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金と鋼の強襲

 キュラスは、イナバと並んで第四階層を歩いていた。

 一歩歩くたびに、キュラス達の足元から靴と地面の擦れる”音が聞こえる”。

 口の中に水を含んだキュラスは、道の端に血の混じったそれを吐き捨てて、口元を拭いた。


「…………よし、大体喋れるようになったよ」

「無理はしないでくれ、口内の傷が開いてしまう」

「はっ、大丈夫さ。それよりアンタ……ゴブファッ!!」

「言わんこっちゃない!」


 イナバが《(ハイドラ)》の魔法を唱えて、キュラスが口に含む水を作る。

 何度か口内を洗って、血が止まってきた頃。

 キュラスは小声で言った。


「癪だけどさ、助かったよ、イナバ。アンタが止めてくれなきゃ、アタシは()()()()()()()()()()()()()()()からね」


 それこそが、この迷宮における、”神器の罠”の正体。

 鐘の音がなってからしばらくの間、音は、同座標への斬撃に変換される。

 一定値以下の大きさの音は斬撃が発生しないが、時間が経過するごとにその”一定値”の基準は下がっていく。その一定値をどれだけ上回っているかに比例して斬撃の威力も向上するため、同じような大きさの音でも時間の経過具合に応じて切断の深さが変わる。


 これこそ、キュラス達があれ以降、何度か鐘の音による無音の時間を越えた結果、導き出した結論だ。


 分かってみれば、大した罠じゃない。要は鐘の音を聞いたら、効果が終わるまでじっとしてればいいのだ。

 何なら歩いても問題ない。小さな音を鳴らしてしまったくらいなら、一拍遅れて発生した小さな斬撃を動いて避けることもできるのだから。

 おまけに、起動の間隔も一定。理不尽を叩きつけてくるという神器の罠としては、あまりにも易しいものだ。


「よく、アンタ気がついたね」

「ああ、走っていく君を呼び、手を伸ばしてすぐに、唇が切れて籠手の中が痒くなった。籠手の中を確認したら、内側や肌に細かい傷がついていたんだ。迷宮の罠による影響だとすぐに分かった。条件は”移動”か、”音”か…………大きく移動した君が無事で、落とした籠手が真っ二つに斬れたことから、後者だと判断した」

「それで気づけたのはすごいね。頼りになる雇い主サマだ。……”この”冒険者達は、体が細切れにされても気がついてなかったってのにね」


 キュラスが自身のポケットを軽く叩くと、金属音が鳴った。

 そこに入っているのは、キュラスの目の前で、音に襲われて亡くなった冒険者達の身分証、冒険者証の破片である。組合に渡せば、後で遺体を回収する際の手がかりになる他、最悪遺体が無くなっていた場合にはそれらを埋めて彼らの墓にしてくれるのだ。


「律儀に回収するとは、君は優しいな」

「だからその『優しい』はやめておくれよ。ちょっぴり責任を感じててね、その発散のためさ」

「地図のことなら、君が責任を感じる必要はないだろう。……むしろ、俺が、恥じるべきだ」

「なに、アンタも責任感じる? なら、渡しとくよ」

 

