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一番大事なのは結局金

 ステンドグラスから光が差し込んだ光が、礼拝堂の中へと降りていた。

 神様の視線に見違えるような、神秘的なその色づいた光は、礼拝堂で向かい合う女性2人から、一歩横にズレたところを照らしている。

 二人の女性のうち一方、痩せほそった女の子が、もう一方である修道服を着た女に尋ねた。


「ねぇ、ロキシニアさん。あたし生きててもいいのかな?」


 年齢は5歳ほどだろうか。彼女は傷だらけの肌を震わせ、火傷した手で自らの服の裾を掴み、うっすらと瞳を(うる)わせている。

 修道服を着た女は、戸惑う様子もなく頷いてくれた。


「ええ、もちろん」


 女の子には、優しく語られた肯定を、素直に受け入れることができなかった。

 青あざが浮かぶ頬を下に向けて、(うつむ)いた女の子は涙をこぼす。


「でも、あたしはおやをころしたんだよ。かみさまは、ゆるしてくれるの?」


 毎日が痛かった。苦しかった。

 その中で、逃れるための魔法(ちから)が偶然手に入った。

 後悔したのは、それを振るったあとだった。


 肉親を焼き殺したことへの後悔が、すべてが終わってから、ずっと彼女の身を焼き続けている。この後悔を「生きてていい」という言葉だけで無かったことにしていいはずがない。


 そう思い込む女の子に向けて、修道服の女は優しく語る。


「自衛のためなら、主もお許しになられます。貴方を許してないのは、貴女自身だけ。……辛かったんでしょう。許してあげましょう、ね?」


 修道服の女は屈んで、彼女の手を握ってくれた。

 親身になって語られた言葉に、しかし、女の子が顔を上げることはない。


 修道服の女は困ったように眉を下げて、少し間を開けて、言葉を続けた。


「キュラス、愛を知りましょう」


「……”あい”?」


「一緒に在りたいという気持ちのことですよ。愛されること、そして、愛することが今のあなたに一番必要なことです」


 女の子は顔を上げた。目尻を下げて、悲しそうな顔のまま、彼女は首を横に振る。


「でも、あたしにはもう、だれもいなくて────」


「私がいます。キュラス、これからは私が貴女を愛します」


 修道服の女は自分の胸に手を当てた。

 女の子は目を大きく開けて、瞳の奥に溜まってきている涙が溢れないように顔を上げ、唇をぎゅっと強く結んだ。


 修道服の女の浮かべていた(たおや)かな微笑(ほほえ)みが、歯がわずかに見えるような、親しみの篭った笑みに変わる。

 修道女らしくはないが、母のような笑みだ。


「貴女が大好きですよ。今は受け身の愛でいいのです。だから、どうか、胸を張って生きてください。生きてさえいれば、いつか貴女も誰かを愛して、この人と一緒に生きたいなって、自分から思えるようになりますから」

「ロキシニア、さん」


 真正面から伝えられたその気持ちは女の子の────キュラスの心を救っていた。

 一人じゃ持ち上げられない悲しみを、その言葉は一緒に持ってくれた気がした。


 キュラスの瞳から冷たい悲嘆の気持ちが、大きな粒となって流れ落ちていく。

 温かいものが目の奥から溢れてくるのを感じながら、彼女は思った。


 今はまだ、自分がこんなこと口にしていいのか、分からないけど。

 愛してるって、必ず言おう。


 目の前のロキシニアさんに。

 これから自分に手を差し伸べてくれる、すべての人に。

 自分の力になってくれる、全部の物に。


 胸を張って、言うんだ。












「愛してるよォーーっ!! (かね)ッッッ!」


 一人の女の叫びが、建物の中でこだました。

 周囲の人々──″冒険者″達は話を止めて、視線を彼女へと集める。


 集まった視線はすぐに離れて、話が再開されたようで、賑やかな空気感が戻ってくる。冒険者達のその淡白な対応を見るに、どうやら、その場のほとんどの者が、彼女のその奇行を見慣れているようだ。


 叫んだ女性の正面、カウンター席に座る女が、口を真横に引き(しぼ)った苦々しい表情を浮かべた。


「……”冒険者組合”内では、お静かにお願いします。キュラス様」

 

 そう言われた女、キュラスはパンパンに膨らんだ自身の財布に頬擦りしながらも、口角を真上に上げた。その笑みは彼女の内にある猛獣を露わにしていた。差し出された生肉に果敢に飛びつく、猫のような印象だ。


