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南国商人シバ


 シバは上機嫌に赤髪を揺らしていた。奢りで飲み食いできるとなれば旅人なら喜びも一入なのである。

 取り敢えず夕食に行く事になったので夕刻のオレンジ色の街を少しだけ歩く。さほど遠くない場所にあった食事処に入店してテーブルを囲んだ。周りにも程々に人がいて賑わうのはこれからだろうか。


「お酒はまだ飲めないよな」

「失礼ね! 飲めるわよ! 成人してるんだから!

 十七よあたし!」

「嘘だろ……同い年だと……」

「ホント失礼ねアンタ達! そっくりだわ!」


 どうやらこの件はもうミルカと一緒にやったらしい。ルーセントは悪かったと笑って食事を一緒に頼む。


「牛肉のシチューをニ人前。エール三つと炙り肉のツマミとサラダを頼む」


 店員は返事をして注文を通しに行く。エールとミルカの分のサラダだけ先に来て乾杯となった。


「それで? なんか話があるんでしょ」

「ああ。俺を南国に連れて行ってほしい」

「ウチも!」

「なんでよ? アンタ達からすればウチって蛮国なんでしょ? わざわざ行きたい場所じゃないんじゃない?」

「それが俺の探して居るハルセントと言う人物がそっちに行ってしまったらしくて。

 こっちでは裏切り者って言われて居るから戻っては来ないだろう」

「そんな奴にわざわざ会いに行くの?」

「そう。俺の親父らしいしな」


 それを聞くとシバは赤い髪を揺らして訝しげに睨んだ。


「会ってどうすんのよそのボンクラオヤジに」

「話して納得する。別に死んでたら死んでたでいい」

「ルーセントっていつもこんななの?」

「うん。頑固なんだぁ」

「融通が効かなそうね。アンタの父親とやらもそうなんでしょ」

「物心つく前にいなくなったヤツのことは知らないな。

 育ての親曰く真面目ではあったらしいが」


 彼女のあけすけな物言いでも特にルーセント達が思うことは無い。そんな様子にシバはため息をついた。


「そこまでする価値あるの?

 あなた達がそこまでしてなんで何も得られない旅をしてるの?

 ルーセント。貴方この子の旦那でしょ?

 危ないなら一緒に故郷に帰るべきでしょ」

「俺は旦那じゃ無いんだ。兄弟だよ」

「本気?」

「そうだ」


 何でも無い。ルーセントは出自が灰色だ。両親の顔は知らない。二人とも真面目だったらしい。生みの親を知る者全員口を揃えてそう言った。自分ですら育ての親から離れる時は手紙を書いた。


「だったら何かがおかしいんだ。生涯をかけてすべきことじゃ無いかも知れないり

 ……両親も、母筋の祖父達も探すのを諦めた。

 名前は今も一人歩きして居る。本当に人の親か? 本人か? 騙りも何人かいたし、詐欺で捕縛されてる。

 予測は色々出来る。でもなら本当を知るために動いた方がいい。

 納得しておいた方がいいって気がしてる。そんだけなんだ」

「成程な?」

「だから俺の問題なんだ。ミルカを巻き込むのは申し訳ない」

「やだ」


 不機嫌が限界に達したのか余りにも低い声に二人で驚く。


「過去最高にひっくい声きいたわ」

「じゃあウチも知りたい。いいでしょ?」

「ミルカも大概頑固じゃん」

「似た者夫婦って事ね」


 意地でも付いていくと言う。ミルカは一度ルーセントに置いて行かれてからもう目を離すまいとして居る。この一週間だって別人のように元気が無かったのをこの男は知らないんだろうなとシバはエールを煽る。


 昨日までのミルカは飲んだくれていた。それもこれもルーセントという男が悪いらしいが要領を得ない。彼女目当てに近付いてきた男達は皆酒に飲まれるまで飲まされたか、無理矢理手を出した者は物理的に力で凹まされた。