 キュラスはポケットに手を突っ込むと、2枚の金属片を取り出して、イナバに手渡した。


「そいつを上に運んで、アンタもやな気持ちはすっきりチャラにしときな。この話はそれで終わりさ」

「……本当に君は優しいな」

「ちゃんと話聴いてた?」


 キュラスは眉間に皺を寄せて、ほのかに青筋を浮かべる。

 こいつは、ろくに考えずに優しいって言っておけば、誰もが喜ぶと思ってるのだろうか。そんな風に考えながら、キュラスは口の中の傷をペロリと舐めて、イナバに尋ねた。


「まぁ、いいよ。それより、警戒は疎かになってないよね」

「しっかり見ている。罠の起動板は見当たらない」

「そうかい。よぉく探すんだよ。特に落とし穴は見逃さないようにね」

「了解した。…………落とし穴から落ちての経路短縮は、なるべくしたくないが」


 キュラスが地図を書くことに意識の比重を置き、イナバが周囲の警戒を行う。役割分担のおかげで、2人の歩みは早い。


 2人が目指しているのはこの階層の中心部付近だ。階段や、落とし穴をそこで見つけられれば、最下層中心にある神器が置かれた台座まですぐに行ける。


 台座から神器を取り外せば、迷宮は多くの機能を失う。神器の罠が止まり、壊せない地面や壁は壊せるようになる。

 神器さえ取得できれば、あとは適度に壁を壊して、上層への階段を見つけて、そのまま悠々と帰るだけで済むのだ。


「イナバ、そろそろこの階の中心だよ、そこ曲がった先だね」

「了解だ。……!」


 先を進むイナバが、曲がり角の先を見た途端歩みを止めた。

 困惑している様子の彼の表情に、キュラスは鋭く言葉を飛ばす。


「罠?」

「違う。いや、違うとも言えないのか? とりあえず、君も見てくれ」


 キュラスは訝しげに曲がり角の先を覗き込む。


 ……瞬間、彼女の目が輝いた。


「おお……!!」


 部屋と言っていい、中規模な空間。その中央に、大きな鐘楼と鐘があった。

 キュラスの視線が釘付けになっているのは、中央の鐘だ。もっと言うなら、それの材質である。


 光が沈むような光沢感。

 瞳で感じ取れる″重さ″。

 汚されぬ強さと、まっさらな輝きを併せ持つそれは────


「──もしかして、純金かいっ!?」


 人よりも大きなサイズのその鐘は、金色の光を放っていた。キュラスは思わず足が前に進む。

 彼女の肩が強く掴まれた。

 その手の主は当然イナバだ。


「なっ。ま、待つんだ、キュラス」

「ちょっ、なんで止めるんだい! もうあれがあれば神器なんていらないじゃないか! 持って帰って売ればどれほどのお金になるとっ!」

「落ち着け、落ち着くんだ。さっきから聞いてる鐘の音を忘れたのか! あれは十中八九、罠の本体だろう!」


 キュラスが自身の肩に置かれた手を払うと、今度は両脇を抱えて持ち上げられた。

 焦った様子のイナバの声が、浮いてジタバタする彼女に届く。


「なおさら持っていって無力化するのがいいじゃないか!みんな助かって、私は儲かるッ!素晴らしさの相乗効果だよッ! (かね)ェ! (かね)ェェ!! (かね)ぇえッ!!!」

「いや、不用意に近づくべきじゃ無いと……ああ、だめだ、まるで聞いていないッ!」


 2人がそんな風にバタバタとしていると、突然、金色の大鐘が動き出した。

 ひとりでに揺れ出して、ゴゥーン、ゴゥーンと聞き覚えのある音が鳴る。至近距離で聞くと、身体の内側まで響くような爆音だ。

 

 2人は慌てて自分の耳を塞いで、そして、キュラスは正気を取り戻したように、瞳の過剰な輝きを消し去り、鋭く言った。


「イナバっ、(さが)りなっ!」

「な、っ」


 キュラスは全身でイナバに強烈な肘打ちを叩き込み、自分たちが来た道、物陰となる曲がり角に彼を自分ごと押し込んだ。

 イナバの手から取り落とされたランタンのみが、その場に残る。


 途端、うるさかった鐘の音は止み、ランタンが地面に落下しても何も鳴らない。

 一拍遅れて、ランタンに無数の斬撃が浴びせかけられ、ランタンは粉砕された。


 音が奪われた世界の物陰で、2人はアイコンタクトを取る。


(やっぱり、あの鐘の音自体でも斬撃は発生するみたいだね。気がついたアタシに感謝しなよ)

(ああ、助かっ……いや、君が前に出なければそもそも死にかけなかったのだが)


