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死の商人


 旅の中で少し北西方向に移動して中継の街で休んでから東方向に上がると軍が駐留していて、ウザ絡みされる。東軍は何故か少しテンションが高く、目が血走っている。

 飛龍と対峙するストレスからの行動だ。誰しも戦場になるかも知れない緊張感と闘いながら過ごしているとおかしくなって行くのだ。

 故に南軍が多い南よりの街を移動して東門へは大きな道が通っていない商業ルートを使って移動して行く予定だった。こちら側の商業ルートは閑散としていて、賑わいの無い道になっていた。


 ルーセント達は馬車が無いのを幸いと道を急いで、暗くなるまで走って貰った。メイは夜目が効くので滅多な事故にはならない確信があった。


 そのメイが足を止めてキョロキョロとし出す。何事かとルーセントは声をかけた。


「どうしたメイ」

「ぐるるるる」

「何かいるのか? ミルカは何か感じるか」

「うーん。足元は無さそう……メイ?」

「ぐるる」


 喉を鳴らすメイを宥めて、二人で耳を澄ます。

 夜の風に紛れて、風切り音がした。


「――……グォ――!!」


 重く。荒れる風、そんな音が聞こえる。それに紛れて紛れもない竜の咆哮が響いた。


「……飛龍!? ここは王都近くだぞ……!」

「ま、まずいんじゃない? 誰か、襲われてるの……?」

「荷物は捨てる! メイ、方向はわかるか!?」

「グォゥ」

「行くぞミルカ!」

「う、うん!」


 二人でミルカの背に乗って走り出す。

 王都の隣にある村が燃え盛っているのが見え、ルーセント達はその光目掛けて真っ直ぐに急いだ。




 人生の終わりはあっけなくくる。

 期待してなかった。バイヤーにそれを運んだ。

 バイヤー達はそれを受け取ると明らかに端金をシバに投げつけた。


「話が違う!!」

「いいや、契約通り、お前の所持金の十倍だぜ?」


 何を言おうと無駄で、裏通りに蹴り出された。薄寒い人の居ない夜だ。村だからと言うのもあるが飛龍騒動のせいで夜間は誰も居なかった。

 泣き寝入りする他ない。涙すら出てこない。ふらふらと馬様へと戻る。愛馬も売ってしまわなければならない。全部無くなる――。


 そして、最悪は重なる。


 風が強いと思った。


 月が雲に隠れ、真っ暗になる。


 月にすら見捨てられたのか。


 強い風に空を見上げて――それと、目が合った。




『――ドラ、ゴン』



 竜は口を開けて空を滑空して来ていた。


 走馬灯が見えた。

 気づいた時には両親は居なかった。

 体が小さくてずっと虐められてきた。

 計算が早くて、それだけを頼りに生きて来た。

 商人の道で何を言われようと我武者羅に頑張った。

 一人前と認められて販路の一つでやって行けるようになった。

 皆んなもそうだと思ってた。

 そう、落ちて行く人間に構っている暇は無くて。

 自分の利益を守るので精一杯の小さな商人。


 四国に大店を建ててやるなんて、皆に笑われた。


 きっと出来るなんて言ってくれたのはあの二人だけだった――。


『わ、あああああああああ、ぁああああああ!!』


 脇道だったが、更に小道に飛び込んだ。

 叫びながら、とにかく逃げた。建物が吹き飛んで何処からか火の手が上がって燃え上がる。


「何だ!? りゅ、竜だ!! 建物の中に逃げろ!!

 荷物はいい!

 とにかく建物に逃げろぉぉぉ!」


 悲鳴と轟音が村を支配する。

 ドロドロになりながら裏道を抜けて空を振り返る。

 竜の旋回する風切り音と鳴き声が聞こえた。


 逃げなければ、と恐怖から足を動かす。

 竜は執念深い事を彼女は知らない。


「な、なんで、こっちに、来るの!?」


 獲物を逃した竜はその後ろ姿に再び襲いかかる。

 死ぬ、死ぬ、死ぬ、死ぬ――!


