灰騎士と赤鬼
「そうか、めでたい話にもうわけ無い。
灰騎士センカは廃業するかね?」
かっちり固められた金色の髪に銀の瞳。領主ナーゼリックはルーセントに語りかける。落ち着いた様子の応接室には三人分の紅茶と、ナーゼリックの背後には静かにマーカスが控えていた。
彼の言葉に薄金髪のルーセントが同じく灰の瞳で答えた。
「いえ、辞めません。陛下に会えるなら逆にチャンスかもしれません。ハルセントの足跡について聞ける機会になると思いますので」
「そうか。では引き続き頼む。
ミルカ殿、ルルジェが迷惑をかけたね」
「い、いえ! あの、ウチ全然迷惑なんて!
カッコいい伯父様に会えてよかったです!
ルーセントをありがとうございます!」
「ははは。面白い女性だね」
「面目御座いません」
「いや、褒めて居るんだよ本当に。君に足りないものを持って居る。
彼をしっかり支えてやってくれ。私にとっては彼は妹の忘形見だ。君の様な元気な子が側に居てくれるのはありがたい」
「えへへ!」
照れる婚約者のミルカは薄青の髪の頭を横に揺らして嬉しそうだ。
ナーゼリックの領主館は暖炉で温められた部屋での応接だった。
「結婚式に参加は難しそうだが、せめて祝いの品は送らせてくれ」
「ありがとうございます。
この仕事から戻ったら俺たち結婚します」
同じ様な事を言って戦場に行って帰って来なかった者達を思い出す。その様にならないとは思うが、そもそも二人揃っての旅だ。
質のいい服を着ている為若干テンションの高い婚約者。既製品だがここにくる前に見立ててもらって着るのも畏れ多いとなぜか脱ごうとして恥ずかしい気持ちになった。こういう服にも慣れてもらいたい事を説明すると頑張って着直してくれた。
髪の毛や顔なども到着してから一気に侍女達に処理されてサラサラの髪とツルツルの肌に自分で驚いていた。
上級貴族の家だ。流石に大体のものは用意してくれる。髪留めなどもガラス細工の綺麗なものをいただけるそうだ。こういう所が至らず気が利かない自分の事にルーセントは落胆していた。
せっかく北方の領主領に来たのだから偶には貴金属を颯爽と買い与える甲斐性くらい見せなくてはならない。
「さて、君達には話さねば。
赤鬼バーモットの事についてな」
「はい。お願いします」
「彼は東方領主の騎士から成り上がった傑物だ。南の暴竜ヨードル、東の赤鬼バーモット、西の賢者ヘルセン、北の英雄ハルセント。二十年前のムクルザードの黄金時代を築き上げた者達だよ」
騎士時代の飲み会の鉄板ネタ。そして観劇にもなっているくらいの有名な話だ。四人は切磋琢磨し成長した。
しかしハルセントの最後だけは誰も知らず観劇でも書き手の見せ場として扱われている。
「でもハルセントは南で裏切り者呼ばわりでしたよ」
「そう言っていたヨードル殿も顔は見てないそうだ。
私は偽物だと思っているよ。名前と鎧は幾らでも偽造できるからな」
ナーゼリックはかぶり振って二人に笑いかけた。簡単に汚していい功績では無いのだ。
「今回の赤鬼退治は彼の権威失墜を意味する。
バーモットはハルセントがいなくなってから発言力が増してきて、今や王城でも横暴だ。その彼が王の従兄弟を立てると息巻いて諸侯と準備を行なっている。
今の王には実績が無い。その手伝いが本件となる。詳しくは陛下の命令として賜るようにしてくれ」
成程、とルーセントは頷く。ナーゼリックは現王派だ。東西と南北で別れてしまっていて貴族世論は声の大きなバーモットに揺らされているのだろう。騎士センカに王命の仕事を頼むのは最強の遊騎士も操れる力を示すことにもなる。
「私も東の情報収集の手は回しておく。
神の山と死の森にハルセントの調査を出そう」
「神の山に近づく途中の、森の中にいた巨大ミミズみたいなのがいるのかも」
「そうですね。人を丸呑み出来る大きさのミミズでした。
大きさが幸いして、足元に何かいるのが分かりました。ああ言った化け物を相手する覚悟が必要かと」
化け物は動物を超えた存在だ。昔に比べると余り見かけなくなったそうだ。騎士隊では何度か討伐に出た事があるし、田舎にはラウダの町のように伝承として残っていたりもする。
今それらの化け物は人を脅かせる程の数は居ないとされる。あんなものにうろつかれてしまうと人は生活圏をかなり追い込まれるだろう。今の世を築いた遥か昔の勇者達はもっと荒れた世界を旅していた。