 言葉には出さずに、自信満々な表情と、口の端を下げた何か言いたげな表情のみで会話する2人。

 2人は揃って粉々のランタンの方を見た。それに斬撃が浴びせられ続けている限りは、この物陰からでない方が良いだろう。


 そこで、突然予想外の出来事が起きた。

 粉々になったランタンが、青い粒子状の光を発し始める。2人は突然の出来事に、揃って目を丸くした。


 青い光は次々に空気の中へと消えてゆき、光が止んだ頃には、その場にランタンの破片もなにも残っていなかった。


 ……しばらくして、音が戻ってきたころ。

 キュラスが口を開いた。


「何、今のは。アンタのランタンが変なことになってたわ」

「神器の罠のせいか……? いや、まさか」


 イナバは鞘にくくりつけていた紙を手に取ると、それを思い切り破いた。

 キュラスはその紙に書かれたものを見る。それは、彼が持っていた、キュラスの地図の模倣品であった。


 神官服の男によって作られたその地図は、同じように青い粒子状の光を飛ばしながら、消滅した。


「……なるほどね。件の資金提供者サマの『複製』の力の影響ってわけね」

「どうやら彼が複製した物は壊れるとこうやって消えるようだな。あのランタンも、思い返せば複製品の方を渡されていた」

「そう……ま、どうでもいいね。今問題なのは」


 キュラスは、金色の鐘の方に素早く走っていった。

 背後から静止の声が聞こえた気がしたが、無視して鐘に触れ、鐘楼の表面も確認する。

 音の発生源であるこれ自身も、斬撃をくらっただろうに、確認できる範囲には細かい傷の一つもない。

 彼女は舌打ちした。


「ちっ、地面とかと同じく、壊すにゃ神器を回収しないとだめそうだねぇ。ま、走破後のお宝ちゃんが増えたって思えば良いか」

「キュラス」


 キュラスは背後に振り返った。困ったような顔で、イナバが佇んでいる。


「なんというか、君はもう少し落ち着きを持った方が良い。非常に危なっかしい」

「あら、悪いね。雇い主サマを不安にさせちゃって」

「仲間として、君の身を真剣に案じている」


 イナバが真面目くさった表情で言ったその言葉に、キュラスは肩を持ち上げる。

 目を、この金の鐘の部屋の出口となる道に向けて、彼と視線を合わせずに答えた。


「何人口説いてきたのか知らないけど、そんな歯の浮く言葉はもうちょっと”育ちのいい”女に向けるべきだね」

「確かに君の背は小さいが……」

「育ってきた環境の話だよ! ぶっ殺すよ!!」

「すまない」


 一度だけ憤怒の表情をイナバに向けて、キュラスは正面に顔を戻し、ツカツカと大股で、道の1つに歩いてゆく。

 灯りとなる火柱の魔法を持つ彼女の後ろを、イナバは追っていきながら、もう一つだけ尋ねた。


「君が、お金をやけに欲しがるのも、その”環境”のせいなのか?」

「……アンタがお姉さんの薬を買うために金欲しがってるのとおんなじさ。アタシもやりたいことがあるんだよ」

「それは一体────」

「無駄話はここまでさ」


 キュラスが火柱を掲げると、そこにあったのは下の階への階段だ。


「幸運だね。降りたらすぐのところに、神器があるよ。とはいえ、階段で転けて死んだら馬鹿だから、ランタンが無くなったならアンタも《(イグニ)》の魔法で灯りを確保しな」

「…………分かった。準備する」


◆◆◆◆


 イナバの用意した灯は、すぐにお役御免になった。

 そのドーム状の大部屋は、壁面と床に無数の発光する結晶が敷かれており、天井付近を除き非常に明るくなっていたからだ。

 イナバも、キュラスも、自身の《(イグニ)》の魔法を消し去りながら、その部屋の中央に目を向けた。


「ついに見つけたね」

「あれが、そうか」


 部屋の中央、真っ白な台座の上に、金色のハンドベルが置かれている。それが、この迷宮の神器なのだろう。

 ゴールを目の前にして、キュラスの胸中に感慨深さが染み渡る。


 この迷宮に潜り始めてから、約一月。

 そして、5歳のころから15年ほど冒険者をしてきて、初めて迷宮を攻略したのだ。

 じんと、感動を覚えて……そしてすぐに、上の階層の金ピカの大鐘のことを思い出した。

 感動を振り切って、キュラスは金欲に胸躍らせる。


「じゃ、あれを台座から外すよ。そんで、上の鐘も持って帰るのさ!」


 わくわくとした気持ちでキュラスが前に出ると、彼女たちの背後から、イナバのものでない、男性の声が聞こえた。

 

「おみごとですねぇ」


 キュラスとイナバの2人が素早く振り返ると、そこにいたのは神官服の男だった。

 彼は拍手をしながら、小さく頷いている。


「お二人で協力しているとは、思いませんでした。先を越されたのも意外ですねぇ、先ほど地図やランタンの反応が消えたのは上の階だったのに。この近くにも階段があったのですかぁ?」

