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今日の金づるは明日の仲間

 無数の発光する結晶が全面に敷かれた、ドーム状の大部屋にて。

 天井まで20メートル以上の高さがあるこの広々とした空間を、敵意が満たしていた。


「命乞いでもなく、逃げるでもなく、ワタシに武器を向けるとは。力の差も分からないか。貴方方(あなたがた)にその命は勿体無い。死んで後悔しなさい」


 神官服の男の持つ触手の剣が、その8つの刀身を輝かせるとほぼ同時に、キュラスとイナバは動き出した。


 鉄の触手は柄を持つ神官服の男を中心として上方に広がり、ゆらゆらと海藻の如く揺れる。

 鉄触手は、先端を次々にキュラスとイナバに向けては、中空で動きをピタリと止めていく。瞬間、刃は2人を貫こうとそこから刃先を伸ばした。


 空気を裂いて、次々に放たれる鉄の触手の突きを、イナバはかろうじて回避し続ける。


「く、早い!」


 2本の平たい鉄触手が、伸びて突き、縮んで狙うを交互に繰り返し、イナバを追い立てる。

 神官服の男から遠ざかっていく彼を視界の端に捉えながら、キュラスは、自身に殺到する5本の鉄触手を捌いていた。


「イナバ、よく見な、飛んでくるやつは全部、直線的で、おまけに軽いよ! 狙いを定めるのにもっ、隙がある」


 キュラスは、飛んできた鉄触手の真横からナイフを振り抜き、その触手を弾いた。鉄の触手は布のように容易くしなる。

 キュラスは向かってきた触手を掬い上げると、暖簾(のれん)でもくぐるかのように、その下を抜けて神官服の男の元に走った。


 縮む触手よりも早く、男へ接近しながら、彼女は〈呪文〉を口ずさむ。


宣言、3鎖(ウル・チェイン)。《(イグニ)》=〈魔纏(エンチャント)〉=〈操作(コントラ)〉」

「……くく」


 キュラスの右手から、青白い呪文鎖が伸びていく。

 神官服の男は不敵に笑いながら、縮んでいる途中で、防御には間に合いそうにない触手達の根本、剣の柄をキュラスに向ける。


 キュラスが大きく口を開けた瞬間、神官服の男の声が塗りつぶした。


「【炭追(すみお)──」

「馬鹿め!」


 イナバとキュラスどちらも追っていなかった、神官服の男の手元まで縮まされていた8本目の触手が、その柄から真っ直ぐにキュラスへと飛来する。

 刃は光線のように、彼女の頭を貫いた。


「はは! 殺っ……何っ!?」

 

 いや、違う。貫いたのはキュラスの残像だ。キュラスは瞬間的に身をかがめ、それを避けていた。

 躍動するその右手には、変わらず呪文鎖が鎖が着いてきている。微かにでも、【呪文名】を唱えきれば霧散するその鎖が残っているということは、どうやらキュラスは魔法を唱え切るつもりはなかったらしい。

 隙ができたと思わせるために、唱えるふりをしていただけだ。


 身を屈めたキュラスは、神官服の男の手首を呪文鎖がない方の手で下から掴むと、【呪文名】を唱えながら彼の腹部に向けて、鎖の生えた拳を振るった。


「【炭追(すみお)い】」

 

 呪文鎖が砕け、赤熱した火柱が出現すると同時に、強烈な痛打が神官服の男の腹に叩き込まれる。

 命中部の服は一瞬で炭化し、爆炎が、男を吹き飛ばした。


「っ!!!?」


 煙を立ち上らせつつ、床を跳ね転がる神官服の男。

 彼は最後にうつ伏せで叩きつけられ、動きを止めた。


 キュラスは殴り抜けたばかりの姿勢から、立ち上がり、その左手で今の瞬間奪い取った鉄触手の剣の柄をくるくると回す。神官服の男の手を離れた瞬間、その柄に生えていた鉄の触手は消滅したようだ。

 物理的にありえない現象だが、おそらく、この鉄触手の剣も神器なのだろう。


 右手に火柱を構えたまま、キュラスは倒れ込んでいる神官服の男に忠告する。


「不意をつきたかったなら、最後の刃は最初から隠しとかないと。8本見せて、アイツに2本、アタシに5本だろ? そんであと1本あるってわかっちまうよ。アタシらを舐めすぎさね」