それも情報として考慮され、化け物は発見次第討伐に移るとナーゼリックは話す。どこか所属の騎士達が問題なく倒してくれるだろう。
次の日は領主領の街で早速買い物をしていた。ガラス細工が有名な街なのでちょうど良い。ルーセントは悩んでガラス細工の綺麗な店を見つけて二人で見入っていた。誰が良いかを聞いてみても彼女は悪いからいいと遠慮するのでルーセントの髪の色と同じ淡い金色の鳥ガラス細工のついた髪留めをプレゼントした。
甲冑鎧を着る時にも髪を纏めるので髪留めはいくらあっても困らないだろう。ルーセントも髪が長い時は結って短くする。
「余り高いものじゃ無くてすまないが、贈り物も慣れていこうと思う」
「ううん!! 全然嬉しい! ありがとう! 鳥さんキラキラだぁ!」
周りをぴょんぴょん跳ね回るのを騎竜のメイが鬱陶しそうに眺めて光に透かしている背中をツンツン鼻先でつついて彼女に背中にのるように促した。
騎竜はとても賢く、人の言葉を理解している。特に赤ん坊の頃から一緒だったメイはコレが仕事に行く途中なのだと理解して彼女を急かしているのだ。
ルーセントと共に乗って平坦な道を歩く。田舎ほど降り積もってない雪道は首都に向かうにつれて歩いやすくなっていた。
雪も無くなってきて、都の城が見えだす。高く作られた荘厳な城は高い城壁で囲まれた堅牢な城。
騎士センカに扮したミルカは遠くからも見上げる事になる城に感嘆した。
従騎士としてメイを引き、歩くルーセントは彼女に注意する。
「騎士センカなんだから、あまり田舎者みたいにはしゃがないでくれよ。城とか門とかいちいち見上げたり城でキョロキョロしない様にな」
「でも場所分かんないじゃん」
「基本的には俺か向こうの侍従達の案内に従って移動してくれ。もし俺が居ない時に聞かれたら「推参した。陛下に謁見願う」と短く言ってくれ」
「うん……わかった!」
「頼むぞホント。礼儀とか剣を持ってないと騎士じゃないとか言われたりするんだ。
形を整えるのも騎士なんだよ」
やり取りは基本的にルーセントが行う。これは通達、了承済みである。コレにはメリットがあってルーセントとセンカが結び付かない事でセンカの中身がハルセントでは無いかと言う憶測も良く出る。そう言った噂に本人が反応する事に期待しての話だ。
噂の的である事が重要であるので派手な勲功は全てセンカに持たせている。鎧の上に着る上着に勲章を付けて歩く。さながら将軍の様だが、特別勲章ばかりなので地位を示すものでは無い。
ルーセント自身にも何も評価が無いわけでは無い。元々ナーゼリックの甥であるし上役の覚えも良い。本人も真面目で同僚や新人とも仲は良好だ。ミルカがセンカとして立たせられている時の騎士働きは評価されている。騎士としても十分であった。
王城の門番に騎士センカの訪れを知らせるとすぐに城門を倒された。すぐに謁見があると待機となり、謁見室に倒された。
「騎士ルーセント、並びに騎士センカ参上致しました」
「面をあげよ」
センカとルーセントは顔を上げる。センカは甲冑鎧を着込んでいるが正装なので文句を言われる事はない。
陛下は綺麗な茶色の髪に口元に整えられた髭を蓄えた年若い王だ。ナーゼリックとそう歳は違わないだろう。
「騎士センカ、そしてルーセントよ。よくぞ来てくれた。
歓迎しよう。発言を許す」
「はい。ご配慮感謝致します」
発言を許可されてから話す。陛下の前では普通の事だ。
「灰騎士は喋らんのか。無礼者め」
この場には陛下の他にも参列している中央将軍の赤鬼バーモットと、南方の猛将暴竜ヨードルも参列していた。
鬼という化け物の赤角を誂えた黒鎧の男が吐き捨てる。反対側に立つヨードルは明らかにそのバーモットに対して嫌そうな顔をした。
喋るのを許されてないのに貴様が喋るなとヨードルは目で睨み付けるがそれに気付いた様子もない。
センカはぴくりとも動かなかった。多分興味が無いから早く終わらないかななどと思っているのだろう。
ここに来る前に騎士の礼などはルーセントが教えた。
動作的には問題ないはずだ。あと妙な胆力を発揮して堂々とするので有り難くはある。緊張という意味では叔父に会う時の方が無駄に緊張していた。向こうも叔父として会うのでとわざわざ含んでくれ、気負わない様にと気を回してくれていた。
「良い。ルーセントが主にやり取りをしているのは聞いておる」
「ふん。田舎者め。しかも裏切り者の息子とは」
ぴくりとセンカが動く。手で制して陛下を見つめたまま言葉を待つ。