「は、はぁ、た、助けて、下さい、誰かぁ――!!」






 お前の父さんは凄かった。よく聞いた言葉だ。

 見たこともない人に尊敬は抱きづらい。

 ルーセントには期待だけ大きく集まって何だか気持ち悪い気がした。


「騎士とは、弱気を助け強きを挫く者!」

「騎士とは、正義を貫く者」

「騎士とは――」


 先輩達はそれぞれの天秤を正義に傾け、強く逞しく有る。

 忠誠を違う領主に。守りたい家族に。そう誓う者もいる。


「お前にとっての騎士道で良い」


 騎士マーカスはルーセントの肩を叩いた。教育している見習い達は目を輝かせていた。その中で一人、地を見たルーセントに諭す。

 マーカスは教育熱心だった。困り事は放置せず、皆と笑い合う為にする苦労は惜しんではいけないと背中で示す人間だった。


「お前はお前だ。ここにいる誰も、自分の騎士道を胸を張って成せるように成りなれ。


 私の騎士道は共に歩む事――」


 あり方としては彼に憧れたのだと思う。ルーセントは彼に従い真面目に学んだ。





「跳べ――メイ!!」


 飛龍の質量では急上昇は出来ない。

 目の前に倒れた誰かを飛び越えて最高速で飛龍に飛び掛かる。足の爪で切り掛かって、それを避けられていた。

 しかしそれと同時にルーセントはロープを巻き付ける。メイと繋がっていて複雑に羽に絡みついた。


 こうなってしまっては飛龍は飛び上がらず暴れるだけだ。大きさ的に人間や大きくても鹿や牛が持ち上げられるのがせいぜいだ。しかも鹿や牛の場合そこまで遠くに行けない事も多い。

 しかしこのまま地竜に組みつかせてもあまり勝ち目はない。噛み合っているとお互いに傷つくし、上を取れる方が体勢有利になりやすい。


 しかしここには騎竜と騎士。

 竜退治に必要なモノは力の使い方と連携だ。それを騎竜はよく分かっていたし、幼い頃から信頼しているその男とならば倒せると確信していた。


「引け!!」


 ドン、と後ろへと竜が跳ぶ。すると飛竜は完全にバランスを崩して地面へと着地する。しかし綱の引き合いをしてもロープが千切れるだけだ。


「かかれ!! 払え!!」


 真っ直ぐに飛び掛かるのではなく、飛び掛かるフリで相手を前のめりにさせて、尻尾でぶっ叩く。地竜の尻尾は太いので、かなりの衝撃でこけた。

 こうなったら地竜の独壇場だ。まずは右羽を砕く。執拗な程踏みつけ喉を足で斬りつける。メイは暴れる飛竜に巻き込まれないように跳び退いた。起き上がると、姿勢を低くして走り出す。

 叫ぼうとするが、飛竜は血を吐いた。

 突っ込んできたルーセントの槍が喉に刺さり、突き抜ける。刃が広めのハルバートのような槍の為、竜の首が落ちた。生命力が高いと有名な竜でも、首が落ちれば程なく死んだ。

 ルーセントは赤く染まった装備を拭わず竜を睨む。その竜が動き出すことはなかった。




「大丈夫!? あ、あれ!? シバちゃん!?」


 竜の背から降りたミルカは倒れている女性に駆け寄る。子供なのだろうと駆け寄った彼女は汚れているが見覚えのある髪色で、起こした顔を見て彼女と確信した。


「……あ……え? 竜は……?」

「もう居ない、大丈夫だよ!」

「ゲホッ、え、ミ、ミルカ? 何で、あ、危ないよ?」

「もう大丈夫! 怖かったね、シバちゃん!」


 残心を終えて、寄り添う。竜退治の為灰騎士装備になった。この装備の時はなるべく話さない。

 どうやらギリギリ間に合ったらしい。助かった友人に安堵して声をかけだ。


「大丈夫か?」

「あ――はい」


 その返事に納得して頷く。くぐもった声で誰かは分からなかった。それでもドキリと心臓を掴まれたかのような気持ちになった。村の方からまた悲鳴が上がる。


「――メイ!」

「――センカ!」

「ここで待っていろ!」


 再び地竜メイに跨り、駆け出す。ミルカは声を掛けたが、流石に連れては行かない。その背中をシバは呆然とした目で見送った。


 センカの先には惨状が広がっていた。建物に燃え広がる中で上空をクルクルと竜が旋回している。


「グァ」

「ん、何かまずいか」

「グォ」

「分かった、移動してくれ」


 簡単な意思疎通は騎士にしか出来ない。ミルカだと戯れて遊ぶのが精々と言ったところで、ルーセントの言うかとしか聞かないのだった。

 メイは真っ直ぐ向かって行ったのを左側に迂回する。風上方向に回り込んで再び現場に近づく。


 何か匂いがする。メイやミルカの様に嗅覚はすぐれない一般的ないし嗅覚だがすぐにその匂いの正体に気付いた。その薬品は冴えた状態を持続し気付薬として使われていた。しかし、戦場で長く使用したりすると禁断症状になり、異様に薬を求めて経済破綻したり、暴力的になったりする。戦場で命を賭けたのに終わり方が悲惨で、何も幸せにならない結果になると禁止された薬だ。玉蜀黍(とうもろこし)を甘く煮詰めて焦がしたような匂いがする。その匂いが充満していた。


 風上に離れて持っていたハンカチとタオルを口に当てて巻き直して、槍を持って戻る。ポツポツと雨が降り出した。


 飛竜はどんどん高度を下げて来て酔ったように燃え上がる建物に突っ込んだ。それに飛びかかって首を斬り落とす。

 あっけなく終わったが、これは薬に酔ってしまだだからだろう。雨足は強まって炎も鎮火して行った。

 匂いに炙り出された薬の常習犯をそのまま鎮圧開始した。センカは右手をへし折って行った。




 南領に逃げた者達の報告を聞いて、翌日にはヨードル軍が訪れて竜の頭と体を回収し、首都に運ぶ事になった。

 そして、センカとして働いたルーセントは鎮火を確認して、残った人々を家に戻し、空いていた家を借り汚れを落とした。

 短時間休み、再び片付けを始めた。

 そして朝に訪れた南軍と合流して聴取に応じていた。


「う、うぅ、あたし、知ってるんです!