 赤い短髪、釣り気味の目、金色の瞳、褐色の肌をした彼女は、それらのパーツから推測するに、平時はおそらくもっととげとげしい雰囲気を身にまとってあるのであろう。

 だが、お金がたっぷり入った財布を前にした今は、柔らかな雰囲気をその表情に醸し出していた。


 受付の女性に対して、キュラスは気安く口を開く。


「無粋なこと言うね。アタシ、愛は声に出して伝えたい派なのさ。そっちのが気持ちがこもるだろ」

「……帰ってからお伝えください。ここでは、周りの人への迷惑です」


 キュラスは、笑みをそのままに眼を細めた。

 受付嬢の言葉を否定するため、首を思いっきり横に振る。


「帰るまで待ってたら落ち着いちまうよ! 今まさに沸る熱いこの気持ち、すぐに伝えなきゃ後悔するに決まってるさね」

「……貴方の語る理屈はよく分かりません」


 会話を諦めたように、ため息をつく受付嬢。

 そんな反応をされると思ってなかったキュラスは、笑みを緩めて財布から頬を離し、気安く受付嬢の肩を叩く。

 両手を合わせて──両手の間に、財布を挟んで、わずかな笑みを携えたまま謝罪する。


「すまないね、アタシが喜びたかっただけで、アンタを困らせるつもりはなかったよ。さっきので満足したし、すぐ帰るさ。また魔物の諸々持ってくるからいっぱいお金ちゃんちょうだいなっ!」

「……またのお越しを」


 キュラスは上機嫌な様子で扉を開き、冒険者組合から外に出た。


 冒険者組合はこの街で最も高い所にある。ゆえに、扉を開けてまず前方に見えるのは下り坂だ。

 真っ直ぐ降りていけば、何軒か飲食店がある。もうすぐお昼時、彼女もお腹が空いていた。


 彼女はそのまま足早に目の前の坂道を下っていこうとして、ふと思った。


「そうだ。本格的に、”あれ”の入手が視野に入ってきた頃だし、宣言しとこうかね」


 彼女は、道を下らず、道の端に歩を進めた。

 道の端、崖の縁になっているその場所から見下ろすと、彼女の瞳に町の全景が映った。


 石造りの建物と、急造したのが丸わかりの掘建(ほったて)小屋、開けた場所に張られたテント群、それらで構成されたこの小さな町には観光資源となりそうなものは何もない。

 町の内側に限った場合は、だが。


 キュラスは視線を遠くに向ける。大きな穴が一つ、町の外に空いていた。

 

 二ヶ月前に出現した迷宮(めいきゅう)と呼ばれるその穴は、キュラス達”冒険者”が(こぞ)って向かう場所であった。


 冒険者ごとに、その穴に向かう理由は異なる。

 ある者は未知と出会う喜びを求めて。

 ある者は内部に集まる魔物を狩って、日銭を稼ぐため。

 ある者は…………迷宮の最奥にある秘宝、神が作った道具とされる”神器”を手に入れるため。


「アタシは神器を手に入れて、たくさんのお金に換える。それでアタシは────」


 片手に財布の重さを感じながら、キュラスは昔を思い出していた。

 15年前、自分がまだ5歳の子供だった頃、教会に保護されて傷心だった自分に親身に接してくれた修道女、ロキシニアのことを。


 …………キュラスに対して愛がどうこう言った翌日、教会の金を盗んで逃げようとした所を捕まり、醜い姿を晒した女のことを。


『うヒィぃぃ! なんて目で私を見るんですかガキどもぉ!! 所詮世の中金なんですよ金ぇ! 綺麗ごとに喜んで飛びつく貴方達には分からないんですかっ!? 私が正しいんです! だから蔑むなぁ!!』


 神父様と子供達の前に、縄で縛られた状態で転がり、鼻水と涙を流して歯茎を露わにしてビッタンビッタン地面を跳ねる彼女の姿をキュラスは今でも覚えている。


『豪遊したかった! 美味いもの食べて、美形を(はべ)らしたかった! なぜこんなことに!! 畜生! 畜生、畜生!あ゛あ゛あ゛!!』


 あの日キュラスは学んだのだ。

 愛というものの軽さと、金の魔力を。


 街を見下ろす彼女は迷宮の穴に顔を向けたまま、片手に持った財布を迷宮と重ねる。

 そして、ここにいない誰かに対して、言った。

 

「────アタシは、贅沢に暮らしてみせるよ。美味いもん食って、(つら)のいい男も連れて。アンタの望んだもんをアタシが代わりに手に入れてやるよ。正々堂々とした手段でね」


 真剣な瞳から出る視線で、彼女は財布と迷宮を貫く。

 誰も頼れる相手がいない中で、(それ)だけが彼女の拠り所だ。

 熱がないはずの財布の中の硬貨から、温かい何かが伝わってくるような気がして……キュラスは、ハッ、と笑って、その財布を懐にしまった。


「.…………ちょっと自分に酔いすぎたね。目標金額まで丁度貯まったからかね? ま、言った分は頑張るとしようか」


 キュラスは振り返って、坂道を降りていった。

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