 そこに現れたのはこの可愛いシバと言う商人だ。騙くらかして売り飛ばしてやろうと思ったがこの街を動くつもりは無いらしい。しかも物理の力関係的にはおそらくお持ち帰りされてしまう。圧倒的な筋力差をルーセントの名前を呟きながらエールジョッキを握り潰すのを見て実感した。

 離れようと思った時には気に入られてしまい朝まで飲み明かし、ようやく夕方近くに起きて昨日とは別人の様な彼女が部屋に飛び込んで来て――この夕食だ。


 小さい体にはそんなに沢山の食事は入らない。一番高い牛肉入りのシチューなのは及第点だ。シバはよく煮込まれた肉を噛んでほっぺに手を当てる。普段はパンや具なしのシチューを自作して終わるのだ。話を聞くだけで美味しいものが食べられるなら食べておくのが彼女の流儀だ。


 知りたいだけが行動理由なんて学者のような奴だとシバは昔振り回された記憶から苦い思いになる。昨日今日あった奴に売り飛ばされると分かっている南国に飛び込むとかどんだけ田舎脳なのだろうかと叱るべきだろうか。


「どうしても行きたいんだ。頼む、案内してもらえないだろうか」


 彼は真面目で顔もいい。まあ――お人好しそうであるが飼ってしまえば問題ないか。この子も田舎娘ではあるが磨けば光る。高く売れるだろう。

 

「いいよ」

「ほんと! やった!」

「ありがとうシバ!」


 彼等にとって高い勉強代になるだろう。だから飛び切りの笑顔を売りつけてシバは承諾した。




 三人は商品を用意して南国イズルーガに渡る準備をした。荷物の目録を作る。こちらの国の質の良い麦や豆の商品が人気の様だ。立ち寄る村々で買い付けて、南門前の街に到着する。ここまでくると商人や付人のイズルーガ人が増えて喧騒の中に知り合いを見つけたシバが歓談する。


『ハルセントって男知らへん?

 なんや門勝手にあけた馬鹿らしいんやけど』

『ああ、なんやあったなぁ。勝手に来てラウダの方に行ったらしいで』

『あんなど田舎なにがあるん?』

『知らへんわ。後ろのは?』

『あたしの商品やで、触らんとってな』

『ああ、そう言う事? 言葉わからへんの? アホやな』

『これから身体に覚えさせられるやろ、ははは!』


 商人との歓談を終えて二人のもとに戻る。


「何だかハルセントって人、イズルーガのラウダの町に向かったみたいよ」

「ここから近いか?」

「結構近いわよ。南東方面の端で周り森ばっかりの田舎よ」

「なるほどね?」


 ミルカは分かった顔で頷いた。

 ルーセントは緩い顔をして居る。本当に緊張感の無い二人に呆れる他無いシバはため息をついて肩をすくめた。


「気を引き締めてよ?

 商人なんだからアンタ達舐められちゃダメなんだからね?」

「分かってるよ。何から何までありがとうシバ。

 イズルーガの言葉でハルセントはどこだってどうやって聞くんだ」

『ハルセントは何処だ』

「成程。『……ハルセントは何処だ』だな、覚えた」


 基本的な自己紹介や通貨の事、食事や生活の事を教わりながら楽しく道中を過ごす。最初に門に近い町に着いたが基本的に此処では遠征で軍が止まったり、急に儲けにならない金額で食料を買い上げられたりするので商人達は長く居座らない。目的地に急げるのは好ましいので休憩に留めてその街は出発した。イズルーガの行軍ルートも避けていく予定である。


 そして最初についた村でシバから景気付けに地酒奢ってくれるとの誘いがあり、ルーセントとミルカは揚々と店に出かけた。

 店は貸し切りで少し殺風景だった。気前よく料理が運ばれてくる。長米の蒸し料理は絶品だ。米がツヤツヤしており、載せてあった蒸し鶏が肉汁をたっぷりと出して後から出てくる鶏ガラのスープとあって絶品だ。

