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1952.07(米)首都ワシントン、UFO襲来

 ◇

 

 ローズウェル伯爵邸――。

 柔らかな日差しが差し込むアフタヌーン。

 美少年執事のマースくんが淹れてくれたお茶は、とても良い香り。

「……服が欲しい」

 お茶を飲みながらぽつりと、つい口に出してしまった。

 かわいい服が欲しい。

 季節もうつろい夏も近い。

 先日の銀ピカ道化な調査服じゃなくて。

 魔法使いの弟子用のカッチリした制服も気に入っているけれど。

 季節にあった薄手の、ひらひらした可愛い装飾がついた服が欲しい!

 女の子として、ごく自然な欲求として。


「いいともグレイア」


「えっ!?」

 テーブルの向かいに座っていたローズウェル伯爵は、とても軽い調子で言った。


「よ、よろしいんですか?」

 恐る恐る尋ねる。


「もちろんさ。私はどうも女性に疎くてね。姉にはうるさく言われるのだけど……。衣食住で至らないところがあれば、こうして言ってもらえると助かるよ、グレイア」

 優しい笑み。優雅にお茶を口にして整った眉をもちあげる。

「そ、そんな! そういうわけじゃないんです。夏用の服が……と思っただけで」

「うむ、今度マースと町にいって、買い物をしてくるといい」

 執事のくんは「承知しました」とばかりに優雅に一礼。


「あ、ありがとうございます」

 嬉しい。

 私の服なんて、メイドさんたちのお古でもいいのに。呟きに耳を傾けてくれるなんて。

 というかマースくんと町で買い物するのも初めてかも。それも楽しみ。


地球(テラ)の探索は、少しお休みだ。羽をのばしてくるといい」

「何かあったんですか?」

「実は、他の魔法使いが次元回廊(ポータル)を通った痕跡があってね。今も使われている」


「他の魔法使いも地球(テラ)に!?」

 私はとても驚いた。

 新天地、地球(テラ)に行ける魔法使いが他にもいるなんて。

 『次元跳躍魔法陣(エレベートル)』という次元を飛び越える魔法は、伯爵様の専売特許だと思っていたのに……。


地球(テラ)への通路を開けることが可能な魔法使いは限られている。七賢者クラス。私を含めて、三人だけだから誰かは見当がつくがね」

 伯爵様は視線を窓の外に向けた。


 空はいつも通り青くて、小鳥が楽しげに舞っている。

 魔法使いたちの暗闘、七賢者同士の確執。大人にはいろいろな事情があるのさと以前おっしゃっていた。


「私に、何か出来ることはありますか?」

 ローズウェル伯爵様は、私に真剣な眼差しを向けて、

「グレイア。君は大切な弟子であり、私の目であり手足。無理をさせるつもりはない」

「お師匠さま……」

「少し、作戦を練り直すまで気分転換をしておいで」

「はい」


 ◆


 同時刻――。

 惑星地球(テラ)、北半球。

 広大な北米大陸の北東部を、銀色に輝く円盤が編隊を組んで飛んでいた。

「今日は増やしてもらっだのダ!」

 半竜人(ハーフドラグゥン)の少女ミナティは上機嫌。

 飼い主の魔女レプティリア・オリオンヌは「多い方が地球人(テラート)どもが驚くさぁね」と意地悪く笑い、空とぶ魔法『飛行魔法結晶体(エンジェリング)』の輝きをいくつかに分裂させた。

 七つの輝きすべてに量子コピーされたミナティが存在している。

 実はこれには理由があった。

 次元回廊(ポータル)の特性上、惑星周期――地球(テラ)の公転運動との差異で時間が数年単位でズレる。

 狙った時空間座標に届かず、ミナティが宇宙の藻屑(もくず)にならぬよう、保険をかけていたに過ぎない。どれかひとつでも地球(テラ)にたどり着けば、確率的に到達したミナティに統一されるからだ。


 七つの銀色の輝きが、夜空を素晴らしい速度で横切って行く。その様子を地上にいた大勢の人たちが見上げている。

 ――見ろ! 円盤だ!

 ――宇宙人の襲来だ!


