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灰騎士センカ

 騎士センカは下級貴族だった。請われ戦場へ行けば連戦連勝したが、頑なに鎧は脱がなかったし金以外の報酬は断っていた。着いたあだ名は傭兵騎士や磨かれていてもくすんだ鎧の色から灰の騎士などと呼ばれ恐れられていた。


「センカ様、報酬は頂きました。帰りましょう」


 灰の騎士センカは頷くと重い鎧を鳴らして歩き出した。

 その不気味な様子を雇い主は少しだけ見送って踵を返した。戦場とその後はそんなもの。渡り歩く者達が感傷を残してはいけない。その騎士を見つめ続けると災いが起きる。そういう噂すらあるのだから深く関わらないにこしたことはなかった。



「ぷはー! この一杯の為に生きてる!」


 灰色にも見える薄い水色の髪を束ねて大柄な女性は酒を煽った。


「ミル、お疲れ様。今回の戦場はどうだった?」

「立ってるだけで逆に疲れた。鎧はどうにかならないかな?」

「重いとは思ってないだろ」

「思ってないけど、暑いんだよね」

「それは同意するよ」


 小綺麗な服を脱いだ従者風だった彼も街人の服を着て、食事を楽しむ。彼は薄い金髪で身長は目の前の女性より少しだけ高い。

 彼女は今日の成果に御満悦だ。立っているだけで終わったので全部こんな風にならないかなと焼かれた肉にかぶりついた。揉み込まれた塩と薄くかけられたスパイスが絶妙な味を出している。そこに一気に酒を煽ってまた幸せそうに息を吐いた。


 二人合わせて灰騎士センカ。センカは架空の存在で、雇われ下級騎士は戦場にしか存在しない。

 女性はミルシカ。黙っていれば美しいと言われなくも無いが、女性にしては大柄で無類の酒好きだ。仕事が終われば浴びるように飲んでから寝てしまう。

 男性はルーセント。精悍な青年で彼も食事には目が無いようだ。大振りな具の入ったシチューが出るこの店を大層気に入ったようでもう一杯とそれをお代わりした。


「ふう。食べた飲んだ」

「お前はほぼ飲んだだろうが。

 俺は明日から少し南に行くから半分渡しとくな」

「え! ウチも行く」

「自腹だぞ」


 灰騎士センカはルーセントが始めた事だった。元々は北の領地で下級騎士として名を馳せていたのは彼の父だ。ある日戦場へ行くと言ったきり消息を断ち、領地は取り上げとなった。幼いルーセントは親戚に預けられており、下級貴族の相続権は無かった。

 育ての親の叔母夫婦から、実力でのし上がった彼にやっかみが多かったのは認めるが権力だけの物言いに屈する人では無かった。

 上級貴族だった母は父の妹にルーセントを預けて実家に戻って彼を捜索すると言った。しかし彼女もまた消息が消えた。

 記憶に無い人達に何かしたいわけじゃ無かったが、育ててくれた叔母達が実際に両親だと思っているしミルカとも兄弟だと思っていた。


 しかし、成人した五年前に真実を聞いて家を飛び出した。両親に会いたいわけでは無かったが、何となく居場所が無いと感じてしまった。

 母筋の親戚に頭を下げて騎士見習いをさせて貰う事にして三年。ようやく心が落ち着いて叔母達に迷惑をかけた事を頭を下げた。下働きで得た金を渡したが「こんな物のために貴方を育てたんじゃない」と泣かれた。彼も号泣し本当の親だと思って居ると伝えて和解した。


 本当の両親を探すのが彼の目的だ。死んでいるなら死んでいるで構わない。出来れば過程も知りたいが死体は喋らないものだ。手掛かりが有ったのは二年前戦場で「二年くらい前に西奥のヘゴルアとの小競り合いでやたら強い傭兵騎士ハルセントが居た」と言う話を聞いてからだ。彼の父の名だった。


 そこから母筋の考えから下級騎士と言う身分を与えられた。これは怪しいだけの傭兵騎士に信憑性を持たせて色々な戦場に駆り出されやすくするもの。打ち立てた戦果はこの二年で五つの表影があり、今のような灰の騎士という名がついた。

 西から南に目撃情報があり、彼は南下して小競り合いのある地域を選んだ。


「美味しいものを独り占めするんでしょ?