 地酒は癖があって強い酒だ。二杯程飲むとシバは寝てしまった。俺達は二人のペースで酒盛りを続けて、深夜に押し入ってきた男達を再起不能にしてから部屋に戻った。


「夜中に変な男達に絡まれた。全員右手折っといたぞ」

「は!? なんで!?」

「何でって襲われたからだ。女を寄越せだの聞こえたぞ。武器を振りかぶった奴もいた。ミルカも眠くて手加減出来なかったらしいし。

 野蛮なやつは居るんだな。気の良い飯屋のおじさんを見習ってほしいよ。お代は良いってさ」


 朝に爽やかな顔で挨拶されたシバは最悪だ、と頭を抱えた。

 この二人の強さはシバにとって誤算だった。先日の貸切の店と男達は彼女の差金だ。彼等から金を巻き上げて二人を売った。最後の晩餐として美味しい食事を奢り大量の睡眠薬の入った酒を奢った。

 初めの一杯は別の酒瓶から注いだ酒だったが、上機嫌に絡んでくるミルカの酒を断りきれず飲んでしまい、シバは寝てしまった。


 二人は深酒した風にもならなかった。ミルカはザルで、半竜の血族だ。薬はほぼ効かず、風邪にすらなったことはない。

 ルーセントは騎士見習い時代に薬に対する耐性の特訓をし、耐性を付けて寝ない訓練をした。睡眠と拷問には耐性をつくっている。

 そして彼は騎士だ。女性に対する暴言や男性達の暴力行動は許せない。片言でも罪を咎め、暴徒なら王国流に粛清する。


『私は騎士だ』

『は! 騎士だからなんだって!?』

『害をなす者、反撃する』

『ははは! この人数で出来るならやってみろやァ!』


 若い男性十人程に囲まれるが、ルーセントはものともしない。

 一番手前のつかみかかってきた男の右手を折って投げつける。

 次に武器を振りかぶった男の肘を押さえて、拳を肘に叩き込んで折ると武器を奪う。

 この絶叫で足を止めた男の足を払って右手を鉄の入ったブーツで踏み抜く。

 そこに踏み込んできた二人のうち一人の右手に奪った棒を叩き込んで武器と共にへし折り、更にもう一人を蹴り上げて顎を砕き、倒れ込んだ右手をまた踏み込む。

 半数を一気に失い、呆然として居る男達だが女であるミルカに向かって襲いかかる。しかし彼女はその場から動きもせず左手を掴みかかってきた手に絡めて逆側にへし折る。

 もう一人に投げつけてふらついた男の右手はルーセントに肩からへし折られる。

 逃げ出そうとした三人にはルーセントとが回り込み、二人に右手を折られる絶叫が響いた。

 村の警護役には苦い顔で引き渡されて行った。


 王国ムクルザードでは罪人の利き手は折られる。

 男だろうが女だろうが関係ない。

 そのやり口自体はこの国でも有名だ。北国は蛮国だ、と笑い話にする。この村に居る若い男性の利き手が折られ働き手を欠きながら収穫期に入る事が決まった。


 丁度ここに商人がいるとしっかり寝てスッキリした顔のミルカが名乗り出て、“ちゃんとした価格“で売り捌く。男性は俯き女達に白い目を向けられた。片言ながら元気に売り捌くミルカには同情すら集まってしまった。

 商売を終え宿屋の女将は早く出て行けとシバに捲し立てた。彼女も結託したが失敗した事で男達に罵りを受けていた。せめて、受け取った金を戻す様にしたかったが男達はルーセントが睨み誰も近づいてこなかった。

 シバは村の人間に睨まれたが、それをルーセントはまだ狙って居るのかと怒りの顔で追い返した。


「全く、失礼な奴らだ。気にするなよシバ」

「うんうん、ウチらが守ってあげるからね!」

「ぁ、ぅ、ぅん……アリガトネ」


 シバは泣きたくなった。


 裏切り者の悪徳商人シバが村々へと伝播して行った。

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