「キュラス、何が起きた? 彼を倒したのか?」

「…………アイツは舐めていいよ。まだ、生きてるよね、アンタ」


 キュラスが声をかけた先、倒れていた神官服の男は、大きく咳をしながら立ち上がった。

 持ち上げた顔は、キュラスを真っ直ぐに睨みつけている。

 服の前面は綺麗に炭化しており、そして、炭化の範囲が徐々に広がっている。


「……【魔法消去(まほうしょうきょ)】」


 神官服の男の手から出た波動が、その炭化部分に触れると、ガラスが割れるような音が鳴って、炭化の広がりはそこで止まる。

 顔だけはキュラスを睨みつけながら、彼は崩れそうになる体制をなんとか整えようとしている。

 ほんの一撃で満身創痍な姿となった神官服の男を見て、キュラスは鼻で笑った。


「なぁにが『力の差も分からないか』だよ。ボッロボロじゃないか。今すぐその神器を手放して、アタシがスッキリする命乞いを披露しな。そしたら見逃してやるよ」


 神官服の男が持つ、金のハンドベルを指差して、余裕綽々な態度でそう語るキュラス。

 すると、彼女を睨みつけていた神官服の男の様子は一変する。彼は、憎々しげな瞳を他者を見下すような瞳に変えて、笑い始めた。


「っ、ひひっ。やっぱり、お前は分かっていない、何も分かっていない」

「何が分かってないって? アンタの弱さなら重々承知だけど」

「イラつく女だと思ったが、無知な子供の騒ぎ立てと思えば微笑ましいものだ。アナタ、ワタシを殺せないでしょう」


 キュラスは、目を見開いた。

 神官服の男は、それを見て笑みを深める。


「図星ですね。顔も狙えたのに腹狙い。オマケに魔法による追撃も、体内に刺し込むようにではなく体表で炸裂させていた。言動は攻撃的な癖に、人殺しに抵抗があるとは、何か嫌な思い出でもあるのですかぁ?」

「…………勘違いも甚だしいね。本気で、殺すよ」

「ひひひひっ、ああ、なんて重い言葉でしょう。ワタシ、殺される恐怖で動けなくなりそうですよぉ」


 完全に調子を取り戻した神官服の男とは裏腹に、キュラスは目を大きく開いたまま、彼を睨みつける。

 その視線を気持ちよさそうに浴びて、神官服の男は調子良いまま、つぶやいた。


「33人。ワタシがここにくるまでに殺したぁ、人の総数です」

「!」

「青ざめてますねぇ。あなたの分かっていない、”力の差”の一つ目はそこですよ。あなたとは、目標に対する熱意が違う。人を殺す覚悟がある」

「よく、そんなものを誇れるね」


 キュラスが吐き捨てるようにそう言うと、彼女の目の前にイナバが割り込んだ。

 彼女へ向けられた、神官服の男の視線を切るように立ち塞がった彼は、これまでに無いほどに目を細めていた。


「覚悟という割には、地上で君が『邪魔な冒険者は殺す』と言っていた時には、随分と楽しそうだったが」

「くく、覚悟も、楽しく決めるに越したことは無いでしょう? それより、その女の後ろに隠れていなくていいんですかぁ、イナバさん」

「ああ。俺が君を黙らせなくてはならないからな」

「…………イナバ」


 神官服の男は、嘲笑うような顔を、少し口角の上がっただけの笑みに変えてから「舐められたものですね」と一言呟いた。金の鐘を持っていない方の腕を持ち上げて、指の背を、イナバ達に向ける。


「まあいい。次の話に移りましょう。アナタ達が理解していない、”力の差”の二つ目です。アナタ達の攻撃は通用せず、そして、アナタ達の攻撃はワタシに届かない」


 神官服の男が持ち上げた手の、皮膚の下。平たい何かが、蠢き出した。


 キュラスの背筋が凍る。"まさか"という思いで思わず視線が向くのは、自身が手に持つ鉄触手の剣の柄だ。

 