 そうはいかないんだから」

「旅の目的が個人的だし最終的に金にならないんだ。道中ぐらい楽しみたいだろ」

「じゃあウチもいいじゃん」


 別にいいけど、と口籠る。彼女もフラフラしてないで年齢的にそろそろ村に帰って身を固めるなりなんなりしないといけない。彼は気楽そうな兄弟をずっと心配していた。ただ好き勝手して居る自分が彼女に何か言うのは違う気がして言わないでいる。


 両親の消息は割と期待していない旅路なのだ。この度で得られるものはルーセントの納得だけ。彼女の方はこちらの両親には余り興味が無い。知らないのだから当然でもある。それでもその知らない人に兄弟を取られるのは我慢ならないと言う。

 心配をかけたしそれは謝って済む事でも無い。彼女の結婚資金にでもと言って今の両親にお金は渡したかったが、それなら尚更受け取れないと突き返された。


 そんなこんなで連れ歩いて二年。彼女は帰る気配はない。一応折半でやって居る騎士と商人の仕事の報酬を少しずつ貯めて居るようだ。


 騎士の傍らで二人は個人商人に扮していた。移動で騎士を名乗って居ると怪しい事この上なく、かと言ってただの旅人も無理がある。個人の行商人で旅人を名乗るのが一番わかりやすく歓迎もされる。

 意外と商売に向いていたのが彼女で、元気よくあったりお母様方からいろんな事を聞いたりとものすごく活躍していた。看板のある店を開いてもいいんじゃないかとルーセントは思う。


「聞いてみたよハルセントの噂。

 やっぱいた事あるって。二ヶ月前くらい」

「結構近づいたと思うんだがな。

 寸の所でかわされてる気分だ」

「ウチもそう思う」


 この際敵でもいいから出てきて欲しいものだ。

 ここ二年で近づいたが、戦場は常にあるわけでも無い。

 二年収集してやっとの足取りの情報だが旅としては華僑ではあった。


 二人で南下して野菜の旨い地域に来た。塩をかけて食うだけで瑞々しく旨い野菜を肴にミルカも揚々と酒を煽る。

 油で炒めると更に旨いとカリカリのベーコンと野菜炒めを出してくれてそれをルーセントはガツガツとたべた。パンに挟んでも美味いたろうとおかわりしてまた楽しんだ。酒はそこそこに飲んで腹が膨れた事に満足する。

 

 足取りを追いながら暮らして居ると、宿にしている一軒家に手紙が届く。灰騎士センカの招集依頼だった。


 場所はこの国南端関所。足取りからしてハルセントも出現する可能性があった。ルーセントはその戦場へと赴く事にした。


 待ち合わせの一つ前の街で、倉庫を借りる。荷物の大半は預けてしまってしっかりと管理される。


「今回は騎乗での突撃部隊としての活躍が見込まれて居るらしい。槍働だ。俺が行くしかない」

「えー。ルーが行くとウチ暇なんだけど」

「暇ならここで軽めの商売して待っててくれ。

 一週程度の予定だがそれ以上長くなるなら手紙を出すから」


 兄弟は不貞腐れて宿のベッドに寝転がった。

 南の国境事情はシンプルに隣国との国境だ。条約など結んで居ない蛮国との国境で小競り合いが絶えない。

 こちらで捕まえた者を奴隷として扱い、戦争では盾に使ってくる正に蛮国。気持ちのいい話では無いがそれに気を取られないように戦わねばならない国だ。


 ルーセントは鎧姿で登場して地上を走る竜に騎竜して現れた。その禍々しさに味方であっても動揺が走る。

 灰騎士センカは必ず鎧姿で現れる。正体不明とされて居り詮索はしてはいけない。そう言う契約で駆り出されるのだ。文句をいってくるやつはいたが契約に従えと凄むと黙り込んだ。

 ルーセントは普段は荷を引く愛竜メイから降りて作戦を問う。使い潰すつもりの作戦は何度か経験して居る。そんなに強いならばと数騎で背後に回されたりなどがある。単騎で借りられる戦力としての騎士なのだから何某かの首を持ち帰らないと締まらない。

 騎士見習いから始まったルーセントは極真面目であった。剣と槍はすぐに頭角を表し、三年で騎士として認められるのは中々無い事だと褒め称えた。彼を見出した騎士は本当にこのまま騎士としてやって行けるように紹介状を書いてくれたりもした。彼の知り合いの領主の元で騎士働きをする事が出来る。

 しかし彼には目的があった。その事を話すとその騎士も納得がいくまでやりなさいと応援してくれた。気質上彼が気になったら止まらない事も知っていたし、彼ならやり遂げるとおもった。憂いが無い状態で騎士をした方がいいに決まって居ると、彼の未来を信じて送り出したのだ。