「ここが、地球(テラ)で一番賑やかで大きな街みたいなのダ。とてもキラキラ……!」

 ミナティは目を輝かせた。

 眼下には巨大な建築物が整然と並んでいる。不思議な色の無数の明かりが建物すべてに灯っている。

 その様子は、闇夜に浮かぶ光る巨大な島だ。


 ――アメリカ合衆国首都ワシントンD.C.。


「わぁ? 夜なのに大勢の人間がいるのダー。王都ネオ・メタノシュタリアよりも大きいかも……?」


 ミナティは今とても自由だった。

 翼を手にした奴隷の少女は意気揚々と飛び回り、ワシントンの都市と街並みを眺めてまわる。

 飛行記録は、水晶の記録装置に映像として蓄積されてゆく。

 沢山溜め込んで持ち帰れば、魔女さまから「ご褒美」として、晩御飯のお肉が増えるのだ。


 と、その時だった。闇夜の向こうからいくつか光が近づいてきた。


「おー? また地球人(テラート)の空飛ぶカラクリがきたのダ」


 以前、ミナティに追い付けずに墜ちた。まるで蚊かトンボのように脆くて、弱いカラクリ。


「無理をすると危ないのダ」


 けれど、以前と何かが違っていた。

 雷のような音が響いてくる。

 ゴォオオオオオ……!


『――こちらナイトメアハンターワン! 目標を視認! 銀色の……円盤状物体複数!』


 轟音をとどろかせ銀色の機体が旋回する。翼には☆を模した星条旗マークが描かれている。


「以前のとは違うのダ……?」


 鼻先に回転する翼がない。

 その代わりに尻から炎を噴出し、轟音はそこから聞こえているらしい。


 ――ジェット戦闘機、F-94。

 米軍のジェット戦闘機として、1950年5月に量産され配備された。アメリカの誇る最新鋭機。


「おー!? なんだか速いしうるさいのダ」

 速度も違うし、音も大きい。

 ミナティの銀色の円盤を追いかけ、追い払おうとしている。


『管制塔! こちらナイトメアハンターツー! レーダーでも捉えた! UFOは……幻じゃない!』


 ぐわん、と『飛行魔法結晶体(エンジェリング)』が揺れた。何か見えない波動を向けられている。


「いったん逃げた方がいいのダ」

 ミナティは急速に上昇。雲の上に逃げた。


『目標をロスト! UFOが消えた!?』

『こちら管制塔、ナイトメアハンター各機、地上のレーダーからも消失(ロスト)

『くそっ、どこだ!?』


『スターファイター各機、燃料も少ない。帰投する……!』


 しばらく雲の上に隠れていると、尻から火を噴くカラクリたちはいなくなった。


「ふぅ、見物の邪魔はしないでほしいのダ」


 ミナティは雲間から降下した。

 七つの円盤で列をなし大きな街をふたたび探索、あちこち見物してまわる。


 するとまた地球人(テラート)の「うるさい」カラクリが追いかけてきた。


『管制塔よりナイトメアハンター各機! UFO、ふたたび出現!』

『――各機、迎撃せよ!』


「あーもう。そんなに遊びたいなら、オラと追いかけっこしてみるのダ!」


『う、うしろにつかれた!? わ、あぁあ!?』

『ナイトメアハンターツー! 回避しろ!』

 お尻から炎を吐きながら、必死で逃げ惑う。

 追いかけるミナティ。

「にゃはは! 面白いのダ!」


 こんなことが一晩中繰り返された。


 夜が明けるころ、ミナティもいい加減おいかけっこに飽きた。気がつけば映像もたくさん撮れていたので、帰路につくことにした。


「魔女さまにご褒美もらえるかなー」


<つづく>

【ワンポイント解説】

・ワシントン上空、UFO襲来事件

 1952年7月、米国の首都ワシントンD.C.上空に複数の「未確認飛行物体」=UFOが出現。大騒ぎとなった事件。

 大勢の市民に目撃され、空港のレーダー、空軍のレーダー等でも捉えられた。一説では7月19日から数日に亘って飛来したという。

 ワシントンナショナル空港でUFOをレーダー捕捉、ホワイトハウスや連邦議事堂の上空に出現したため、アンドリューズ空軍基地から当時最新鋭のジェット戦闘機、F-94スターファイアが迎撃に出た。

 UFOは白やオレンジ色。空中で異様な挙動を示し、戦闘機でも捕捉できなかった。

 戦闘機が引き返すと再びUFOが出現するという、いたちごっこが繰り返された。


★注釈1

 F-94は米軍のジェット戦闘機。

 1950年5月に量産され配備された。

 ロッキード社が開発し、スターファイアシリーズと呼ばれる。

 (朝鮮戦争勃発と同時に実戦投入された)

 ちなみにジェット戦闘機は第二次世界大戦中にアメリカ陸軍航空隊、F-80シューティングスターが実戦投入されている。(同じくロッキード社製)


★ロズウェル伯爵、魔女レプティリアは共に次元を跳躍する際、時間軸に数年の誤差が生じる。

 1947年代~1950年代はプロペラ機からジェット戦闘機へと世代交代し、技術的転換点の時代だった。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 地球を代表するアメリカ合衆国ですが、相手が未確認飛行物体では分が悪い模様。(汗) 戦闘機もプロペラ機からジェット機へと世代交代しましたが、UFOには敵わない。 七賢者たちの遊び場と化してい…
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