「”それ”は、本物ではありませんよぉ。このどれかが本物です」


 神官服の男の皮膚を突き破り、突き出された手から鉄触手が生えた。

 正確には、その手だけではない。もう一方の腕からも、足からも、そして服の下からも、蠢いたかと思うとそこから鉄触手が飛び出してくる。

 肌の下を通っていたのであろう鉄触手達は、彼の肌の上からも巻きつき、金属の光沢を彼に与える。

 下方から生えた鉄触手は、無数の長い足となって、彼を高所へと持ち上げた。


 彼の服の前面、炭となっていた部分が崩れ去る。露出した彼の腹部には、キュラスが手に持つ柄と全く同じものが、何個も、何個も、突き刺さっていた。

 そこも、鉄触手に上から覆われると、彼は頭以外、生身の部分が残っていない状態だ。


 地面から10メートルほど高い視点から、彼は鉄の擦れるサリサリとした音をかき鳴らしながら、キュラス達を見下ろす。

 生き物とはかけ離れた音を発しながら、艶かしく、鉄の触手をひしめかせる。

 その姿は、完全に化け物であった。


「どれが本物かぁ、探してみてくださいなぁ。間違い探しならぬ、正しいもの探しですよ。あなた方が、死ぬまでにやれる、最後の娯楽です」

「イナバっ! 魔法を!」

宣言、4鎖(エル・チェイン)! 《(ブラス)》=〈魔纏(エンチャント)〉=〈操作(コントラ)〉=〈圧縮(コンプレス)〉!」


 三十を超える数の鉄触手が、二人に向けて振り下ろされる。

 キュラスは炎の柱を上方に振りながらも、視界の端で、イナバの魔法がかろうじて発動した瞬間を捉えた。


「【威風鈴鳴(いふうすずな)り】ッ!」


 次の瞬間、彼の頭上に発生したのは、風の障壁だ。

 障壁は、叩きつけてくる触手を受け止める。直後、リィン、と鈴のような音が鳴って、衝撃波が触手達を僅かに押し返した。


 キュラスが振るった炎の爆発と合わせて、触手達の隙を作った二人は、すぐさまそれぞれ左右に跳んだ。

 鉄の触手達は、衝撃を発生させる力を失った風の障壁を打ち抜き、彼女達が一拍前にいた場所の地面を”面”で叩き潰し、大きく凹ませた。


「先ほどより遅いが、重さが違いすぎる! 強化された!?」

「いや、軽くなるのは伸縮する時だけだったんだろうさ! それも来るよ!」


 次の瞬間、無数の高速の刺突が飛んできた。

 キュラスは避けて、受け流し、それらの刺突に対応したが、イナバは避けきれず、肩を削られた。


「ぐっ」

「イナバっ────ぐぅっ?! く、そっ」


 次に、触手の叩きつけが二人を襲う。

 傷を負いながらも、風の障壁を作り出したイナバは、僅かな時間差で迫る触手の面を全て一瞬だけ止め、その隙に避け切ることができた。

 一方で、キュラスの爆炎は遅れて迫る触手には、大きな影響を与えられていない。キュラスの腿に触手が掠ると、強く殴打された時の痛みが、彼女を襲った。


 不味い、対処、しきれない!?

 

 神官服の男は攻撃を休めない、二人にどんどんと増えてゆく傷を見て、高笑いをする。


「ひひひひっ、どうしようもありませんよ。これが力ぁ! これが、神の道具ぅ! 神がワタシに力を貸してくださっているぅ! 神がアナタ方の命は不要であるとおっしゃっているぅ! 神に選ばれるのは、アナタ方ではなく、ワタシだぁ! ひははははぁ!!」


 キュラスは何度目か分からない殴打をくらいながら、男の笑い声を耳にする。それが、火種となった。


 随分と、耳障りだね。


 増えていく痛みが、思考を奪っていく。ぼんやりとしてゆく意識の中で、反比例するように募ってゆくのは、その神官服の男への敵意だ。


 なんで神器が欲しい? ただの道具だろうに、なんでそんなもののために何人も殺せるんだい?

 地図を奪って、人を攻撃して、人の傷に無遠慮に触れておいて。それでなんで、そんなに笑えるんだい?


 彼女が手に持っている炎の柱が、赤熱する。彼女の昂りに呼応するように。


 コイツは、誰かが殺しとかなきゃいけない。

 誰がやるの? あたしは殺したくない。誰かが死ぬのをもう見たくないよ。

 なら、どうする。奪われるのを良しとするのかい? 盗んでこいと脅してくる母親も、殴ってくる父親も、殺してよかっただろ? おかげで今の生活があるんだ。

 ころして後悔したじゃん。だめだよ。

 考えるな。どうせアタシは考えたって、ろくな考えが浮かんでこない。昇ってきた血は、考えることになんか使うな。


「アンタを許さない」


 彼女は鉄の触手の刺突を力任せに薙ぎ払いながら、そう呟いた。


 彼女の手の中の炎が揺らぐ。

 火の粉が弾けて、光が増す。


 次の瞬間叩きつけられた触手を、彼女は迎撃すらせず跳んで避けた。

 彼女の怒りは、集中力へと変換され、引き伸ばされた世界を見つめるための力となったようだ。遅く進む世界の中では、その叩きつけは時間稼ぎの必要ない、容易く避けられるものに変貌していた。


