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ラウダの町

 シバは逃げようと思った。

 しかし、何処へ? そんな自分の心の声にかき消され足は動かなかった。村々に噂されて居るのはもう消すことは出来ない。商人は信頼が命。死んだも同然の商売道。同業者からも爪弾きにされている。同じ境遇の人間を見たらこの国での商売は諦めろと声をかけるだろう。

 何なら一緒にいたミルカの方が商人としては人気が出始めた。一旦彼女の名前で商売を始めると商品は飛ぶ様に売れたし仕入れも捗った。皆彼女の胸部に鼻を伸ばしていた様に思う。

 北国で育った彼女にはこの国は暑いらしい。薄着で胸元の開いた服を着ての商売や仕入れ。顔の良さは下心丸見えの年上達の心を掴んだ。

 それに二人の「一生懸命商売頑張ります!」と言う姿勢が片言の言葉でも通じてしまって居る。地頭がいいのだろう、簡単に言葉を教えただけでどんどん吸収されてしまい、宿を取ったり簡単な交渉をしたりはもう出来てしまっていた。

 シバは二人の陰で小さく座って居ることしかできなかった。逃げ出すよりも二人のそばにいた方が圧倒的に安全で会計役でも没頭すると辛い現実を忘れられる。数字は裏切らないし楽しいものだった。


「ふう! 俺も奥様方から日用品を頼まれて売ってきたぞ。

 日持ちする長米作ってるそうで後で仕入れさせてくれるんだ!」

「やるう! ウチらもいっぱい売ったもんね?」

「ぅ、うん、そうだね」


 ウチが何言われてるかわからないくせに! と思いつつ頷く。ミルカとは違ってシバには冷たい視線や遠くから指差しされる事になった。特に商人界隈には名前と顔が知れていた事が悪かった。同業者からの悪徳のレッテルは厳しかった。

 同業を使わない人から人への商売をする二人には今あまり関係ない。商品の事を興味深く見て、身振り手振りと簡単な言葉で会話して売れそうなものを買って行く。

 余り無理な売り物は買わないセンスは二人にもあるが、ちょっと冒険な買い物でもミルカの販売力で何でも売れる。それがズルいとシバは下唇を噛んだ。


 そして、田舎町のラウダに着いた。

 何処か牧歌的で、家と家の間が広く畑が多い。商人が来たと言うのは娯楽の一つらしく歓待を受けた。流石に田舎すぎてここまでは噂も来ておらずシバも安堵して歓待を受けた。

 日用品や塩を中心によく売れ、北国の陶器も大小よく売れた。町長は狩りも嗜むと弓を新調して誇らしげだった。


『ハルセントは何処だ?』

『ハルセント?』

『ここに、俺と同じ北方人、何処だ?』

『おい、誰か北方人を誰かみたか?』

『さあ、北方人っつったらひと月前に来た商人さんの奴隷だっけ? 脱走して行方知れずの。そんぐらいじゃない?』


 流石に長文は分からないとシバを見る。久々に生きた心地で食事を堪能していた彼女は上機嫌に通訳する。


「ひと月前に此処で逃げ出した王国人がいるんだって」

「そうなのか。『北方人何処行く?』」

『さあ、狩人が東の森の奥の方に行ったって言ってたよ。俺達ゃ奥には行かねえからあとは知らん。わざわざ奴隷を追ったりもしねぇからよ』

「東の森の奥だって。奴隷だから誰も気にしてないみたい」

「そうか『ありがとう』」


 少し考えてからルーセントは礼を言った。

 この男は行くんだろう。その目を見てため息をついて少し長い滞在になりそうだと村長に話すと、好きなだけいればいいと笑ってくれた。

 酔っ払いに絡まれたが笑顔でミルカが締め上げて彼女が強い事が知れるとズコズコと男どもは去って行った。去り際にも名残惜しそうに胸に視線をやっていた。死ねば良いのにとシバトラ村の女性達は男達を呪っておいた。何処で憶えたのか『旦那のものだ』と、言いながらルーセントに抱きついてルーセントは男達のやっかみの酒を食らっていたが返り討ちにしていた。


 あれでくっついてないとか本当にどうかしてる。去勢されたのかと疑いたくなるが彼女より他人なシバがしなだれ掛かると照れるのでそうではなさそうだ。ちょっと優越感に浸ると嫉妬した彼女に酒でダル絡みされて潰された。男達に手出しされることもなく宿代わりの空き家で目が覚めてやらせなくなる。


 翌日狩人に着いて森を歩かせてもらう。自然豊かで良い森だとルーセントが言うと狩人もしたり顔であった。細かにある野草や簡単に食べれる木の実を教えてもらいながら森を歩く。罠で一羽の鳥を仕留めて居たのを血抜きして捌いてこれは買い取らせてくれと交渉した。

 後日は長米を煮込んで油と塩と野菜で味をつけ鳥につめて焼いたものを狩人宅で頂く。肉汁を吸った長米が口の中で鳥の風味を爆発させ、四人で舌鼓をつ打って酒を飲んだ。


 狩人と仲良くなり、奴隷の行った森の奥について質問する。森の奥に行くと帰って来れないとは子供騙しだが、逸話は残って居る様でそれを話してくれた。


 かつて滅びに瀕した巨大な国があった。それは今の北国ムクルザード、南国イズルーガ、西国ボード、東国クルカルシアを含む大領土帝国アルクレシオ。古い国として各国の歴史として習うものだ。

 しかしその国が分割される直前世界が崩壊の危機に瀕した。その時に神が与えられた試練により世界を救う秘宝が与えられた。

 ムクルザードの氷の檻。イズルーガの神の山。ボードの竜の湖。クルカルシアの死の森。そしてアルクレシオの王の墓にそれぞれ宝玉があり、すべてを集めて願うと世界が救われた。