「其方達に此度は竜退治に赴いて貰いたい」
「陛下。この様な田舎者にその様な大義は務まりません」
「黙れバーモット。陛下は彼等と話しておる」
ヨードルが止め、言葉の先がバーモットにならない様にする。
「竜退治、拝命致しました。騎士センカ、騎士ルーセントの名にかけて」
コレだけで良い。王命とは騎士に課せられた使命であるがそれを邪魔することは王に逆らう事である。
話を聞かない程度はなんとでも言い訳できる。王が若いとか。
東と南の将軍二人が居て、聞いてないなどは話が通らない。彼等はこれに協力する必要がある。
「聞いたな、バーモット、ヨードル」
「は!」
「……は」
この命令は最短距離で行われたものだ。経緯や質問を省いた王命である。
この王命は成すと王の名誉となり、また騎士には王から最大の栄誉を約束されるものだ。この王の元に灰の騎士あり、と喧伝される。
王と共に歴史に残る事が約束される。
王の歴史は国が別れても残り続ける。由緒正しさは最も原初の崇拝になるが故に歴史としての正しさが重要だ。
与えた王命と達成した騎士の名が残る。故に必ず成さねばならない。そういうものだ。
「では行くが良い。些細は後程使いをやる」
「必ずや成して見せます」
深く視線を下げ、立ち上がる。
踵を返した時に、センカの鎧から何かが転がり落ちた。
それはふと見えた色からきつい甲冑の中でガラスが取れてしまったのだろう。しゃがむのはキツそうな彼女には手で制してルーセントが寄って手を伸ばす。
バギィ、と薄金色の鳥は鉄の入った靴に踏み躙られる。ルーセントが顔を上げるとバーモットはそれを嘲笑って、鼻を鳴らした。なんと下らない男だ。
ルーセントはため息をついて立ち上がったが――。
「表に出ろ」
物凄く低いくぐもった声だった。とても不機嫌な時にしか聞こえない彼女の声でバーモットに挑発した。そのままのしのしと謁見室を出て行った。ザワザワと波紋が広がる中ルーセントはセンカを追った。
「クク、女々しい奴よ。貴様がその任に相応しくないと証明してやろう」
「馬鹿何やってんだ……!」
ヒソヒソと話しかけるが、ミルカはむっつり黙って居る。城門前の広い空間で仁王立ちしていた。
「王城で喧嘩なんて懲罰ものだぞ……!」
「……喧嘩はあっちが売った……!」
「買っても同罪なんだって……!」
「……絶対許さん……!」
鎧が軋むほど怒っている。
髪飾りはここに来るまで毎夜寝る前に見てニヤニヤするほど気に入っていた。本当は瞳の色がいいらしいが、灰だと味気ないと髪色で見繕ってくれたものだ。後で買い直すとかそう言う話じゃない。
ルーセントは焦っていた。中身はミルカだ。この戦いは切り捨てられる可能性もある。変わりの助太刀も彼女もバーモットも承知しないだろう。相手は歴戦の将軍だ。若い頃は赤鬼と言われるほど苛烈な戦いをしてきた猛者である。今でも新人達を圧倒し扱き倒し、束ねる強者なのだ。
適度なところで止めに入るくらいしか思いつかないまま、バーモットは現れた。
「全く。ハルセントの倅だけでも忌々しいのに灰騎士だと? 安物しか買えぬ田舎者め。化けの皮を剥がしてやる」
一緒に来たヨードルは肩をすくめる。
「貴様に騎士道は無い」
それだけを呟いて、身の丈半分ある大剣を放り投げた。
騎士の戦いは名乗りとをあげる。特に決闘なら重要だ。
しかしセンカは騎士道は無いとした。
ゆえに、見上げたその隙に目にも留まらぬ速さで走り寄って蹴り飛ばした。顔面に蹴り跡が付く程見事な両足での蹴り込みで一発で青天して気を失った。
空いた口が塞がらない、と言うふうに、ヨードルとルーセントはその光景をみる。彼が持っていた槍を踏み砕いて、くの字に曲げてしまうと振り返って落ちて来た剣を取って腰に戻す。今の瞬間は騎士じゃなかったのでセーフ。確かにそう言う話もしたけれど、そうじゃ無いぞとルーセントは白い目で思う。
「ッだははは!!
バーモットが、喧嘩に負けた!!!
ぐははは!!!」
ヨードルが爆笑するのと同時に城がざわめいて侍従達がバーモットを回収して治療する。
これで、東地区の協力は得られないだろう。空を仰いで顔を押さえた。
事の時代はヨードルより報告されてお叱りの言葉はあったが全体的にはすっきりした有難う的な文書が届いた。寛大な処置があり陛下の名で不問であった。センカは陛下の前では何も粗相はしてないからだ。
なんとか懲罰は免れた事にルーセントは深く安堵のため息をついた。