 三日後ルーセントは槍を担いて陣形の端についた。

 敵方は三千と人質の千。此方は三千で人質の前で士気が低いが問題はないだろうこのぐらいの


 百の騎士と伏兵として回り込む。武人として名を馳せて居る者の情報を集めて居るため騎士の名前をよく覚える。

 この機動分隊の頭はヨードルと言う南方の筆頭とも言える武人だった。剃り上げた髪と筋骨隆々な体躯は対面するだけで圧倒される。


「貴公が灰騎士センカか」

「如何にも。南の暴竜ヨードル殿。貴殿の旗下で戦場を共にできる事を光栄に思う。此度は宜しく頼む」

「ほう! なんだ、いけすかない無口な男と聞いていたが、話せる男では無いか」

「戦場に無駄口はいらんからな」

「ぐははは! なんだなんだ、まあ、西の奴らは口ばかりだからな! 黙って結果を出してきたわけか!」


 愉快そうに笑って騎竜する。地竜はかなりの重さでも平気で走るし馬より丈夫だ。戦争で使うなら今は馬よりも多い。

 喋らない理由は主にミルカが中身の時のせいだが、勝手な勘違いは歓迎だ。

 ヨードルの歓迎の言葉の後、号令と共に出発する。

 並べて進んでいると、潜伏地点であちらの別動隊と鉢合わせた。森の中なので長物は難しい。剣を取って森をかける。相手も同じく長物だ。


 さっと接敵してすれ違いざまに腕や首を跳ね落とす。剣は数打ちの物をよく研いで使って居る。相手が固い鎧を着てないのが幸いしたか切るには困らなかった。回り込みながら追ってを交わして足並みをばらけさせる。そこをヨードル隊は見逃さない。すかさず部隊を分け挟み込んで打ち取り出した。それを見て先頭だった隊長首の前に出て指示を出させないように接敵し足止めする。

 外国語でうるさく何か喋っていたが生憎南の国の言葉は分からない。騎竜の体当たりで落とすと勢いよく森の中に転がった。

 敵分隊を間も無く壊滅させ、ヨードル隊は裏どりに成功する。そこからは簡単だった。敵は此方の市民を盾にしたがそれを無視して突撃。大将首はヨードルに吹き飛ばされて空に跳ね上がっていた。

 生き残った奴隷を解放して元の村に戻す手筈が進む。この周辺で壊滅した村の民も混ざって居るのだろう。明るい表情のものも少ない。


「ヨードル殿、大戦果だったな。流石の猛将ぶりだった」

「ははは! 貴殿こそ! 灰騎士の森でも澱みない動き! 正に水を得た魚の如くだ!

 また戦場を共にしよう!」

「所で聞きたいことがある。ハルセントと言う騎士を知らないだろうか」

「ハルセント!? あの裏切り者か!?」

「私はその男を追っている。会う必要があってな。金に近い髪色の男の筈だ。歳の頃は三十から四十手前だ」

「ああ、間違いない!

 そいつが勝手に開門して南国に渡ったんだ。そりゃ酷い被害が出たぞ」

「……南国に出たのか。厄介だな。

 見つけたいが、追いかけるのは難しいだろうか」

「訳ありか? 南国に言葉も分からないまま出るとすぐ売り飛ばされるぞ。行き来できるのは商人だけだ」

「そうか。情報感謝する。では、私も雇い主に報告に行くとする。また戦場で」


 そう言ってルーセントは立ち去る。無機質な動作に戻る。ヨードル隊には概ね好評で、隊長格からは多めの報酬が入った。それを持って次の戦場へ行くと言う彼を誰も止める事はできなかった。


 丁度一週間の日程を終えて戻ったルーセントは竜房にメイを預ける。労いに干し草を沢山置いて身体を拭いてやった。彼女は嬉しそうにルーセントに顔を寄せ、わしわしと撫でた。

 そして夕方に戻った彼を迎えたのはすっかり拗ねたミルカであった。


「おそいー!」

「いや期間通りだろ。それより、ハルセントの情報あったぞ」

「おじさんいた!?」

「いや。南国に行ったらしい。

 しかも南国への門を無理矢理開けたらしくて裏切り者ハルセントって呼ばれてるそうだ」

「ええっ! 大変じゃん! どうするの?」

「勿論ここまでやってるんだ。

 俺は行ってくるよ、お前は――」

「行くからね!」

「いや、流石に危ないしさ。

 言葉が通じない奴は奴隷にされるらしいし」

「じゃあルーセントもダメじゃん!」

「俺は喋れる同行者を探して商人として行こうと思う」


 彼の言葉に更に不機嫌な様子になるミルカだが、ふと何かを思いついたようにルーセントを見る。


「ちょっと待ってて!」


 そう言ってバタバタ部屋を出てから、近くの部屋をドンドン叩く。何か声がして、その声が近づいてきた。そして扉が開くとミルカの隣に赤髪の小柄な女性が迷惑そうに掴まれた手を見て居た。


「いった、ちょっと、なんなのもう?」

「ほらルーセント!」

「はい?」

「ええ? ああ、アンタの旦那ね。

 ずっとこの子寂しがってたのにどこほっつき歩いてたの?」


 余計な事を喋ったのか赤髪の彼女はミルカに口を押さえられる。じゃれ合いのようなので気にせず自己紹介をした。


「南国との小競り合いに参加してた。もう終わったよ。

 俺はルーセント。ミルカ、この人は?」


 ミルカの押さえ込みを小ささで抜け出して、彼女は胸を張る。


「あたしはシバ。ナイスバディな南国イズルーガの商人よ!」


 体の話はともかくとして、彼女と出会ってどうやらここから先に進める手段となるかもしれないらしい。

 宜しく頼むと握手をして、明るく笑う彼女とまだちょっと拗ねて居るミルカを見る。

 俺たちの旅は新しい展開の予感に満ちていた。

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