには強くないようだ。目の前の精霊も慣れているのか諦めているのか特に触れることはない。


「悪は裁かれる。それはその通り! でもね」


「わたしは"何も知らないまま裁く"ことはやめてほしかったの」


 行ったこと。そしてそれによって引き起こされた事象を考えてから裁くことは正しい。


「彼は皇帝の前にカルティエの兄。だから知る必要があったってことかな」

「そう。それにあのルーシェちゃんの名演技! こっちの方が断然面白かったわ」


 フォークをクルクルと指で遊ばせながら、彼女は初めてカルティエと会った時のことを思い出す。


 森で1人、自ら命を絶とうとしたカルティエに少女は声をかけた。


『生きる理由がない? 本当に知らないまま死んでもいいの? 皇帝になって犯人を引きずり出しちゃえばいいのよ』


「……あぁ言ったからにはわたしにも助ける義務が生じるのよ」

「ところで次はどこに行くんだい?」

「そうねぇ、うーーん……ちょうど今視えた」


 ルリは行き先を告げた。精霊は「了解」とだけいい立ち上がる。


「今日は自分が払おう」

「あら、今日も払ってくれるのね」

「ルーシェちゃんを守るという点ではキミと自分は協力できる。そのためならケーキくらい安いさ」


「まぁ、あの子のことをあなたに教えたのもわたしだからね。じゃあこれからもよろしくね……クロノス」

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