 そしてその神の山が森を抜けた先に見えて居る山でそこに救いを求めて行ったのではないかとの事だ。しかも大抵森に阻まれて帰ってくることになる。それは森の優しさなのだと狩人は語る。


 荒唐無稽な話になった。勿論狩人も御伽話の語り継ぎに過ぎないがと言って居る。

 森に阻まれると言うなら奴隷が戻って来ないのも話が通らない。恐らくそれも御伽話の一部だろう。

 話を気持ち良く聞いて、狩人宅を後にした。彼は奥には着いて来ないが、見送りはしようとルーセントにいっていた。


 翌日ルーセントが森歩きの準備を終えると、部屋の外には大剣を抱えたミルカが待っていた。笑顔には絶対について行くと言う意思しか無かった。二人で食料と水を用意してメイと共に早朝の森へと足を運んだ。


 森の空気は澄んでいて、二人は朝露の匂いを感じながらゆっくりと歩みを進めた。森歩きもできるしっかりとしたブーツを履いており、快適に歩みを進める。野生動物を投石で仕留める肩などを披露するが、血抜きや下拵えはルーセントが全部やって道中の食が少しよくなる。時々食べれる野草をたべたりしてそれで過ごしてみたりしてひたすら山をめざした。


 野犬に襲われもしたが、とある場所から森の中がしんとした。野鳥すらおらず、虫の羽音が偶に聞こえる程度。二人でおかしな感覚を味わっているとミルカがルーセントの肩を叩く。


「ルー、足下」

「ん。何か動いてるな」


 メイを止めて奥に進み二人で木に登って様子を見る。そのままだと何も起きなかったので、鍋を投げて大きな音を立ててみた。


 ドォ、森に揺れが走って鍋が土に飲み込まれた。そしてそこから寸胴な茶色い生物が現れる。


「でかいミミズだ……!」

「でっかいミミズ……! キモい!」


 言いながらミルカが頭を切り飛ばす。大きな剣は竜殺しと呼ばれる剣だが彼女以外が使えて居るところは見た事がない。竜人の中では普通の剣なのだそう。

 ズルズル這い出る体を次々に輪切りにして、ルーセントは念入りにメイと頭から破壊していた。


「幽霊の正体見たり、か? 狩人も御伽話を守って森の奥に行かなかったのはこう言うことか」

「迷子の人も食べられたかもね」

「ありうるな。メイも気を付けて進もう」

「そうだね。こんなのに食べられちゃうの嫌だよねー」


 鍋を探して高いミミズの体を掻っ捌く。

 中腹あたりで見つけ、誰かの遺留品と見られる宝石類も鍋に溜まっていた。微妙な気持ちになったが少し歩いて何とか水場を見つけて洗い流して、体も拭いてその日はそこで休む事にした。


 山に向かって三日目で漸く山の麓に着いた。

 自分達のではない靴のあとがぬかるみに残っていた。中腹近くに見える穴に向かって居るのが分かった。二人はメイを引き連れて中腹を目指す。


「おじさんに会えるかな?」

「だと良いけどな。森を越えたのは何だか不気味にすら思う。あんなのミミズの餌でも普通だぞ。

 そもそも一ヶ月まえから此処に居続ける意味もわからんから此処には居ないと思うぞ」


 仮にこの山脈を超えてクルカルシアに入ったとすると二人の装備ではこの山は越えられないので会えないだろう。

 取り敢えず洞窟に寄って伝説の跡でも見てみなくては始まらない。


 洞窟は手掘りされたもので、立って歩ける程度には大きかった。迷ったがメイには入口で待ってもらう事にする。熊か何かいた時に後ろを塞がれると逃げづらい。賢い地竜は早くしてねと言いたげに入口付近に座り込んだ。

 カンテラに火を入れてから調理用のナイフを念の為ミルカに渡して洞窟を進む。蜘蛛の巣に当たるくらいで何かが出ることはなく、開けた空間にでた。十メートル四方程度の部屋で中央には何かの台座がある。


「ここに宝玉があったのか?」

「すごーい。何でこんなとこに置いとくの?」

「変な奴に使われない為じゃないか?

 此処に来るならある程度強くないとだめだしさ」

「ふーんおじさんに挨拶したかったな」

「俺は旅が終わるとは思ったのにな……」


 念の為何かないか探したが特に長居した様子もない。

 入り口に戻って周囲を見たがやはり山を越えたのだろう、斜面にピッケルの跡が上に続いていた。俺達は来た道を戻る事に決めた。


 数日かけて戻ると、シドは二人を出迎えた。

 危うく隣国に行かれてしまう話を聞いて神の山には感謝しようと思った。


「それで、一旦早めにムクルザードに戻ろうと思う」

「そうだね。シドちゃんにはお世話になったよ」

「あれ? あたしを置いていこうとしてます?」

「え? 帰りはそこまで村に寄らないつもりだし、シドちゃん首都で何か仕入れとかしないの?」


 裏切り者の烙印のおかげで首都には戻れない。彼等の村に寄らないプランでムクルザードに抜けるのは彼女としてもありがたい提案だ。


「あたしも付いてくわよ!

 も、元々向こうで商売する分は向こうに預けてるんだし」


 それは嘘じゃない。彼等に対して嘘は言っていない。行商で丁寧に習った訛りのないムクルザード語は二人にシドは上品な人間だと思わせていた。時折り見せる高笑いは自分を大きく見せる為のものだろう。そんな風に思いながら一緒に旅をしていた。

 やはり自国の案内を買って出てくれる豪胆な優しい商人だ。

 旅費はもちろん出していたし、成功報酬ははずもうとルーセントは思った。

 成功報酬を貰っても割りに合わないとシドは空に向かって叫びたかった。

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