「? アンタは────ッ!」


 キュラスとイナバは、素早く左右に跳んだ。

 キュラスの頭やイナバの足があった場所を、2本の平たい鉄の触手が通過する。

 鉄の触手が生えた柄を構えたまま、神官服の男は眉をひそませた。


「ふむ、一石()鳥とはいきませんかぁ。まぁ、金の鳥一羽で十分ですがね」

「何を、っ、しまった!」


 鉄の触手が素早く縮んでゆく。

 神官服の男の手元まで寄った、2本の触手の先端には、金色のハンドベルが挟み込まれていた。

 神官服の男は、鉄の触手が生えた剣を持つ方とは逆の、空いている方の手で神器を掴む。

 彼はその神器に頬擦りをして、恍惚とした表情を浮かべた。


「くふふぅ。神の道具ッ! 神器ぃッ! ようやく2つ目をこの手にッ! ふっ、ふふ。ああ、神の力を感じるぅ、素晴らしいぃぃぃ」


 ご満悦な様子の神官服の男。彼の眼中に、協力者であったはずのイナバの姿が映っていないことは明らかだ。

 キュラスは額に皺を寄せ、口角を片方だけ上げて、皮肉っぽくイナバに話しかける。


「やばい変態だね。攻撃までしてきたし、神器も奪われた。資金提供者って聞いてたけど、そうは見えないね。どういうこったい、イナバ」

「分からない……何故だ、約束が違うだろう!」


 イナバは、神官服の男を睨みつける。

 敵意を向けられてようやく、その男は口元の緩みを解き、イナバを視界に入れた。


 男は、嘲笑うように、両方の肩を持ち上げる。


「ああ、取引の件ですねぇ。貴方が矢面に立ってくだされば、ご家族の薬代払うと、確かに約束した覚えがありますぅ。でも、もっと良い方法が見つかったのですよぉ」

「良い方法だと?」

「ええ……神器を回収し、貴方を迷宮の中で殺し、最後に神器が無くなり壊せるようになった迷宮を倒壊させる。これでぇ、誰一人としてワタシが神器を手に入れたことを知る者はいなくなりますぅ。お金も払わなくて良い! どう、名案でしょう?」


 そう言ってケラケラと笑いだす神官服の男。

 イナバが歯噛みする様子を見て、キュラスも神官服の男がやったのと同様、両方の肩を持ち上げた。


「やられちまったね、イナバ。この神器に発情してる変態野郎は、奪われる危険性を減らすためだけに他人をぶっ殺せる真正糞野郎でもあるみたいだ。あんた、ヒトを見る目が無いね」

「くっ…………」

「…………発情とは、随分と失礼な物言いですねぇ。信仰ですよ。金金(かねかね)言ってばかりの、人の欲に塗れた貴方には分からない感情でしょうがね」


 キュラスはちらりと視線を神官服の男に向けて、すぐにイナバに戻した。鼻で笑いながら、彼女は言葉を続ける。


「おっと、失礼したねイナバ。コイツはヒトの欲を持ってるヤツには理解できないようなお考えを持った人外野郎らしい。アンタに無いのはヒトを見る目じゃなくて、モノを見る目だったよ、ハハッ……おっとぉ!」


 飛来してきた無数の鉄の触手を、キュラスは横へ飛んで避ける。

 伸びた触手が戻ってゆく先で、神官服の男は、憎々しげにキュラスを見ていた。


「癪に障る女だ。殺してやる」

「やる気だね。…………アタシとしちゃあ、アンタがイナバとの約束を反故にしてくれて良かったよ。資金提供者サマのままだと、煽るわけにも────はっ倒すわけにもいかなかったからね。やるよ、イナバ」

「ああ……俺はどこまでも愚かだ。手を汚すことを厭わない人間を、信じてしまった」


 キュラスがナイフを構えてすぐ、イナバも剣を抜く。

 片手に鉄触手の剣を、もう片方の手に金のハンドベルを持った神官服の男が、戦闘体勢に入った2人を見回す。


 視線の衝突で音が鳴りそうなほどに、それらの眼には敵意が込められていた。


「アタシの地図を盗み取った。その借りを返させてもらうよ、クソ野郎」

「やらなければならないことがあるんだ、君を倒して、地上に帰らせてもらう」

「命乞いでもなく、逃げるでもなく、ワタシに武器を向けるとは。力の差も分からないか。貴方方(あなたがた)にその命は勿体無い。死んで後悔しなさい」


 神官服の男の持つ触手の剣が、その8つの刀身を輝かせるとほぼ同時に、キュラスとイナバは動き出した。

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