 次々と叩きつけを避けていく彼女には、言葉を紡ぐ余裕すら()()()あった。


「”覚悟”とやらをしてやるよ。力も足らすさ、それでっ」


 衝動は力を生んだ。音を立てて燃え盛る炎の柱には、彼女の怒りが伝わっている。

 キュラスは、額に青筋を浮かべて、神官服の男を睨みつけた。


 顔を真赤にし、金の瞳を血走らせる彼女は、その手に燃え盛る炎と一体となっていた。赤い衝動に突き動かされた彼女は、視線でも人を焼くことができそうだ。


 そんな彼女を見て、神官服の男は、目を大きく見開いていた。


「アンタをぶっ殺してやるよォ!! ここまでやってきたこと全部、後悔しな!!」


 殺人への抵抗を、自らの熱で焼き尽くしたキュラスは。

 神官服の男の、大きく開いた瞳の。

 その下にある満面の笑みを見て、気がついた。


「”詰み”ですね。さようなら」


 怒りで視野狭窄に陥っていたキュラスは、自身が壁際に追い立てられていたことにも、神官服の男が避けられない一撃を繰り出すために触手を振るう位置や速度を調整していたことにも気がついていなかった。

 怒りで強くなったのではない。彼女はただただ、手のひらの上で踊らされていたのだ。


 急速に思考が冷え込んでゆく中、彼女は自身に殺到する鉄触手の面を見つめる。

 避ける手段は無い。この火柱で迎撃しようとしたところで、時間差で迫る触手にまでは対処できない。


 どうしようも無いことを把握したこの瞬間、彼女の脳裏に浮かんだものは、彼女に縋るべきものを教えてくれた、一人の修道女の顔であった。


 ロキシニアさん。アタシも、ダメだったみたいだ。










「キュラス!」


 飛び込んできたイナバが、風の障壁で鉄触手をせきとめた。

 キュラスの身体を持つと、数メートル先の地面に放り投げるように共に飛び込んだ。そこは、鉄触手によって大きな凹みができていた場所だ。

 凹みの中に身を落とすと、イナバは蓋をするかのように風の障壁を再び作り出した。

 面で、そこらの地面一帯に触手が叩きつけられるが、凹みの中にいる彼らは潰されずに済んだようだ。


 生を諦めていたキュラスは、突然イナバに助けられたことに完全に面食らっていた。凹みに仰向けになった状態で、彼女は口を半開きにして、目をパチパチとする。


「へ、 はっ? 何?」

「キュラス、魔法で地面を横に掘ってくれるか。 すぐに追撃がくる。脱出しなければ」

「横……横に掘る? 魔法で?」

「キュラス、早く。 脱出だ」

「? わ、分かったよ」


 キュラスは、炎の柱を横に向けて振るった。

 鉄触手に覆われていない部分ができると、二人は凹みから飛び出した。二人がいた凹みを、鉄触手の刺突が貫く。間一髪だ。


 顔を上げた先には、不満げな顔をした神官服の男。隣には、いくらか怪我を負いながらも、まっすぐな瞳で鉄触手達を見つめるイナバがいた。


 こいつに、助けられた。


 ここに至ってようやく、キュラスの中にその実感が湧いた。種が分かっていて、ある意味安全圏から助けられた神器の罠の時とはまるで違う。

 自分の命をかけてまで、彼女の命を助けてくれたのだ。

 ありがとう、の言葉を伝えようとした時、イナバが語りかけてきた。


「キュラス、協力しよう。俺では伸びてくる触手には対処できるほどの技巧はない。だが、叩いてくる触手を抑えることができる」

「え?」


 キュラスは驚いた。その分担は、『地図を書く』『周囲の警戒をする』のレベルとは、全く異なる。

 片方が誤れば即両方が死ぬような、背中合わせの協力案だ。

 お互いへの深い信頼が必要なその提案に、キュラスはすぐに返事ができなかった。


 イナバは、キュラスの手を掴んだ。大きな手に、彼女の小さな手が重なる。


「キュラス。君は触手を抑えられず、彼を殺せない。君にできないことは俺がやる。だから今だけ、俺を仲間だと思ってくれないか」


 優しく握られた手からは、温かな熱が伝わってくる。