 そいつら酷くて、あたしのお金脅して巻き上げて、生きたいなら荷物を運べって脅してきて!

 ここに運ばされて、でもお金も返してもらえないまま、暴力を振るわれて捨てられて……!」

「酷い! ホント酷い!!

 シドちゃんみたいな真面目な子を利用するなんて!」


 シドは全力で涙を流した。傷が見える様に袖をまくり、騎士の前で少女を演じた。

 ボロボロの少女に抱きつくミルカも泣いてしまう。あまり感情的になり過ぎても聴取の手を止めてしまうだけだ。程々で涙を拭いて自分より泣いてしまいそうなミルカをやんわりと押し退ける。


「うぅ、大丈夫……全部、話します」

「頼む。詳細が分かればすぐに調べられる」

「あたしも協力させて下さい!

 あたしが、協力させられたのは南領アルルカの町で。

 ここにいる商人が主犯です。この竜退治がしれてしまうと逃げられてしまうかも知れません!」


 自分が捕まってしまうとしても、奴だけは道連れにする。

 怒りと恨みの行動ではあったが、騎士センカはウルウルとするミルカにじっと見られて少し唸った。


「……ヨードル殿。彼女を連れて騎士隊で違法薬品の現場を押さえに行きたい。

 少数、足が速い者を貸してもらえるか。ここは任せたい」

「わかった。副隊長を貸そう。竜の搬送は任せてくれ」


 ここに残るのはヨードルが良いという判断は東寄りの領土だからだ。戦果だけ持ち逃げされるのを防ぐのはヨードル指揮下の軍が必要だ。

 遊騎士はこういった際に動く事が最優先になる。最速検挙に向けて三名の騎士と見習い五名で出発した。




 それは晴れた日に気分よく金を数えている時間だった。店先から悲鳴が聞こえてきた。


「おいおい聞いてないぞ!」

「被害者から報告は上がっている!

 店内の人間は全て拘束!

 事情聴取に協力してもらう!!」

「センカ殿! 地下室発見しました!」

「突入!」


 地下室では怒号と暴れる音が響く。まだ飛竜に時間を割いている筈では無かったか。まだ稼ぐ為に次の拠点の用意が終わってこれから移動だったのになぜこのタイミングで来たのか商人にはその時分からなかった。


「店主抑えました! この男です!」

「コイツです! コイツが――!」

「シ、シバ……!!?」

「コイツが! 女の子に乱暴して! お金巻き上げて、殺そうとした男なんです!」

「シ、シバ貴様ァァ!!」

「ホントなんです!!

 この男の自室に、帳簿があるはずです!


 人身売買の帳簿が!!」


 頭を押さえつけられるそいつにチラリと視線を送って嘲笑う。薬の販売は釈放される可能性があった。これで終身刑に確定した様なものだ。

 シバは最も効果的にこの国騎士達を煽り、徹底的に調査させ等為にこの男の――いや、イズルーガ商人の秘密が明かした。


『き、貴様、貴様ああぁぁ!!』

『分かっとるよな?

 これ以上うちに喋らすとお前はこの世に居場所が無くなる。地獄で待っとれ、な?』


 そして彼は今崖の淵に立たされている。人身売買は即死刑、ではなく何度かに渡る拷問と販路の確認が行われる。

 そしてその販路がばれた場合、その販路と一族郎党は全てのイズルーガ人から排斥される存在になる。殆ど終わった様なものだったが、情報を売るとそのまま死刑。売らないと苦しんでその先で死ぬ。面会に来た商人達には自殺用の薬を渡される事になる。

 商人の人生ごと終わらせて、取られた金と契約書通り、所持金の十倍の金を徴収する。


「この契約書、履行して回収されます。

 まずは彼女の元々の荷物を回収致しました。彼女の帳簿と一致する金額です。

 騎士センカから協力料も出ていますのでこちらも納めていただき、彼女の財貨も宝石も相場から所持金に換算される事が認められます。


 その上での十倍となります」


 その商人の資産は差押で全額南軍預かりだったが、正当な報酬として契約を履行された。

 過去の友人を冷たく見送って、正当な報酬を受け取る。契約書には仕事の内容は荷運びとあり、回収済みのサインは貰ったものと引き換える。

 契約書を見て何を運んでいるかはわからなかったと言った。仕事としては正常で、その後の対応は騎士に協力的だった。彼女は不問を手に入れ――。


 イズルーガの死の商人シバと南を震撼させた。

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