 キュラスは、自身をたびたび焼く炎のような熱情とはまるで異なる温かさに、少しだけ胸が高鳴った。

 …………少しだけだ。

 次の瞬間には、『コイツ絶対、アタシが雇い主サマって呼んでたの気にしてたね』などという、色気のないことを考えながら、キュラスは口角を小さく上げて、思いに応えた。


「いいよ。アンタを信じる。だけど、アンタにだけ手を汚させるつもりはないさ。アタシも、あいつをぶっ殺しにいくよ。やれる方がやろう」

「……君に昔、何があったかは知らないが、無理はしないでくれ」

「ああ」


 二人が会話を交わしていると、神官服の男は鉄触手を2本持ち上げて、拍手のように金属音を鳴らした。変わらず、不満げな表情だが、心なしか笑っているようにも見える。


「茶番は終わりですか。イナバさんも、一緒に死にたいならご自由に」


 神官服の男は、拍手するその鉄触手を、すぐさま攻撃に切り替えた。

 片方で刺突し、もう片方を叩きつける。


 キュラスが刺突を受け流し、イナバが叩きつけを受け止める。

 避けることしかできなかった二人は、ここで初めて、神官服の男に向けて前進した。


 次々に新たな触手が飛んでくる。二人で一塊になったことで、分散していた触手が集中しているのだろう、先ほど一人で対処していたより、数が多い。

 それでも、二人は前に進んでゆく。

 疑念が少しでもあれば止まるはずの足は、止まらない。

 まるで、ずっと昔から二人で戦っていたかのように、二人は自身が対処すべきものを完璧に対処し、相手も同じだと信じて、進み続ける。


 キュラスは炎の柱と素手で、刺突の触手を捌きながら、ふと自嘲の笑みを浮かべた。

 昨日までの自分に、今の自分の気持ちや行動を伝えても、信じないだろうな。と。


「キュラスっ! 彼は高所だ。攻撃は届くか!?」

「魔法自体は届くけど、【魔法消去(まほうしょうきょ)】で消されるだろうねっ。接近できれば、魔法を当てる策はあるよ」

「そうか、なら、やることは一つだ」

「そうだね」


「「────足元を、崩す!!」」

「ひひひっ! させるわけないでしょう!」


 神官服の男の足元まで20メートルを切ったその瞬間、鉄触手は刺突をやめ、真上に大きくその身を伸ばした。まとめて叩きつけるつもりだろう。イナバの魔法で止められるパワーでは済まなそうだ。


「く、どうする?」

「アタシがやるよ、両方ね!」


 だから、キュラスは地面に向かって炎を振るった、そうしてできた穴に、イナバが滑り込む。触手が地面を叩きつけても、風の障壁の盾もあって、穴の下のイナバまでは届かなかった。


 そう、潜ったのはイナバだけ。キュラスは体制を低くすると、前進し続け、スライディングして触手の下をくぐり抜けた。

 キュラスはブツブツと、あることを呟きながら、足元にたどり着く。

 手に持つ炎の柱を、神官服の男の足元を支えている鉄触手に叩きつけた。


「また地面に潜りましたかぁ、芸が無……なぁっ!?」


 足元の触手が熱の爆発で横に跳ね除けられると、神官服の男は真っ直ぐ落下する。

 即座に、彼の視線は自らの足元に向く。キュラスが炎の柱を掲げている姿が見えたのだろう。

 神官服の男は、落下しながらもキュラスに手を向けてきた。


「【魔法消去(まほうしょうきょ)】! ひひ、残念、言ったでしょう! ワタシに攻撃は届かな── 」


 男の手から発せられた波動が、キュラスの炎の魔法を消し去ってすぐ、彼女は笑みを浮かべて、自身の後ろに隠していたもう一方の手を前に出した。

 そこに垂れ下がる呪文鎖を見て、男の目が見開かれる。


「【炭追(すみお)い】。じゃ、顔面いこうかぁ!」


 キュラスの呪文鎖が砕け、炎の柱が生まれるとほぼ同時に振るった拳が、落下中の神官服の男の顔面に叩きつけられた。

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